14章 魔の巣窟 16
明朝は未明に朝食を食べ終え、相手方の到着を待つ。
手持ち無沙汰なので昨日話をした青年にスキルトレーニングの話をしてみると、興味を持ったらしく実際にやってみることになった。
青年は高ランク冒険者ではあるが、動体視力や瞬発力のトレーニングについては有用性を理解してもらえたようだ。見ていた他の冒険者もやってみたいとの事で体験をしてもらって好感触を得た。ちなみにダークメタル棒トレーニングの布教活動(?)もしておいたので、もしかしたら一時的にダークメタルの市場価格が上がるかもしれない。
しかし戦を前にして陣には緊張が漂っているところなのだが、冒険者たちは落ち着いたものだ。これも精神系スキルの効果なら、やはり俺の裡にある戦いへの高揚感もスキルによるものなのかもしれない。
日が昇り始めてから1刻半(3時間)ほどして、平原の向こうに土煙がうっすらと上がっているのが見えた。どうやら国軍が到着したようだ。3万という話だが、戦う相手なのだと思うとなるほどその数に圧倒される。
国軍は目測で1キロほどの場所まで来ると停滞し、そこで陣形を整える動きを見せた。現代人の感覚だと今が攻撃のタイミングと感じるが、この世界ならではの作法があるのだろう。
しばらくすると向こうから100人程の一団が向かってくる。同じくこちらも100人ほどの一団が進んでいくが、中にラーガンツ侯爵のポニーテールが見えるので、どうやら大将同士の名乗りがあるようだ。恐らく互いの正当性を主張しあったりするのだろう。
「正当なる王に恭順示さぬは
「不当な行いによって王を
などと互いに芝居がかったことを大声で主張し合い、そのまま互いに自分の陣に戻って来た。さてそろそろか。俺は
「アンタ、ソウシさんだったか、よろしく頼むぜ」
「アンデッドが来るなら『誘引』で引っ張って叩きますが、引っ張り切れなかった奴は頼みます」
青年に答えて、俺は『アイテムボックス』から『不動不倒の城壁』とメイスを出す。
と、国軍の陣から太鼓の音が響いてきた。それに呼応するように侯爵の陣の後ろからも太鼓が鳴らされる。戦闘開始の合図である。
こちらの軍勢がゆっくりと前に進み始める。ある程度近づいたら矢の応酬があるはずだが、今回はその前に一幕あるはずだ。
俺たち冒険者隊が先頭で歩いていくと、国軍の最前列にいる兵士がなにか板のようなものを地面に置いた。間違いなくアンデッドを召喚する『召喚石』だろう。前列の兵士は1000人くらいはいそうだ。『召喚石』一つにつき10体を召喚してもそれだけでアンデッド1万体が現れる。とんでもないインチキ戦法だ。
思った通り、『召喚石』周辺の地面が盛り上がり、ボコボコとゾンビやらスケルトンやらテラーナイトやらが現れた。人型獣型が混じるそのアンデッド大軍団はやはり1万体くらいいそうだ。一瞬だけフレイニルがここにいればと思うが、彼女を人間同士の戦いに出すのはありえないと思い直す。
「来るぞソウシさん」
青年の言葉通りアンデッドが一気に動き始めた。走力の高い獣型が前だ。俺は走って前に出つつ『誘引』を最大の力で発動する。獣型ゾンビとスケルトンが一斉にこちらに向きを変える。後ろで冒険者たちが「おお……」と息を飲むのが分かった。
「おおおおッ!」
自然と声が出るが、士気を上げることを考えれば丁度いい。
ウオオオオンッ!
奇妙な声で吠えながら、獣型アンデッドが目の前にまで迫ってくる。俺はメイスを横薙ぎに振り、最大出力で『衝撃波』を放った。
スキルレベルが最大に近い『衝撃波』は射程が20メートル以上に伸びている。『衝撃波』は放射状に広がるため、前方の地面が扇状にめくれ上がって吹き飛ぶ。当然その範囲にいたアンデッドはすべて粉々になって消し飛んだ。
俺がメイスを振ると、その度ごとに100体近いアンデッドが地上から消滅する。俺はじりじりと前に出ながら、哀れなアンデッドたちを駆逐していった。もちろん『誘引』の範囲外でこちらの陣に進んでくるものも多数いるが、それに関しては他の冒険者が対応してくれている。
アンデッドの数が3分の1にまで減ると、国軍の兵士はさらに『召喚石』を起動させた。追加で1万体が出現するが、俺のメイスと『衝撃波』の前では塵のように消え去るのみである。
追加のアンデッドが半分以下にまで減ると、国軍の兵士が動揺しはじめているのが分かった。恐らくアンデッドが敵陣に届くあたりで前進して矢を射かけるつもりだったのだろう。その目論見が完全に潰えたのだから彼らがうろたえるのも仕方ない。
というかこのまま俺が前進を続ければアンデッドの代わりにひき肉になるのは自分たちだと理解しているはずだ。事実俺の正面の兵士たちは恐怖に引きつった顔でじりじりと後退している。
その兵士たちを割るようにして黒づくめの兵士の一団が現れた。王都のギルドで見た冒険者くずれの兵士『特務兵』に違いない。200人はいるだろうか。恐らく俺というイレギュラーがいることに気付いて対応するために出てきたのだろう。一般兵では持てないような巨大な武器を抱えているものも見える。
そいつらのうち30人ほどが魔法を放ってきた。炎や氷や岩の槍がまさに流星雨のごとく俺に向かって降り注いでくる。が、『不動不倒の城壁』を微かにでも揺るがすことはない。
魔法の着弾後も健在である俺を見て、特務兵たちが驚愕の声を上げた。
そうしている間にもアンデッドは殺到してくるが、俺の手によって平原の上に残骸となって堆積していく。
邪魔になるアンデッドがいなくなり、特務兵との間に遮蔽物がなくなった。
距離は約100メートルか。敵の弓手が放つ矢が盾の表面で空しく弾けて消える。
俺が盾を構えながら突っ込んでいくと、向こうの前衛は俺を囲むように広がりながら迎え撃とうとする。『衝撃波』の威力は見ていたはずだが、自分たちなら耐えられるとでも思っているのだろうか。
『俊敏+2』のおかげか俺はあっという間に距離を詰め、冒険者隊のほとんどを射程内にとらえる。間抜けな奴らだ、後衛はもう少し広がるべきだったな。
『衝撃波』を放つ。もちろん『翻身』を使っての高速連射である。
『疾駆』で斬り込んできた奴、魔法を撃とうとした奴、矢を放とうとした奴、すべてが不可視のエネルギーにぶち当たって吹き飛んでいく。
アンデッドよりは多少頑丈だから運がよければ生きているだろうか。冒険者くずれは基本的に普通の罪人より扱いが重い。同情をするような義理もなければ暇もない。
俺の目の前から敵の冒険者隊がすべて消えた。俺がさらに進み出ると、周囲の一般兵が顔面蒼白になって逃げだしはじめた。もちろんその後ろの隊の連中と揉み合いになってパニック状態になっている。
「ひいいッ!? 化物が来るぞッ!」
「逃げろ! さっさと下がれェッ!」
俺が前に走り出すと一般兵の間から悲鳴が上がった。「化物」とは心外だな。こっちはちょっと力が強いだけのおっさんだ。
俺の進路上から逃げようと、後ろへ横へ大勢の兵士が下がっていく。悲鳴と怒号が飛び交って、すでに戦をするという体ではない。
兵士たちが開けてくれた道を、俺はそのまま前に進んでいく。時々『衝撃波』を放ってやると、状況を理解していない後方の兵も腰を抜かして散り散りに逃げていく。
前方を見ると200メートル向こうに200騎ほどの騎馬を擁する一団が見えた。デカい旗が立っているところからすると国軍総大将の部隊だろう。
一般兵に遠巻きにされながら近づいていく。目の前に現れたのは100人ほどの特務兵たち。総大将の随伴兼護衛だろうか。
「先に出た奴らはなにやってんだ!?」
「まさかコイツ一人に全滅させられたって……んなはずないよな!?」
そんなことを言いながら魔法や矢や剣や斧で攻撃をしてくるが、すべて吹き飛ばしてさらに前に進んでいく。
騎馬隊が動くかと思ったが、どうやら馬が『衝撃波』に驚いて恐慌状態に陥ったようだ。騎士のいうことを聞かず、俺から離れようとして首をめぐらし衝突事故を起こしている。
落馬した騎士もいて地面でもがいている。運が悪いものは馬に蹴られたりしていてひどいありさまだ。俺は直接なにもしていないのに、もはや部隊として機能していない。
その落馬騎士に混じって、どこかで見た顔の男がいる。侯爵邸の前で捨て台詞を吐いていたザ・悪徳貴族だ。その隣で腰を抜かしている50がらみの偉そうな男は、やたらと派手な鎧をまとっているのでこの軍の総大将だろう。そこそこ力のある貴族とその腰巾着みたいな感じであろうか。
ガタガタ震えてるその2人の前に、剣を構えながら出てきた男がいる。身につけている鎧は実用的だが立派なものだ。歴戦の強者といった雰囲気の、40くらいの男である。
「お、おお、ドゥラック将軍、そやつをさっさと斬り捨てよ! ただの冒険者であろう!」
総大将の貴族が震える声でそんなことを命じた。なるほどこの目の前の男が話に出ていたドゥラック将軍か。
「貴殿は何者か!」
将軍の声には落ち着きがあった。イレギュラーな状況で冷静でいられるのだから見た目通りのベテランなのだろう。雰囲気からして『覚醒者』であるし、もと高ランク冒険者なのは間違いない。
「Bランクの冒険者です。成り行きで侯爵閣下に協力をしています」
「貴殿のような傑物がBランクだと? 一体どこから流れてきた? まさか北の帝国から送られてきた者ではないだろうな」
「帝国には行ったこともありませんよ。ここにいるのは本当に偶然です」
「なぜ侯爵に
「いえ、ただこの国を出たいだけなんですよ。しかしそちらの国王陛下が随分と困った方のようなので、仕方なく侯爵軍に参加したのです」
「本気で言っている……ようだな。なるほど、陛下のなさりようが貴殿のような傑物を敵として招いたか」
そう言った時の将軍の顔はいささか自嘲の色が濃いように見えた。たぶん暴君に仕える忠義の将、みたいな人なんだろう。こういう人は色々終わったあとに必要な人物だから死んでもらっても困るか。
「さて、時間稼ぎをされても困るのでここは通してもらいます」
「時間稼ぎかどうかはその身で知れッ!」
斬撃を飛ばすと同時に『疾駆』で斬りつけにくる熟達の将軍。どうやら刃を伸ばす『伸刃』、そして『翻身』も持っているようだ。変幻の動きで俺に攻撃をしてくるが……残念ながら圧倒的な質量攻撃の前には無力だった。
「が……っ!!」
メイスの一振り、『衝撃波』の一撃で、将軍の身体は20メートルほど吹き飛んでいった。多少手加減はしたので死んではいないはずだ。
「な……っ、将軍が一撃で!?」
「ま、待て、私は伯爵だぞ。手にかけたら我が一党が決して貴様を許さぬと……」
俺はなにかわめいている2人の貴族をロープで縛りあげ、そいつらをメイスの先にひっかけて持ち上げた。
「敵将捕えたり! 命惜しくば武器を捨て、身を大地に伏せよ!」
こんな時になにを言っていいのかなんて分かるはずもない。適当なことを叫ぶと、近くの兵から「ひいぃッ!」という声が上がり、その声が瞬く間に
なるほど確かに兵の士気は恐ろしく低いようだ。王が兵士に飯も食わせぬ暗君であるなら、命を捨てて同国人相手に戦うことなどするはずもない。彼らを責めることは誰にもできないだろう。
ふと見ると将軍が起き上がる所だった。彼は周囲を見回し、メイスの上でぐったりしている貴族2人を見て、妙に安心したような顔で自身も膝をついた。
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