14章 魔の巣窟  10

 食事が終わると、俺は侯爵邸から街へと繰り出した。


 まず向かうのは冒険者ギルドである。侯爵によるとラーガンツ領のギルドは普通に運営はしているらしい。とは言っても冒険者も商人も行き来が厳しく制限されているため、支部の運営にも相応の影響はでているようだ。


 通りを歩く限りでは生活する人々には活気があり、メカリナンの王都とは大違いである。ただ時折兵士と思われる人間が荷車で荷を運んでいて、どことなくいくさの準備を始めているというような雰囲気はある。


 ギルドに入ると100人ほどの冒険者がロビーにたむろしていた。ギルドの規模に比べて多い気がするが、王都の冒険者がこちらに流れてきているのだろう。ダンケン氏も会話の中でそのようなことを口にしていた。


 俺は空いているカウンターに行き、受付の若い男性職員に声をかけた。


「初めまして、Bランクのソウシと申します。少しお聞きしたいことがあるのですが」


「はい……、え、Bランクですか? よくこの街に来られましたね」


「ええ、ちょっと事情がありまして。それよりこの国は冒険者が国外に出られないと聞いたのですが、どのような理由があるのでしょうか?」


 その質問に、職員は声を低めて答えた。


「実は現国王と、ここラーガンツの領主様を含む一部貴族との間で内戦が起こるのではないかと言われています。噂では現国王はかなり強引に即位したらしく……。しかもその政策もかなりひどいもので、市民の不満も相当高まっているようです。さらに国王はオーズへの侵攻もほのめかしていて、そのせいで国境を半分封鎖している状態にあるようです」


「それはなんとも……。分かりました、ありがとうございます」


 礼を言ってカウンターを後にする。


 一応裏を取る意味で聞いてみたが、やはり今まで聞いた通りの状況のようだ。


 しかし内戦か。俺個人としてもラーガンツ侯爵側に勝ってもらわないと困るし、俺が参加することでその可能性が高まるならやはり協力はするべきなんだろう。だが頭を切り替えるにはもう少し心の整理が必要らしい。こういう時は冒険者らしくダンジョンに潜るしかないだろうな。




 その後ガイドを一通り読み、俺はギルドを後にした。


 この町の周辺にはE~Bクラスのダンジョンが一つづつあるとのことで、とりあえずCクラスまでは一通り回ってみることにした。


 まずはEクラスのダンジョンに向かう。以前入ったことのある大木型のダンジョンで、2時間ほどで最下層まで下り、ボスの『コボルトリーダー』を殴り倒して踏破完了である。スキルは『暑気耐性』で、早くも希望のスキルを手に入れてラッキーではあった。


 時間が余ったので午後はDクラスダンジョンに入った。平原にある10階層のダンジョンで、中ボスの『鎧ミノタウロス』はレア、ボスの『ギガントトータス』はノーマルでどちらもメイスの一撃で粉砕した。ボス撃破まで4時間弱とパーティで入る時より短時間なのだが、これはザコの出現数が格段に少ないからである。


 銀のレア宝箱からは指輪が出てきたが、マリアネがいないので『鑑定』できない。スキルは『炎耐性』がレベルアップした。耐性スキルはレベルが上がりづらいのでこれはこれで地味にありがたい。


 ダンジョンを出ると夕方であった。


 これならCクラスも一人で余裕だなと思いつつも、夕陽を見ていると急に寂しい感じが湧き上がってくる。俺自身すっかりパーティでの行動に慣れてしまったのだろう、やはり早くメンバーと合流しなければと強く感じる。特にフレイニルは心配であるし。


 ギルドの男性職員に先ほどの指輪を鑑定を頼むと、『毒耐性+3』ということだった。


「高レベルの『毒耐性』アクセサリーは非常に貴重なので、貴族からの引き合いも強く高値で売れますよ」


「そうなのですか?」


 この手の補助効果付きアイテムは一般人にも効果があり、貴族などが身につけることは珍しくないらしい。ただ貴族が『毒耐性』を欲しがるという話は聞いていて微妙な気分になるが。


 ギルドでは他の冒険者とも話をしてみたが、基本的には現国王の悪口しか聞くことができなかった。国外に出られないことや、流通の制限によって生活が悪化したこと、知り合いが奴隷にされたなどという話も聞こえてくる。


「オーズを落として領土を増やし国民生活を豊かにするなんて言ってるが、そんなこと誰も信じちゃいない。だいたい戦争だって終わったばっかで、ようやく下々の生活が落ち着いてきたところなんだ。人気取りの戦いなんてアホらしい限りさ。侯爵には頑張ってもらって、さっさと国王をひきずりおろしてもらいたいって誰もが思ってる。特に王都の連中は余計じゃねえかな」


 とはとあるベテラン地元組冒険者の言だが、他の冒険者も似たようなことを異口同音に口にしていた。


 ラーガンツ侯爵邸に戻ると玄関前に侯爵の腹心アースリン氏がいた。出先から戻ってきたところのようだ。


「ソウシ殿、今日はやはりダンジョンか?」


「ええ、DクラスとEクラスに行ってきました。アースリン殿は?」


「今日も奴隷狩りが来ないかどうかの見回りだ。例の『悪魔』についても気になるしな」


「それはお疲れ様です。奴隷狩りはそこまで頻繁に現れるのですか?」


「昨日退けたからしばらくは来ないとは思う。しかしラーガンツ侯爵が国王反対派とはいえ、他領の民を奴隷に落とそうなどというのは信じられぬ蛮行よ。そうは思わぬか?」


「思いますね。それにヴァーミリアン国でもメカリナンの手の者らしい奴隷狩りがおりました。エルフや獣人などが狙われているとか」


「確かにエルフや獣人の奴隷もここ1~2年で増えたと聞く。他国でもそのような行いをしているとなるともはや一刻の猶予もないな」


「内戦はすぐにでも始まるものなのですか?」


 と俺が聞くと、アースリン氏は目つきを多少鋭くした。


「間違いなく始まる。ジゼルファ王は侯爵領の物資を欲しているからな。貴殿も王都の様子を見たのなら分かると思うが」


「それは確かに」


「問題だったのは、少し前まではこちらに大義がなかったことだ。攻められて守るのはともかく、王都に攻め上るためにはそれなりの大義が要る。そういう意味でも貴殿がこのタイミングで王都に現れ、リューシャ様をお連れしたことは大きな話なのだ。しかも貴殿はあのマゼロをも捕らえたのだろう? あやつは国王派にとっては切り札の一つでな。それがいなくなったというのも間違いなく朗報だ」


 リューシャ少年の一件は意識して加担したが、知らないところでも俺は侯爵派を助ける行動をしていたようだ。偶然と言うにはあまりにも出来すぎているが、これも悪運スキルのせいだとしたらとんでもない話である。というよりここのところの一連のあれこれは悪運スキルがないと説明がつかない気がする。この点もそのうち本気で調べないといけないかもしれないな。




翌日はCクラスダンジョンに潜った。水辺にある15階層のダンジョンだが、ガイドによると物理特性のモンスターしか出てこないらしいので問題ないと判断した。


 ソロだったので入り口にいた親切なパーティにやめとけと止められたが、メイスを見せたら納得をしてくれた。


 水辺のダンジョンということで水棲生物モチーフのモンスターが多い。5階の中ボスは巨大スライムの『ヒュージスライム』。毒や酸を持っていて本来なら遠距離攻撃がないとキツい相手だが、『衝撃波』の連射で片がついた。宝箱は『1級ポーション』で手足の欠損まで治せる高級品だ。すでに何本かは『アイテムボックス』に入っているが邪魔になることはないだろう。


 10階の中ボスは『フライングジョーズ』、なんと空飛ぶサメである。全長も20メートル程ともはやクジラだが、メイスの一振りで瀕死となった。その時急にピンときて『強奪』を使ってみたのだが、なんと珊瑚でできたネックレスを奪うことができた。どうやらモンスターにも『アイテムボックス』持ちがいて、そこからアイテムを奪うことができるようだ。これは密かにビッグニュースではないだろうか。


 ちなみに宝箱からは100kgほどの『塩』が出た。言うまでもなくこの世界でも塩は重要物資で、ダンジョン産のものは特に高級品として珍重されるらしい。換金してもいいが、せっかくなので野営の時に使わせてもらうことにする。


 最下層15階のボスは『タイニークラーケン』。名の知られたモンスターだが、この世界のものは巨大タコだった。『小さい(タイニー)』というが頭部の高さだけで7~8メートルはあり、8本の足を加えるとその大きさは圧倒的である。


 物理特化で防御力も高く、強力な再生能力も持っていて長期戦必至のボスだそうだが、やはり俺のメイスの前では無力であった。とらえようと伸ばしてきた足を爆散させ、頭部に一撃加えれば終わりである。


 得たスキルは『不撓ふとう』という名で、『不動』の上位スキルのようだ。片足立ちして『不動不倒の城壁』を振り回しても身体が地面に完全に固定されるようになった。すでにあの暴走悪魔を正面から止められる俺だが、どこまで物理特化になるのか見当もつかない。


 しかしやはりダンジョンに潜ってみて自分の異常性が再確認できた気がする。これだけの力があって出し惜しみしたとなれば、パーティメンバーにも顔向けができなくなりそうだ。


 ここはやはり心を決めるべき時なんだろうな。

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