14章 魔の巣窟  14

 戦闘が終わった後、俺は『悪魔』と『異界の門』について知っていることを、集まっていた冒険者に伝えておいた。今後も出現する可能性はあるし、あらかじめ敵の特性を知っておくことは重要である。中でも『異界の門』については決して近づかないように忠告しておいた。間違って『異界』に吸い込まれてしまったら、並の冒険者では生きて帰ってくることは難しいはずだ。


 侯爵邸に帰ると、ラーガンツ侯爵自ら出迎えてくれた。報告はアースリン氏が行うということで俺は身体を拭いて部屋で休み、それからミーティングを兼ねた夕食に臨んだ。


「今日は大活躍だったそうだな。アースリンがあれほど熱弁を振るうのは初めて見た」


 食卓につくと侯爵が楽しそうな表情でそう切り出してきた。


「恐らく『悪魔』とは一番多く戦っている人間ですので。この度は街に被害がなくてようございました」


「それに関してもソウシ殿のおかげのようだな。貴殿がいなければ冒険者にも被害が出ていただろうとアースリンは言っていたぞ」


「今回冒険者に『悪魔』の情報も知らせておきましたので、今後は楽に対応できるようになるでしょう。やはり未知のものと戦うのが一番恐ろしいものですので」


「うむ、私もその通りだと思う。しかし『悪魔』とは思ったよりも恐ろしいモンスターのようだ。そのようなものが出現しはじめたとなると、人間同士で戦などしている場合ではないな」


 侯爵は自嘲気味にそう言うと憂いの表情を見せた。俺から見れば彼女はまだ若い人間である。にもかかわらずその肩に載っている責務は貴族としても重すぎるものがあると思わざるをえない。


「ヴァーミリアン国では上位の冒険者の囲い込みが始まっていると聞いております」


「さもあろうな。ソウシ殿も声はかかっているのではないのか?」


「今のところはまだ。とはいえ私のパーティには訳のある者が多くおりまして、声をかけていただいたとしてもどの勢力にも属すつもりはありません」


「ソウシ殿のパーティも一度見てみたいものだ。すべてが終わったらもう一度メカリナンを訪れてはくれまいか」


「なるべく多くのダンジョンを回るつもりですので、パーティで再び訪れることはあると思います」


「その時は是非、僕にも会いに来てください。パーティの皆さんに色々なお話を伺いたいんです」


 どうもリューシャ少年は女性の冒険者に興味があるようだ。まあ気持ちはわからなくもない。


「わかりました」とは答えたが、もしリューシャ少年がこの国の王になったとして、彼に会いに行くのはそれはそれで政治的な話になりそうな気もする。


「ところでソウシ殿は年の頃は私と同じくらいに見えるのだが、冒険者としてどれほど活動をしているのだ? アースリンは相当な数の修羅場を踏んでいるのではと言っていたが」


「冒険者になってからまだ1年経っておりません。ただ経験だけは色々と積んでおりまして、その結果称号などもいただいている次第です」


「1年足らずでAランクをしのぐ強さを身につけたというのか。古の英雄もかくやという話ではないか。ふむ、そう言えばアースリンが面白いことを言っていたな。今日の戦いではいつもより身体に力がみなぎる感じがしたと。確か古の英雄もそのような力を持っていたと聞くが」


 そう言って鋭い視線を投げかけてくる侯爵。反対側ではリューシャ少年が瞳を輝かせ始める。


「いえ、それは私も存じませんが……」


 と答えたが、多分侯爵には嘘だとわかってしまっただろう。


 まさかそんな少ない情報から『将の器』スキルの存在を看破するとは、やはり有能な人間は恐ろしい。


 しかし『将の器』が少し指示を与えただけで効果のあるスキルというのも想定外ではある。しかもパーティでもない人間にも影響を与えたとなると、マリアネが言っていた通り軍隊レベルにも効果があるスキルなのかもしれない。


 侯爵はしばらく俺の目を見ていたが、フッと表情を緩めた。


「ふふ、今の話は単にソウシ殿の獅子奮迅の働きに感化されただけであろうな。しかしソウシ殿の戦いぶりが士気を上げるというのは無視できん。やはり貴殿には戦場で先頭に立ってもらうのがよいようだ。殿、な」


 どうやらこちらの事情を汲み取ってくれて、スキルについては気付かなかったことにしてくれるらしい。ただし代わりに戦では頼むということだろう。


 しかし今の侯爵の言いかただと、「スキルの効果を知りながらも隠しつつ、その力でこっそりと侯爵軍を助ける人物」みたいな扱いになっているような気がする。


 スキルについては完全に忘れていただけなので、そんな奥ゆかしい人間だと勘違いされるのはどうにも不本意ではあるのだが。




 翌日朝も特になにごともなく、俺はいつものとおり冒険者ギルドに向かい、それからBクラスダンジョンに少しだけ潜ることにした。


 ラーガンツ領のBクラスダンジョンは20階層あるもので、大きな墳墓ふんぼを潜っていくタイプの、アンデッドモンスター中心のダンジョンであった。


 5階のボスは『ボーンドラゴン』という物理属性のボスらしいので特に問題はないはずだ。5階のザコに『バロンファントム』という霊体系のモンスターがいるとのことで、『水属性+3』の効果を確かめるにもうってつけである。


 1・2階は因縁の(?)『ヘッドレスソーディアー』が2~3体で現れるがまったく問題なし。3・4階は『スローインググール』という魔法の弾を投げてくる青い肌の鬼が出てきた。魔法の弾は着弾すると手榴弾のように破裂する厄介なものであったが、『不動不倒の城壁』で防ぎながら体当たりをするとそれだけで倒せてしまった。


 問題の5階だが、『バロンファントム』は貴族のような姿をした幽霊だった。やはり魔法を得意とするモンスターで、特に範囲系の魔法が厄介だった。なにしろいきなり足元から炎の渦が吹きあがったりするのである。


 対策は常に動き回ることで、走り回りながらメイスを振り回し『衝撃波』を放ちまくった。霊体系は通常なら物理攻撃は効きづらいのだが『水属性+3』の効果は確かだった。すべて一撃で消し飛ばすことができ、慣れてくると先制攻撃で終わるまでになる。


 さてボス部屋である。『ボーンドラゴン』という骨のドラゴンが出てくるはずだが、黒い靄から出てきたのは真っ赤な色の骨でできた大型の骨ドラゴンであった。全長は20メートルほどか。骨格だけだが一応翼もあるので威圧感は大きい。


 赤い骨がレアっぽいので恐らくレアボスだろう。


 ガ・ガッ!!


 様子を見ていたら血の色の槍をブレス代わりに飛ばしてきた。あの『彷徨するワンダリング迷宮ダンジョン』のボス・ライラノーラが使った『血槍』の下位版のようだ。『不動不倒の城壁』で受けながら前に出ると、尻尾を横殴りに振ってくる。受ける瞬間盾を押し出すと、カウンターになったのか尻尾が砕け散った。


 ガ・グッ!?


 一瞬戸惑ったような動きを見せた『赤ボーンドラゴン』だが、今度は頭上から噛みつきにきた。その動作は早く、開かれた顎に並ぶ牙は板金鎧すら一撃で引き裂きそうなほど。


 だが当然、俺相手にそれは完全な悪手である。異形のメイスがカウンター気味に叩きこまれ、赤いドラゴンの頭蓋骨は粉々に砕け散った。


 出たのは銀の宝箱で、開くと身の丈ほどもある美しい銀の杖が現れた。祈る天使の姿が装飾として施されたもので、一目見てフレイニルにぴったりだと分かるものだ。フレイニルは俺に会えなくて相当に参っているだろうし、これが彼女に丁度いい土産になってくれるとありがたい。


 そんなことを考えながら、今日のところはダンジョンを出ることにした。

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