14章 魔の巣窟 07
街道をしばらく歩くこと30分ほど。
「リューシャ様、苦しくありませんか?」
俺は周囲に誰もいないことを確認して、背中の袋に声をかけた。
「大丈夫です。それと様はやめたほうがいいと思います。リューシャと呼び捨てで、話し方も普通でお願いします」
確かに俺の言葉遣いでリューシャ少年がやんごとなき人だとバレるのはマズいか。
「分かった、侯爵領に着くまでは普通に話す。あと少し歩いたらいったん休憩をとるから、それまで我慢していてくれ」
「わかりました。むしろ楽なくらいですので気にしなくていいですよ」
それを聞いて俺は少し歩く速度を速めた。
今歩いているのは『異界の穴』から出てきた後に歩いた街道である。この街道を来たのと逆方向に行けば侯爵領に至るらしい。
侯爵領までは歩いて3日だそうだが、俺の足なら2日で着くだろう。街道そのものは封鎖をしたりはしていないようなのだが、それでも誰に見とがめられるかは分からない。『気配察知』を全開にしつつ、時折出会う人間にも注意を払いながらひたすらに街道を早足で歩いていった。
さらに30分ほど歩いたところで、街道から離れた場所の木陰に
袋を開くと、中で膝を抱えていたリューシャ少年は立ち上がって伸びをした。
改めて陽の光のもとで見ると、輝くほどの銀髪をもった紅顔の美少年である。背は平均よりは低いだろうか、一見すると少女に見えなくもない。
「ふう、じっとしているだけなのも意外と疲れますね。でも城門のところではヒヤッとしました。ソウシさんは落ち着いて対応されていたようで、すごいと思いました」
「実はかなり焦っていたんだけどな。兵士たちもやる気がなかったようだ」
「そうですね。兵士たちの待遇もかなり悪いようですから皆やる気を失っているのだと思います」
「あんな政治をしていたら遅かれ早かれ王都は大変なことになると思うんだけどな。もとから今の状態なわけではないんだろう?」
「ええもちろんです。先代の王の時はまるでちがって街も栄えていましたよ。2年前に王が変わってからですね、今のようになったのは」
「2年であそこまでになるのは相当だな。おっとそうだ、水は飲むか?」
「少しいただきたいです」
俺は『アイテムボックス』から水筒をコップを出して、少年に水を渡す。少年はそれを飲むとふうと息を吐きだした。
「今のが『アイテムボックス』ですね。初めて見ますが、冒険者というのはやはりすごいんですね」
「自分としてもよくわからないで手に入れた力だけどな。便利は便利だ、なんでも入れられるしな」
「ソウシさんはどのくらい強いんですか? Bランクというお話でしたが」
「自分でもよく分からないがかなり強いらしい。大抵のモンスターなら倒せるから心配はいらないぞ」
「ダンケンさんも強いって言ってたくらいですから本当なんでしょうね」
心配させないためにちょっと誇張をしたのだが、少年の顔が緩んだので効果はあったようだ。
その後10分ほど休憩をして、少年には再び袋の中に入ってもらった。
「苦しくなったら言ってくれ。さっきより早足で歩く」
「分かりました。よろしくお願いします」
俺は街道に戻り、南に向かって歩き始めた。
その日は日が落ち切る寸前まで歩き通し、街道から外れた林の中で一泊することにした。
ちなみに昼飯も夕飯も『アイテムボックス』の中のものを食べたのだが、リューシャ少年もロクなものを食べていなかったらしく、「美味しいです」と何度も言っていた。
夜はリューシャ少年だけを寝袋で寝かせ俺は寝ずの番をした。
翌日も早朝からひたすら歩き詰めだ。
王都から侯爵領までは基本的になだらかな平地が続いていて、歩くのにはまったく難儀はない。この後もし内戦が始まったとして軍隊の行軍も楽だろう。それだけ戦がしやすいという話にもなるが。
昼前ごろ、街道の造りが微妙に変化していることに気付いた。敷き詰められている石の材質が変わったようだ。石材の切り出し元が変わったということだろうが、それは侯爵領に入ったということを意味していた。
「どうやら侯爵領に入ったようだ。だがまだしばらくは我慢してくれ」
「分かりました。大丈夫です」
とリューシャ少年に確認をしていると、遠くから俺の耳に金属がぶつかり合うような音が聞こえてきた。断続的に響いてくるところからすると剣戟の音のようにも思える。もしかしたら誰かが戦っているのだろうか。
少し進むと『気配感知』に反応があった。街道の外れて15人前後の人間が入り乱れているようだ。目を向けると4輪の幌馬車が泊まっていて、周囲では冒険者らしき人間が5人、倍の数の黒装束の人間と戦っていた。冒険者側はほかに1人倒れている者がいるがまだ息はありそうだ。黒装束の方も2人倒れているがこちらは生死不明である。
「リューシャ、誰かが戦っているようだ。片方は黒い服を着ている連中なんだが分かるか?」
「いえ、聞いたことはありません。どうしますか?」
「それなら賊かもしれないな。片方は冒険者のようだから、できればそっちを助けたい」
「ではそうしてください。僕は下りた方がいいですか?」
「いや、大丈夫だろう」
そう言って俺が走っていくと、それに気付いた黒装束の2人が俺にも襲い掛かってきた。
どっちが悪者かは正確には分からなかったのだが、襲い掛かってきたからには黒装束はやはり賊だろう。動きからして『覚醒者』のようだし冒険者くずれということか。
俺は黒装束たちが振るう刃を腕で払いつつ、一撃ずつ拳を叩きこんで吹き飛ばす。当たり所がよければ生きているだろうが、そこまでは知ったことではない。
さらに2人が飛び掛かってくるが同じ運命をたどる。もはやBランクですら相手にならない俺である。賊に落ちた冒険者くずれなど物の数ではなかった。
俺が来たことで形勢が逆転したのか、戦っていた冒険者たちもそれぞれ黒装束を斬り捨てていた。
俺はそのまま待っていると、冒険者のリーダーらしき壮年の男が近づいてきた。
「すまない、加勢感謝する。貴殿は冒険者だろうか?」
「ソウシと言います。Bランクの冒険者です。たまたま騒ぎを見かけて駆けつけました」
「そうか、助かった。こいつらは奴隷狩りでな。思ったより数が多くて少し危ないところだったのだ」
「その声はもしかしてアースリンさんですか?」
背嚢の中から声を上げたのはもちろんリューシャ少年だ。
アースリンと言われた冒険者のリーダーが、その声を聞いて目を見開いた。
「もしやリューシャ様ですか!? 今どちらからお話に?」
俺は背嚢をおろし、蓋を開いてリューシャ少年を出してやる。
少年は立ち上がるとアースリン氏の前に出て軽く礼をした。
「お久しぶりです。首都のギルドのダンケンさんと、こちらのソウシさんのお力でなんとかここまで来られました。すぐにラーガンツ侯爵のところまで連れていってください。よろしくお願いします」
「はっ!」
少年の前で、アースリン氏はじめ5人の冒険者たちは一斉に膝を折って頭を垂れた。
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