14章 魔の巣窟  19

 翌朝日が昇ると、侯爵軍は陣形を整え、城壁の手前500メートルほどまで移動をした。


 そこが大型弩弓バリスタなどの射程ギリギリということらしい。


 先の戦いと同じく、侯爵を含めた100人ほどの騎馬隊が城壁の方へと向かっていく。


 戦の前の名乗りを上げるためであり、それがこの世界の作法らしいのだが、俺としてはなにかされるのではと不安でしかたがない。なにしろ総大将が無防備で敵前に乗り込んでいくようなものであるし。


 そこで侯爵に無理を言ってその一団に同行させてもらった。その一団の隊長はアースリン氏なので特に問題なく許された。


 一団は城壁の手前50メートル前まで行くと、そこで止まった。ちょうど跳ね橋が上げられた城門の正面になる。城壁の上には上位貴族と思われる男が、10名ほどの取り巻きに囲まれて立っている。口髭に見覚えがあると思っていたら王都のギルドで怒鳴っていたメルトーネ伯爵とやらだった。


 侯爵が先の戦いと同じようにこちらの大義を宣言すると、それに対して城壁の上でそっくり返っているメルトーネ伯爵が声を上げた。


「叛徒たるラーガンツ、及びドゥラック。王の意、民の心を顧みぬ逆賊には天意によって裁きが下るであろう! 賊に対していくさ名乗りの要もなし! ただ罪人として屍を野にさらせとの王命である!」


 その貴族が片手を上げると、城壁の上に30名ほどの冒険者くずれがいきなり現れた。


 手にしているのは弓と杖だ。後衛型の連中だろう。何をしようとしているのかは一目瞭然だ。


「賊の親玉を始末しろ!」


 貴族が叫ぶと、冒険者崩れが一斉に攻撃を開始した。10の矢と100を超える炎の槍がまとめてこちらに飛んでくる。


 すでにメイスを『アイテムボックス』から取り出していた俺は、一団の前に立って『衝撃波』を放った。圧倒的なエネルギーの壁の前に矢も魔法も粉々になって消し飛ぶ。


「ソウシ殿、助かった!」


「アースリン殿は侯爵を連れて離れてください。私はこのまま作戦を開始します」


「心得た。よろしく頼む!」


 侯爵たちは馬の首をひるがえして、全力で軍勢の方に走っていった。


 そちらに攻撃をされると困るので、俺は『衝撃波』で牽制しながら前方に走っていく。


 城壁の下には幅10メートルほどの堀がある。だがその手前までたどりつければ十分に『衝撃波』の射程内だ。俺は堀の手前から、城壁上部に立つ冒険者くずれに向けて『衝撃波』を連射した。


 不可視の『衝撃波』が命中すると、城壁の上の部分が円形に削れて吹き飛んでいく。当然そこにいた冒険者くずれも平気で済むはずがない。


「ばっ、化物だっ! 逃げろ、撤退っ!! 城壁の下に降りろっ!!」


 城壁の上に多数いた一般兵は我先にと逃げていく。


 先ほどのメルトーネ伯爵は城壁の上で腰を抜かしていた。供の者がなんとか立たせようとしているが、俺が『衝撃波』で威嚇すると伯爵を置いて逃げていった。


 俺はさらに近場にある大型弩弓バリスタ投石機カタパルトも吹き飛ばしておいて、侯爵を追撃できないようにフォローする。しかしこれだけで城門付近の城壁はすでにボロボロである。守備兵にとっては悪夢に近いだろう。


 さていよいよ城壁を乗り越えることになる。まずは堀を越えないといけないが、これは『アイテムボックス』からオーズで手に入れた多数の木材(と言ってもただの折れた木だが)を堀に投げ込んで橋にする。


 重ねた木材を伝って城壁へと取りつく。破壊してもいいのだが、表面は凹凸があるのですぐに登れそうだ。俺は盾とメイスをしまい、腕の力だけで一気に10メートルはある城壁を登り切る。上部はもともと張り出しがあって登りづらくなっていたのだが、すでに『衝撃波』で破壊済みである。


 城壁の上に登ってみると、メルトーネ伯爵が尻もちをついたまま必死に俺から逃げようとしていた。襟首を掴んで立たせてやると、城壁の内側でざわめきがおこる。


 城壁の下、城門の後ろ側には数千の守備兵が立ち並んでいた。城門から第二城壁まで中央通りが街中を貫通しているのだが、そこに数千の兵が待ち構えていたのだ。彼らは俺の方を見上げながら、どうしたらいいか分からず固唾かたずを飲んで見守っている感じであった。


「敵将捕えたり! こいつの首が惜しければ、城門を開け跳ね橋を下ろせ!」


 兵士たちのざわめきが多くなる。一部の兵士が城門の方に行こうとして、隊長格の人間に止められる。雰囲気的にはやはり兵の士気は低いようだ。


 俺は城壁の上から手加減して『衝撃波』を放つ。先ほど兵を止めた隊長格のそばに叩きつけてやると、それだけで10人程が軽く吹き飛んだ。


「やらぬなら俺がやる。ただし貴様らは皆殺しだ。侯爵閣下の慈悲にすがるか、俺の怒りに触れるか、好きな方を選べ!」


 こんな状況ではこれくらいの脅しは必要だろう。恐らく彼らは『降伏する理由』を欲しているだけである。ちょっと背中を押してやれば……20人程の兵士が城門の方に走って行って巨大なかんぬきを外し始めた。他数名が城門脇の機械に取りついて跳ね橋を下ろし始める。


 ギギギ、ガコンという音とともに跳ね橋が下り、巨大な門扉が開け放たれた。この時点で城壁の攻防戦は勝負ありだ。


「その場に武器をおいて下がり、膝を地につけよ! 抵抗しなければ命は取らぬ!」


 いくら士気が低いとはいえ、驚くほど簡単に武器を捨てて膝をつく兵士たち。今思ったが、相手を威圧するスキルかなにか身についてたりしないだろうか。そうじゃなければ逆に自分が怖いまであるのだが。


 背後を見ると侯爵軍がすぐそこまで近づいてきていた。見ている間に先頭部隊が跳ね橋を渡り、城門をくぐって通りに入ってくる。


 先頭にいたのは騎乗したアースリン氏だった。武器を捨てひざまずいている守備兵たちを見て、一瞬驚いた顔を俺に向けた。その後彼はにやっと笑い、そのまま兵を率いて通りを進んでいった。


「……な、なんなのだ貴様は……っ。なぜ貴様のような冒険者が……ラーガンツなどのもとにいるのだ……っ」


 俺が手を離してやるとメルトーネ伯爵はその場に膝をつき、ひきつった顔で俺を見上げた。


「なぜと言われても、それが天意だったのではありませんか? 先ほど貴方がおっしゃったことですよ」


「ふざけるな……っ! たかだか冒険者風情が……っ、誰に向かって口をきいているっ」


「戦の作法を忘れた卑怯者にですよ。あのような行いは厳しく罰せられると思いますが?」


 そう言うと、メルトーネ伯爵は絶句してそれ以上口をきけなくなった。敗軍の将、しかも戦の掟を破ったとなれば極刑もあるはずで、それを考えれば当然の態度だろう。


 しばらくするとラーガンツ侯爵やリューシャ少年、ドゥラック将軍などを含む本隊が城門をくぐって入ってくる。


 見ると通りにはぽつぽつと野次馬が出始めていた。彼らは侯爵や少年、将軍の姿を認めると目を輝かせて散っていった。すぐに他の人間を連れて通りに戻ってくるが、どうやら侯爵軍を歓迎する雰囲気である。どれだけ王に人望がなければこんな状況になるのか、他人事ながら呆れるばかりである。


 さて本隊が来たのであれば俺は次の動きに移らねばならない。俺はうなだれているメルトーネ伯爵の襟首を掴んで持ち上げた。


「ヒ……ッ、なにを……っ」


「王城にどのくらいの兵が残っているか、どんな策を弄そうとしているのか教えてもらえませんか。それとドゥラック将軍の家族の扱いも聞いておきたいですね。素直に答えれば侯爵閣下に口利きくらいはして差し上げましょう」

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