14章 魔の巣窟 13
翌日も冒険者ギルドへと向かった。
戦への参加は表明したものの、俺自身は当日まではなにができるわけでもない。ならばルーティンをこなすのが面倒がなくていい。
街中はいよいよ戦が近いという雰囲気であった。荷を運ぶ兵の姿も増え、街の人々も非常時に備えるためか買い出しを行ったり家の補強をしたりしている。
不思議なのは、それらを見ていると己の
冒険者ギルドのロビーも大討伐任務前のような緊張感が漂っていた。地元組の冒険者の多くは戦に参加するらしい。侯爵の話では主にアンデッドを相手にするとのことだったが、戦場ではそれだけで済むことはないだろう。それだけに彼らの顔にはいつにない厳しさが貼りついている。
物々しい雰囲気のなかではあったが、俺は平常どおりカウンターの男性職員に声をかけた。
「すみません、アイテムの鑑定をお願いしたいのですが」
「はい、どちらのアイテムでしょうか?」
俺はカウンターの上に『珊瑚のネックレス』を置いた。昨日『フライングジョーズ』から『強奪』したものだが、まだ鑑定をしていなかったのだ。「少々お待ちください」と言って職員はネックレスを手に奥に引っ込んだ。
3分ほどで戻ってくるが、その顔が少し興奮気味であることに気付く。
「こちら鑑定いたしましたが、『水属性+3』の効果があるようです」
「それは珍しい効果なんですか?」
「そうですね。攻撃に属性を付与するアクセサリー自体少ないですし、その上『+3』ですからね。物理攻撃が効きづらいモンスターに対して武器でダメージが与えられるようになるのは大きいと思います」
「なるほど……」
そういえば俺が戦場で戦うのはアンデッドがメインという話だった。よく考えたらアンデッドには霊体系のものもいるわけで、これがなかったら詰むまではいかずとも面倒なことになったかもしれない。このタイミングで手に入るのは幸運というレベルではない話だが、まあそこはもう詮索するまい。
俺は職員からネックレスを受け取ると自分の首にかけ、そしてもう一つ手に入るかどうかを確かめるために、再度Cランクダンジョンへと向かった。
結果として『フライングジョーズ』から再度ネックレスを奪うことはできなかった。代わりに今度は最下層ボスの『タイニークラーケン』から『真珠の指輪』を奪うことができた。安定して同じアイテムを得るということはできなさそうだが、やはり宝箱以外にアイテムを得る機会が増えたというのはかなり大きい話だ。
ダンジョンを出ると昼過ぎだった。ギルドに寄って『真珠の指輪』を鑑定してもらう。『俊敏+2』とのことで、すでにつけている『俊敏+1』の指輪と付け替えた。ちなみに同じ効果のアクセサリは複数つけても効果が足されることはないらしい。
俺がギルドを出ようとすると、若い冒険者が慌てた様子でロビーへと入ってきた。その顔には見覚えがある。侯爵の腹心アースリン氏の部下の1人だ。彼はカウンターに行くと、職員に「街道に『悪魔』が出た。今いるBランク以上の冒険者に招集をかけて欲しい」ということを口にした。王都の方が近かったはずなのだが、まさかこちらに来るとは。しかし
彼に話を聞くとすでにアースリン氏たちは城門のほうへと向かったらしい。
俺はそのまま城門の方に走っていった。新たに身につけた『俊敏+2』のおかげで動きがグッと速くなっているのが分かる。これは戦の前にいいパワーアップができたな。
城門前ではアースリン氏たち侯爵直属の元冒険者が5人揃っていた。あの日奴隷狩りと戦っていた人間たちである。話によるとアースリン氏はBランク、他は全員Cランクの猛者らしい。
俺が近づいていくと、アースリン氏が気付いて話しかけてきた。
「おおソウシ殿、すまぬな。どうやら『悪魔』ですら王都は避けたようだ。迷惑な話よ」
「王都のギルマスの感じでは王都に出たら対応は難しそうでした。ところで『悪魔』の数と大きさはどのような感じでしょう」
「巨大な8本足のものが3体、それ以外に大型の虫のようなものが7~8体とのことだ」
「なるほど……そのくらいなら私一人でも倒せますね」
「部下の話だと8本足はドラゴンにも匹敵する大きさだと言っていたぞ」
「自分とは相性がいいモンスターなのです。特徴としては口から魔法を連続で放ってきますので注意してください。あと外皮も骨も非常に硬いようです」
「ふうむ、魔法を連続で放たれるというのはそれだけで脅威だが、どの程度のものなのだろうか」
「それは見ていただけば分かると思います」
と言ってもまずは見た目が一番問題な気もするな。
少し待っていると、高ランクと思われる冒険者が8パーティ集まってきた。
アースリン氏が冒険者のパーティに声をかけているが、どうやらBランク以上のパーティはこれでほぼ全員らしい。
アースリン氏が多少不安そうな顔をして俺のところに来る。
「ソウシ殿、この数で行けるだろうか」
「問題ないと思います。はじめは私が前に出て攻撃をひきつけます。相手の攻撃パターンをつかんだうえで、隙を見て攻撃するように伝えていただけますか?」
「分かった。攻撃開始の指示は貴殿がする方が良かろう。頼めるか?」
「分かりました。私が指示したら動くように言ってください」
というわけで、総勢40名ほどの部隊になった俺たちは街道を例の森のほうに向かって歩きはじめた。
30分ほど進むと前方に複数の巨大な影が見えてきた。巨大な人間の身体に3つの頭、身体の横からは4対8本の腕がのびている、ピンク色の異形のクモである。数は3体だが、こちらに進んでくる姿は巨大なロボットのようにも見える。
その足元には全長5メートルほどの6本足の『悪魔』が10体ほど並走している。いずれも無表情な人間の顔を持っているので不気味なことこの上ない。
「おいおいおい、なんだよアレ、あんな気持ち悪ぃの見たことねえぞ!」
冒険者の1人が声を上げると、他の冒険者たちも騒然となる。俺の横を歩いていたアースリン氏も目を見開いて凝視している。
「ソウシ殿、あれが『悪魔』なのか?」
「ええ。人間を冒涜したような姿、とアーシュラム教では言っているようです」
「まさにその通りだな。あのような不気味なモンスターがいるなど聞いたこともない」
「叩けば恐怖を感じる連中のようですから、必要以上に恐れることはありませんよ」
俺の言葉が気安そうに聞こえたのか、アースリン氏は眉を潜めて俺の方を見た。
「ソウシ殿はいったいどれだけの修羅場を経験されているのだ。あれを目の前にしてその平常心、見習わねばならんな」
「ただの慣れですよ。さて、では俺が先行します。もしかしたら魔法が何発かは飛んでくるかもしれませんからご注意を」
そう言って、俺は『アイテムボックス』から『不動不倒の城壁』とメイスを取り出して、『悪魔』の一団に向かって走り出した。
彼我の距離が200メートルほどになると、『悪魔』達は俺を認識したのか一斉に魔法を吐き出し始めた。巨大クモ型は岩の槍、虫型は氷の槍だ。
『悪魔』の数が多いために弾幕は凄まじいが、スキル効果が乗ったオリハルコンの盾はかすかな震動すら俺の腕に伝えない。自分がゲームによくある破壊不能オブジェクトになったような気すらする。
しかしさすがにこれだけ連射されると攻撃に転じる隙がない。ああ、冒険者に指示をすればいいのか。そろそろ相手の攻撃パターンも分かっただろう。
俺は後ろを振り返り、メイスを持ち上げて振り下ろした。
「攻撃ッ!!」
魔法の着弾音に負けないように叫ぶと、後ろから「お、おおッ!?」と声が上がった。ちょっと戸惑っている感じなのが気になるが、やはりまだ『悪魔』の姿に驚いているのだろうか。
それでも一瞬後には200発近い炎の槍が『悪魔』に降りそそいだ。Bランクパーティの集団火力はすさまじい。4体の虫型が黒焦げになってひっくり返る。
一瞬『悪魔』の顔が後ろの冒険者に向きかけたが、『誘引』を発動して強制的に俺の方に攻撃を向けさせる。
「行くぞッ!!」
誰かが叫ぶと背後から冒険者の前衛組が走ってきて、それぞれの獲物にかかっていった。
見ると、虫型については足を斬り落とし、動きが止まったところで首を叩き斬っていた。なるほど頭部は硬いが首はそうでもないらしい。
ただ巨大クモに関しては腕を落とすのにも少し難儀しているようだった。本体に追加の炎の槍が突き刺さるも、それほど効いているようには見えない。やはりこの『悪魔』は魔法耐性がかなり高そうだ。
それでも巨大クモ一体が腕を数本落とされて地面に倒された。その後はやはり首を狙って攻撃し、頭を一つづつ落としている。一瞬で弱点を見切って的確に狙うあたり、しっかりと経験を積んで上位ランクになった人間は違う。常に力押しの俺には勉強になるところである。
さて残るは巨大クモ2体だ。弾幕も薄くなったのでここは俺が片づけよう。
『俊敏+2』で身軽になった俺は、魔法の槍を受け止めつつ一体の足元まで走っていく。頭上10メートルに3つの頭。
『衝撃波』を直上に放つと、顎を砕かれた巨大クモはガクリと巨体を俺の目の前に落とした。俺はメイスを一閃して3つの頭を一度に爆散させる。
それを見て、なんと最後の一体は巨体を
もちろん逃がすわけにはいかないので追いかけていって同じ運命を辿らせてやる。以前戦った時より俺自身が圧倒的に強くなっていて、単体では完全にザコ扱いである。
すべての『悪魔』が黒い粒子になって消えると、禍々しい魔石だけが残された。
「思ったより楽でしたね。さすがBランク以上が集まると違います」
俺が戻りながらそう言うと、アースリン氏は首を横に振った。
「いや、今の戦いを見て楽と言えるのはソウシ殿だけだ。あれほどの魔法の嵐、まともに戦っていたらどれだけ被害が出たか。それにあの巨大な『悪魔』を一撃で粉砕するなど、この目で見ても信じられぬ」
「ああ……言われてみればそうなのでしょうか」
「うむ。しかしそのメイスも盾も凄まじいな。Aランクの冒険者でも持てる者などほとんどおるまいよ。しかも盾のほうは……すべてオリハルコンでできているのか?」
「そのようです。『王家の礎』で手に入れたものですね」
「どうやらソウシ殿はいろいろと規格の外にいる御仁のようだ。貴殿に出会えたことは、我らにとって天の配剤と言うほかない」
そこまで言われるほどかとも思ったが、これはやはり自分の感覚が麻痺しているのだろうな。見ると周りの冒険者も、俺のことを驚嘆の表情で見ている気がする。
自分の強さについては自覚が出てきているはずなのだが、どうやらまだまだ足りないらしい。
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※投稿隔日化のお知らせとお詫び※
ここまで毎日投稿をしてまいりましたが、さまざまな都合により毎日投稿が難しくなってしまいました。
大変申し訳ありませんが、当面の間2日に1回の更新とさせていただきます。
具体的には3月1日3日5日……と投稿する予定です。よろしくお願いいたします。
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