14章 魔の巣窟  20

 メルトーネ伯爵を侯爵軍の兵士に引き渡すと、俺は馬上の侯爵のもとへ向かい先ほど得た情報を伝えた。


「王都にアンデッドを放つと言うのか? ジゼルファ王、よもやそこまで愚かとは……」


 侯爵が口にした通り、メルトーネ伯爵が語った王の策は、なんとも杜撰ずさんかつ愚の極みともいうべきものだった。もし侯爵軍が第一の城壁を突破して街中に入ったならば、機を見計らって街中にアンデッドを放つ。そして侯爵軍が損害を受けたところで第二城壁内からうって出る。そんなことを考えていたらしい。


「すぐに冒険者ギルドに依頼せねばなりませんな」


 隣で聞いていたドゥラック将軍が言うと、侯爵は近衛の1人を呼んで指示をした。


「事前に決めていたとおり、急ぎ冒険者ギルドへ行き緊急の依頼をせよ。アンデッドの出現場所は第二城壁の周囲である」


「はっ!」


 近衛の兵3人が、馬を走らせて去っていった。ギルドの様子は俺も気になるところだが、今はそれより優先すべきことがある。


「侯爵、私は先に参ります」


「先ほどの活躍も見事だった。あと少し、貴殿の力を貸してくれ」


「承知いたしました」


 俺は侯爵に一礼し、そのまま大通りを王都の中央部、第二城壁に向かって走り出した。


 第二城壁は王城を含む貴族の住む中央区を守る形を取っている。城壁と言っても第一の城壁ほどは高くなく、どちらかと言うと中央区とそれ以外を仕切ることを主な目的としたものだ。その上にはやはり多数の守備兵が立っているが、それ自体は俺にとっては障害にならない。


 問題はジゼルファ王側がアンデッドの召喚をどのタイミングで行うかだ。第二城壁の外側にはすでに召喚石が設置されているらしい。ならばそれを事前に破壊できれば……と思っていたのだが、さすがにそれはかなわなかった。


 なぜなら遠くに見える城壁の前で、ボコボコとスケルトンと動く鎧のテラーナイトが地面から現れ始めたからだ。ゾンビがいないのはギリギリでマズいと思ったからだろうか。


 前方に侯爵軍の冒険者隊が見えた。アンデッド出現に気付いて武器を構え始めている。


「正面は私がやります! 皆さんは左右に別れて討ち漏らしをお願いします!」


 俺が叫ぶと、前に話をした青年が振り返って答えた。


「おう! 皆、ソウシさんの指示に従うぞ!」


 前に話をした青年が叫ぶと、全員が「おう!」と答えて左右に別れていった。自然と俺に従うみたいな雰囲気になってるのが気になるがこの際それは放っておこう。


 俺はさらに走っていく。第二城壁まではあと200メートルというところか。


 数千はいそうなアンデッドの群がぞろぞろと通りをこちらに向かって歩いてくる。


 付近の建物に入って行こうとしている奴もいて、このままだと無差別に市民を襲い始めるだろう。俺は『誘引』を全開にしてアンデッドを引き付ける。


 アンデッドの大群が『衝撃波』の射程に入ってきた。もちろん入った順に『衝撃波』の餌食となる。


 通りに沿って固まって歩いてくるアンデッドは正直なところただの的でしかない。ボーリングのボールが立ち並ぶピンを薙ぎ倒していくように、俺は前に進みながらアンデッドを駆逐していった。


「なんだこれは、街にこんな数のアンデッドが現れるとか聞いたことないぞ!」


「まさかこれを国王がやったっていうの!?」


 後ろの方で新たな冒険者たちの声が聞こえる。どうやらギルドからの応援が来たようだ。


 と言っても数は30人ほどか。彼らはそれぞれパーティごとに別れて路地に消えていった。大通りのアンデッドは俺が片づけているが、どうやらそれでも多くのアンデッドが街に広がってしまったようだ。そちらは彼ら冒険者や一般兵に任せるしかない。


 俺はひたすらに前進し、そしてついに第二城壁の城門前までたどりついた。よく見ると路上に見えるだけで何十枚もの召喚石が散らばっている。ただそれらはもう力を失っているようだ。


 10メートルほどある城壁を見上げると、一般兵が何人か残っていて青い顔をしてこっちを見ていた。はじめは大勢が弓を構えて待ち構えていたのだが、俺が近づくにつれ姿を消していったのだ。もっとも一般兵の放つ矢など俺にとっては蚊に刺されたほどの痛みもないし、いくらいたところで問題はない。


 城門は金属でできた重厚なもので、裏にはがっちりとかんぬきがかかっている。しかし俺が力を込めて押すと派手な破砕音が響き、扉は簡単に開いた。


「おい待て、いまコイツ簡単に開けやがったぞ!」


「閂のかけかたが甘かったんじゃないのか!?」


「いや、留め具が弾けた。持ってる武器もヤバくないか!?」


 城門の奥には『特務兵』が50人ほど武器を構えて立っていた。ジゼルファ王は冒険者くずれをいったいどれくらい集めたのだろうか。


「どうせ力だけだろ。スピードと手数で押せばいける!」


「だな。高ランクだろうが結局は数が多い方が勝つ」


 などと言ってるが、この程度なら多分『紅のアナトリア』とかハーシヴィル青年あたりでも楽勝だろう。


 俺が無造作に前にでていくと、特務兵は周囲を囲むようにして攻撃を仕掛けてきた。斬撃を飛ばすものや魔法を使える者もいるが、『衝撃波』をくらってまとめて吹き飛んでいく。何人かは貴族の屋敷の庭に落下したようだがそれくらいは許してもらいたい。


 特務兵を一掃すると、遠巻きに見ていた一般兵から小さく悲鳴があがった。完全に化物扱いされている気がするが今はその方が都合がいい。


「命が惜しくば武器を捨てて膝をつけ! リューシャ様も侯爵閣下も無駄な争いは好まぬ! 俺は別だがな!」


 それっぽいことを言うと兵たちは真っ青な顔をして次々と武器を地におき、両手を上にあげ膝立ちになった。


 すると奥の方でいきなり誰かが騒ぎ出した。痩せた若い貴族風の男だ。神経質そうな顔を強張らせて金切り声をあげている。


「貴様ら、何をしている! 賊の1人くらいさっさと始末せんか! 陛下の命に逆らうつもりか!」


 この一般兵たちを率いている貴族のようだ。俺がそちらに向かうと兵士たちはいっせいに道を開けた。どこかの預言者にでもなった気分だ。


「お、おいっ、貴様ら私を守らぬかっ! なぜ道をあけるっ!? ヒイッ!」


 俺は歩いていって貴族の首根っこをつかまえると、持ち上げて城門の方まで運んでいった。


 ラーガンツ侯爵やリューシャ少年たちを含む本隊がすでに城門の近くまで来ていた。貴族をアースリン氏に引き渡すと、それを見ていた侯爵が馬上から声をかけてきた。


「これはガゼート子爵ではないか。内城門の守りを任されるとは大したものだが、もしや卿が街にアンデッドを放ったのか?」


「陛下の策に従ったまでっ。ラーガンツの女狐にとやかく言われる筋合いはない!」


「おおそうか、やはりジゼルファ国王陛下が民を巻き添えにする策を下されたというわけか。ならばなおのこと愚行をお止めせねばな。それが臣の務めというもの」


「貴様はただ王位を簒奪せんとしているだけではないか! 前国王陛下に取り入って侯爵位を引き継いだだけのあばずれが! 僭上せんじょうもはなはだしいわ!」


「民を顧みぬ、兵もまとめられぬ口だけの貴族よりは幾分ましだと思うがな」


「だっ、黙れっ! このような化物を連れていい気になっているのだろうが、国王陛下のご威光の前では塵ほどの意味もない! 身の程をわきまえぬ愚か者は滅びよ!」


 その後も貴族……ガゼート子爵は口から泡を吹いて怒鳴りちらしていたが、侯爵の指示で兵士に連れていかれた。


 それを見送ってから侯爵は俺に目を向けた。


「あと少しだな。王城には近衛の兵が詰めていると思うが問題はないか?」


「近衛はもと冒険者でしょうか?」


「そうだな。くずれの中でも腕利きを近衛にしたと聞いた」


「手加減が必要ないならありがたいですね」


「ふふっ、貴殿にとってはその程度の意味しかないか」


「ええ。それでは王城に参ります」


 楽しそうに目を細める侯爵に一礼をして、俺は王城の方に足を向けた。




 無人の通りを、いくつかの貴族の屋敷の前を通り過ぎながら歩いていく。屋敷はどこも息を潜めているように静かだった。王都に住む貴族はほとんどが現国王派ということだが、中の人間たちはもう半分諦めの境地だろう。侯爵の軍がここまで来た時点ですでに勝負は決している。


 王城の門は固く閉ざされていた。城の外の兵はすべて投降してしまっているので、俺が城門前に立ってもとがめるものは誰もいない。


 巨大な扉は外開きのようだ。重厚なレリーフが刻まれていて、そこに指をかけると『掌握』が発動した。そのまま扉を引くと派手な破砕音がして扉は難なく開いた。


 ほぼ同時に矢や魔法が飛んできたが、『不動不倒の城壁』で受け止めながら城内に入る。


 そこは広い玄関ホールだった。黒い鎧を身につけた兵士が30人ほど、俺を半円状に囲んでいる。持っている得物はバラバラでいかにも冒険者くずれといった感じだが、彼らが近衛兵ということだろう。


「その武器と盾……高ランクの冒険者か?」


「あの盾オリハルコンだろ。とするとAランクか。気をつけろ」


 近衛兵はさすがにすぐには飛び掛かってくることはせず、構えたまま様子をうかがいはじめた。さすがに外の特務兵よりは練度が高いようだ。


「外はもう完全に囲まれている。アンデッドを使う策も潰した。お前たちにはもう勝ち筋はない。投降したらどうだ」


 問答無用で『衝撃波』を撃ってもいいが、向こうが様子見しているので一応は提案をしてみた。


 すると意外にも隊長格の兵士が答えてくれた。


「俺たちはこの国以外で生きる場所がない。捕まればよくて強制労働、悪くて死刑だ。それだけのことをしてきたんだから仕方ないがな」


「そうか。ならば仕方ないな」


「ああ仕方ない」


 言うと同時に隊長格の兵士が斬りかかってきた。他の兵士も一斉に動く。


 俺はメイスを横に薙ぎ――それだけで戦闘は終了した。


「くそ、話をしなければよかったな」


 冒険者は犯罪を犯せば人より重い罪に問われる。くずれが生きていこうとすれば必然的に賊になるしかない。そういったくずれを集めて兵士として雇ってくれるジゼルファ王は彼らにとってはむしろ救世主だったのかもしれない。


 俺はかぶりをふって後味の悪さを振り払い、玄関ホールを抜けて廊下へと入っていった。

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