14章 魔の巣窟 09
「なるほど、貴殿は冒険者ギルドの中でもとりわけ信の厚い冒険者なのだな。王都のギルドマスターがリューシャ様を預けたのも頷ける。しかしここに至るまで、随分と波乱の経験をされたようだな」
ラーガンツ侯爵はそう言って背もたれに身を預けた。
俺は今、応接の間のソファに座って侯爵と相対していた。もちろん隣にはアースリン氏が座り、そして侯爵の側には執事氏が控えている。
さすがにすぐに解放されるとは思っていなかったが、侯爵にはかなり深い事情まで根掘り葉掘り聞かれてしまった。変に誤魔化しても疑われると思いオーズ国からここまでの話を正直にしたのだが、侯爵もアースリン氏も相当に驚いたようだ。
「信じがたい話ではあるが、しかし事情は分かった。ここまでリューシャ様をお連れいただいたことにも礼はしよう」
「謝礼をいただけるのでしたらお願いがあるのですが」
「願いとは?」
俺はそこでアースリン氏をちらりと見た。氏は視線に気づいて俺の代わりに話し始めた。
「侯爵様、先ほどのお話の通り、ソウシ殿はオーズ国にパーティメンバーを残してきているそうです。そのメンバーに連絡を取りたいとのことで、可能ならば『転話の魔道具』を使わせていただけたらとのことなのですが」
「ふむ? 魔道具の使用は問題ないが……オーズのギルドにつなぐということかな?」
「はい、一言自分の無事を職員に伝えられればそれで結構です」
俺が答えると、侯爵は執事氏に確認を取ってから頷いた。
「それは承ろう。しかしそれならすぐにでもオーズに向かいたいところだろうな。この国が今のような状態でなければすぐにでもかなうのだが」
「国境を越えるのが難しいというお話は聞いております。実は今回依頼を受けた理由のひとつがそれでして……」
「メカリナンの政治が改まれば国を出られると考えたわけか」
「その通りです」
俺の答えが面白かったのか、侯爵は「ふふっ」を笑みをこぼした。
「なるほど、ソウシ殿は考え方のスケールが並の冒険者と違うようだ。『トワイライトスレイヤー』ともなれば国境などいくらでも破れようものを」
「さすがに明らかな犯罪を犯すのはためらわれまして。それにメカリナンの現国王陛下は周辺国への戦争を考えているとも聞きました」
「ほう、戦を止めたいというのか。ますます大人物の考え方ではないか。しかしそうか、そのような考えをもっているのならばもう少し我々に力を貸してもらうことは可能か?」
「それではどのようなお話でしょうか?」
俺の問いに、侯爵は目元を厳しくしながら答えた。
「これから起きる我らと王家との戦の手助けをしてもらいたいのだ。現国王陛下はアンデッドを召喚する技術に長けていてな、戦場にアンデッドを投入してくる可能性が高い。さらには冒険者くずれも兵として出してくると聞いている。それらに対抗するため、当家も
その後まさかの侯爵との会食があった。そこでの会話は世間話が主だったが、リューシャ少年は俺の冒険者の話をいたく気に入ったようで、色々と話をせがまれてしまった。他のメンバーが女性だけだという話をすると侯爵が意味ありげな目を俺に向けてきたのに少しだけ肝が冷えたが。
食事が終わると俺は来賓宿泊用の部屋に案内された。この街にいる間は使っていいと言われたが、とりあえず1週間だけお世話になることにした。
『転話の魔道具』については、俺が直接話をすることはさすがにできなかった。というよりも魔道具そのものが非常に貴重なもので、置いてある部屋にすら入れてはもらえないらしい。なので俺が無事であること、決して迎えに来ないことの二点を伝言としてオーズのギルドへ送るようにお願いした。これでとりあえず当面の問題は解決したはずだ。
ちなみに侯爵の転話の魔道具が冒険者ギルドにつながるのはかなりの特例措置らしい。その辺りメカリナンの現在の状況が関係しているようだ。
そんなわけで俺は今高級ベッドで横になっているのだが、考えているのは先ほど侯爵に請われた『戦への参加』についてである。実はその場では即答できずにいたのだ。
実のところ、俺はずっと冒険者は戦に参加できないのだろうと考えていた。実際国家間の条約では確かに禁じているらしいのだが、なんとギルドでは特に禁じているわけではないとのことであった。であればリューシャ少年をここまで連れてきた以上、また侯爵側に勝ってもらいたいと思っている以上、侯爵側に加勢するということはむしろ自然な話である。
ただそこで邪魔をするのがもと日本人としての感覚である。現代日本にも傭兵として海外の紛争に参加する人間がいたことは知っているが、だからといって自分ができるかどうかは別問題である。モンスター相手にメイスを振るのはいいが、一般人の兵士相手にそれをする可能性があるとなると……と堂々巡りをしているうちに、俺の意識は遠のいていった。
翌朝朝食の場で、侯爵は俺に「当面なにをするのか」を尋ねてきた。
ちなみに食卓には俺と侯爵のほか、リューシャ少年とアースリン氏が同席している。昨日のやり取りで分かったが、アースリン氏は侯爵にとっては腹心の部下的な立場らしい。
「この町を動くつもりはありませんので、まずは冒険者としての活動を再開したいと思っています。今日はこの後ギルドに行って、ダンジョンに潜ったり依頼を受けたりするつもりです」
「ソロで活動をするつもりなのか?」
「もともとソロで始めた冒険者ですので問題はありません。Cクラスまでのダンジョンなら踏破できます」
「ソロでCクラスを? いや、『トワイライトスレイヤー』なら可能なのか。私も以前はBランクの冒険者だったのだが、Cクラスを一人で潜ろうなど考えもしなかったな」
なんと侯爵がもと冒険者とは気付かなかった。言われてみれば確かに『覚醒者』特有の雰囲気がある。もしかしたらマリアネと同じように『隠密』スキルを持っているのかもしれない。
「正直な話をしますと、よほど相性が悪いモンスターが出現しない限りBクラスダンジョンまではソロで踏破できると思います」
「ふうむ、貴殿の雰囲気だと大言壮語というわけでもなさそうだな。アースリンはソウシ殿の力をどう見る?」
侯爵に問われて、アースリン氏が答える。
「昨日奴隷狩りとの戦いで、ソウシ殿は冒険者くずれを素手で4人瞬時に倒していました。相当な実力者であると思います」
「それほどか。ならばなおのこと力を借りたいものだな」
アースリン氏の言葉を聞いて、侯爵は俺の顔をじっと見てくる。美人侯爵に頼るような目で見られたらつい「分かりました」と言ってしまいそうになるが、俺にはもう少し時間が必要なようだ。
「ところで侯爵閣下、昨日も申し上げましたが、『悪魔』が現れる『異界の門』が王都付近にあります。こちらに来る可能性もありますので十分ご注意ください」
「うむ、それについてはギルドにも連絡をしておくつもりだ。もし『悪魔』が現れた場合、冒険者としてはやはりBランク以上が必要になるのだろうか?」
「そのように聞いております。私も何度か戦っておりますので、その際は協力いたします」
「それは心強い。よろしく頼む」
そう言って侯爵が料理の方にとりかかりはじめると、代わりにリューシャ少年が俺に話しかけてきた。
「ソウシ様はオーズからいらっしゃったのですよね?」
「はい、数日前まではオーズにおりました」
「ではメカリナンの手の者がなにか騒ぎを起こしたというような話は聞いていませんか? 国王がなにか手を打ったというようなことを話していたのですが」
その質問には、侯爵もアースリン氏も急に鋭い目を俺に向けてきた。彼らとしても知りたいことなのだろう。
これもどこまで話すか迷うところだが、大巫女のミオナ様から特段口止めをされていたわけでもないのですべて話すことにした。
「マゼロという男とその一派がゴーレムを使って騒ぎを起こしたようです。その騒ぎに乗じてオーズの巫女と国宝を奪おうとしたようですが、それは阻止されました」
「そんなことをしていたのですか!? 叔父上はなんと言うことを……」
おっとかなり危険な言葉が聞こえてしまった。どうやらリューシャ少年は前王の子ということで確定のようだ。しかも現国王を「叔父上」と呼べるということは、ご
リューシャ少年が絶句していると、侯爵が俺に鋭い目を向けてきた。
「ソウシ殿はそこまで詳しい話をどうしてご存知なのだ? オーズの役人でもなければそこまでの話は知りようもないと思うが」
「それは……マゼロを捕まえて巫女や国宝を取り戻したのが私のパーティだったものですから」
ありのままを答えると侯爵は一瞬目を丸くし、そしてまたじっと俺の顔を見るのであった。
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