14章 魔の巣窟 08
「なるほど、それではソウシ殿にはかなり危険な役をやってもらったというわけだな。よくぞリューシャ様をここまでお連れしてくれた。このことに関しては侯爵閣下からも報酬を
揺れる馬車の中で、護衛のリーダーであるアースリン氏が頭を下げた。30過ぎくらいの男性で、頭髪を短く刈り揃えた歴戦の戦士感のある冒険者である。
話によると彼は侯爵直属の人間で、侯爵の手足となって働いている人間らしい。ただその理知的な目も言葉遣いも庶民出身のそれではない。やはり元貴族とかそんなところだろう。
今俺たちは馬車に乗って侯爵領の領都に向かっている途中である。ちなみにこの馬車は奴隷狩りのものだった。幸い誰も囚われてはいなかったが、手枷足枷のような捕縛道具が木箱に入れて置いてあるのがいかにもそれらしい。
「ギルドマスターの依頼を受けて遂行しただけですが、侯爵閣下のお役に立てたなら幸いです。しかし危険もそれほどはありませんでしたね。王都は警備が甘かったようですし」
「あの王のもとでは兵士たちも職務に対する気概など持てるはずもなかろうな」
「そのことなんですが、申し訳ありませんが政情などに疎いもので、今メカリナン国がどのような状況にあるのか詳しくは知らないのです。少しお教えいただけるとありがたいのですが」
試しに聞いてみると、アースリン氏はいくぶん渋い表情をして、リューシャ少年に目を向けた。少年は氏を見返すと頷いたようだ。
「メカリナン国は2年前に前王がお亡くなりになったのだが――」
アースリン氏が語るところによると、メカリナン国はもともと奴隷を労働力として使うことをある程度は是とした国だったのだが、前王はその奴隷制を緩やかに縮小、そして廃止の方向にもっていくつもりだったらしい。
ところがその前王が2年前に急死、後継が決まっていなかったために当時公爵位にあった王弟ジゼルファ公がその位についのだという。
問題はジゼルファ公は野心家である上に奴隷制推進派であったことだ。彼は奴隷制を強化した上に、奴隷を増やすために厳しい規則を制定し、違反した者を強制的に奴隷に落とすことを始めたそうだ。
そのせいで王都やその周辺では民は非常に苦しい生活を強いられており、一方で奴隷制の恩恵にあずかる貴族や一部豪商や豪農などが栄えている状況なのだとか。
「確かにそれならあの王都の様子にも納得がいきますね。しかし侯爵領はそうではないのですね?」
「うむ。ラーガンツ侯爵は前王のよき理解者でいらっしゃったのだ。現在のところジゼルファ王の政策には反対の立場を取っており、以前のままの統治をおこなっていらっしゃる。ただそれもいつまでもつかは分からぬのだが」
「王がなんらかの実力行使に出るということですか?」
「そういうことだ。先ほどの奴隷狩りが全員冒険者くずれであることは貴殿も気づいたであろう?」
「ええ」
「ジゼルファ王は王都の冒険者ギルドを何らかの方法で懐柔して、冒険者くずれを集め自分の手駒としているのだ。オーズへの侵攻についても冒険者を使うことをほのめかしている」
「そう言えば王都のギルドには『特務兵』というガラの悪い冒険者が多くいたのですが、彼らが冒険者くずれだったのでしょうか」
「そうだ、特務兵というのがまさにそれよ。本来ならくずれは冒険者として活動できないはずなのだが、ギルドまで巻き込んで素材の回収などもさせているという話だ」
「なるほど……。しかしオーズに侵攻するというのも恐ろしい話ですね。自分のパーティメンバーがそちらに残ったままなので心配です。国から出られないということであれば自分の生存だけでも知らせたいのですが……」
「ふむ、それなら侯爵に頼めばなんとかなるかもしれん。転話の魔道具の使用許可がいただけるよう私からもお願いをしてみよう」
「可能なら是非お願いします」
『転話の魔道具』についてはダンケン氏にもお願いをしてみたのだが、王都ギルドの『転話の魔道具』は送信について国の検閲が入るということで不可能であったのだ。侯爵領でとりあえず生存だけでも知らせることができれば、パーティメンバーも安心はしてくれるだろう。
しかしここまで一気に動いてしまったが、まさか偶然移動した先がメカリナンで、当のメカリナンは内戦間近、しかもその重要人物と早々に深く関わることになってしまうとは。これはおっさんでなくてもついていくのは難しい話ではないだろうか。
馬車がラーガンツ侯爵領の領都に着いたのは日が落ちる間際であった。
領都はやはり城塞都市で、閉門の時間が近いらしく城門は半分閉まっていたが、アースリン氏は顔パスレベルの人物らしく馬車は止まることなく門をくぐりぬけた。
程なくして第二の城壁の前までたどりつく。城門は閉じていたが、アースリン氏が門番に話をするとすぐに開いて中に通された。
城壁の中には庭園が広がり、奥に城と見紛うばかりの侯爵邸がある。とは言っても庭は手入れはされているものの比較的質素な雰囲気で、侯爵邸も壮麗というより質実剛健な館という趣であった。
馬車が邸宅の前で止まると、俺とアースリン氏、そして少年は馬車から降りた。ずっと緊張気味だった他の冒険者たちも安堵の表情を浮かべているように見える。
程なくして侯爵邸の玄関の扉が開いた。現れたのは妙齢の女性が一人と、執事と思われる老年の男性が一人、そして使用人と思われる女性が二人である。
先頭の女性は服装からして上位の貴族と思われた。年齢は20代後半だろうか、栗毛色のロングヘアを後頭部でまとめた、目つきの鋭い美女であった。
「アースリン、ご苦労だった。しかし奴隷狩りを追い払いにいかせたと思うのだが、そちらの方はどのような――」
女性貴族は俺に視線を向けた後、リューシャ少年に気付いて目を見開いた。
「もしやリューシャ様!?」
「ミュエラが戦うという話を聞いていてもたってもいられずに来てしまいました」
リューシャ少年がそう言って気まずそうに笑うと、女性貴族は慌てて膝をつき恭しく礼をした。
「我らが救い出すはずが、まさかリューシャ様みずからお出でになるとは思ってもおりませんでした。どのようにしてこちらへ?」
「自分で城を抜け出したのです。途中で捕まりそうになりましたが、王都の冒険者ギルドのダンケンさん、そしてこちらの冒険者のソウシさん、ほか多くに人の助けを借りてここまで来られました」
「なんと危ないことを。昔からお変わりがないのは喜ばしいことですが、無茶がすぎます。しかしご壮健でなによりです。ようこそ我が領、我が館へ。リューシャ様のご来臨を心より歓迎いたします」
女性貴族が再度礼をすると、リューシャ少年はその肩に手を置き、自らも膝を折って答えた。
「今王都はとても酷い有様です。このままではこの国は近い内にたちゆかなくなるでしょう。この国のためにどうか侯爵の力を貸してください」
「もちろんでございます。リューシャ様がいらっしゃれば天の意を得たも同然。かならずやメカリナンをもとの正しき道へと戻しましょう」
二人はそんなやり取りをしてから立ち上がる。
その後リューシャ少年は執事風男性に連れられて館へと入っていった。
女性貴族は少年の後姿を見送ってから俺の方に向き直った。探るような目つきをされるがこれは仕方ないだろう。
「ソウシ殿とおっしゃるか。私はミュエラ・ラーガンツ。メカリナン国にて侯爵位を賜っている者だ。とりあえず今日のところは我が家にてゆっくりと過ごされるがよい」
「ソウシと申します。Bランクの冒険者にございます。侯爵閣下のご厚情に感謝いたします」
俺が頭を下げると、ラーガンツ侯爵は少し驚いたように「ほう」と口にした。
いやしかし、国王に反旗を翻そうという侯爵が若い女性とはさすがに思わなかったな。
オーズ国から驚くことが洪水のごとく押し寄せてくるのだが、そろそろ打ち止めにして欲しいものだ。
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