14章 魔の巣窟 06
ダンケン氏に案内されたのはギルドの地下倉庫だった。
階段を下りていくと大きな部屋があり、いくつもの木箱が山のように積み上げられている。
ダンケン氏がその木箱のいくつかを動かすと、箱に囲まれた小さな空間が現れた。そこはちょっとした部屋になっているようで、簡易のベッドと机椅子がおいてある。
その部屋には少年が1人立っていた。銀の髪を短く切りそろえた、育ちの良さそうな顔をした大変な美少年である。年齢は15歳前後、服装は庶民のものを着ているが、佇まいからして間違いなく上流階級の出身と見えた。状況からしても明らかに『訳あり』な人物である。
「リューシャ様、すみませんね。どうやらようやく頼めそうな冒険者が見つかりまして」
ダンケン氏が話しかけると、少年はコクンと頷いた。
「侯爵のところまで連れて行ってくれる人ということですか?」
「そうなります。今冒険者ギルドでもトップクラスに信用のある男なんで、必ずリューシャ様を侯爵のところまで連れて行ってくれるでしょう」
「それなら本当に助かりますが……初めまして、リューシャと申します」
少年が俺を見て一礼する。その所作もかなり流麗で、やはりただ者ではない雰囲気が感じられる。
「ソウシと申します。ギルドマスターの依頼で貴方を侯爵閣下のところまでお連れします。かなり大変な移動になると思いますが、道中お任せください」
「分かりました。僕はなんとしてでも侯爵のところに行かないとなりません。どうかよろしくお願いします」
少年が再度礼をすると、ダンケン氏は俺に向き直った。
「さて、じゃあソウシ、決行はいつにする? 侯爵のところまでは最低3日はかかる。食い物の準備とかも必要だろ。といってもこの街には食い物なんてほとんどないけどな」
「その手の準備はつねに『アイテムボックス』に入ってますのでいつでもいけますよ。早い方がいいなら今からでも大丈夫ですが」
「本当か? なら早い方がいいな。リューシャ様はいかがでしょうか?」
「はい、僕なら大丈夫です」
「ならすぐに出発ってことにしましょう。今日の伯爵の様子だと戦も近いみたいなんで」
そう言うと、ダンケン氏は倉庫の棚から頑丈そうな、人が一人入れるくらいの背嚢を取り出してきた。
ギルドを出た俺は、大きな背嚢を背負って通りを城門に向かって歩いていた。
背嚢にはさきほど会ったばかりのリューシャ少年が丸まって入っている。彼の体つきが華奢で軽く、俺にとっては羽毛を背負っているのと同じで、それ自体は問題ない。
さて今回の依頼だが、さきほども口にした通り、リューシャ少年を南の侯爵閣下の元に届けるというものだった。問題なのは少年が国に追われている『訳あり』で、見つかったら少年も俺もただではすまないということである。
さらに運び先が南の侯爵閣下というのもなかなかにキナ臭い。侯爵は現国王の政策には従わぬ立場を取っており、これから王家との間で内戦が勃発するという話なのだ。
その上リューシャ少年は、その内戦において重要な役割を持っているらしい。そう聞くと彼がどんな人間なのかなんとなく分かってしまう気もするのだが、さすがにそこは確認するだけ野暮というものだろう。
肝心の報酬は侯爵閣下からもらえるとのことで、内戦の結果いかんでは相当なものがもらえるようだ。しかし正直割にあうかと言われると大いに心もとない。それ以前に一冒険者が受けていい依頼なのかどうか疑わしいレベルである。もちろん俺としても受ける義理も義務もない依頼だが、理由はなくもなかった。
一つは、侯爵が現体制を打破してくれれば冒険者が国外に自由に出られるようになるということだ。円満にオーズに行きたい俺にとってはこれは大きな話である。
もう一つは、この国をそのままにしておくのもためらわれたということだ。都の様子を見てもこの国が相当良くない状態にあるのは明らかであるし、放っておけばオーズとの戦いも始めるだろう。エルフや獣人族への奴隷狩りも活発化するに違いない。そういったことを見て見ぬふりして、しかも国境破りをしてこの国を去るのもどうにも落ち着かない気がしたのだ。
まあ実のところ『悪運』スキルの存在を強烈に感じるので、逃れられない話なのだろうという諦めもなくはないが……。
ともあれそんなわけで俺は依頼を了承し、今城門のほうにむかっているわけだ。
ちなみにかなりグレーな仕事だが、ダンケン氏によると、
「これはあくまでギルドの正式な依頼だからな、もし犯罪だと判定されてもその罪はギルマスの俺につく。まあそれ以前に犯罪判定にはならんよ。同じような話は昔にもあって、それは証明されてる」
ということであった。
城門までは特になにもない。ただ荷物を背負った冒険者が歩いているだけである。
問題は城門を出る時だ。リューシャ少年は指名手配されていて、彼の王都脱出に関しては常に警戒はされているそうだ。もちろん少し前には兵士が総出で町中を家探ししていたらしい。今は収穫なしとして一段落したようだが、人が出る時の城門のチェックは厳しいままだとか。
「そこの冒険者、その袋には何が入っている」
俺が城門をくぐろうとすると当然のように呼び止められた。痩せた兵士が3人近づいてくる。
「ああどうも、この中には私の武器が入ってるんです。むき出しだと市民を驚かせてしまうので袋にいれてるんですよ」
「武器? そんなデカい武器があるか。見せてみろ」
「わかりました」
俺は背嚢を下ろした。袋を開けると同時に『アイテムボックス』を袋の中に発動、その中からメイスを取り出して兵士に見せる。
俺が持ち上げた異様なメイスに兵士3人は目を剥いた。
「なんだこれは、こんなものを振り回せるのか?」
「ええ、ちょっと離れてください」
俺がブンブンと振り回すと、兵士たちは腰を抜かさんばかりに驚く。Aランクでも振り回せないようなメイスである。一般人が見たらそんな反応になるだろう。
「しまっていいでしょうかね」
「あ、ああ。分かった。そんなものむき出して持ち歩かれたら迷惑だな。さっさとしまってくれ」
「すいませんね」
俺はメイスを袋にしまうふりをして『アイテムボックス』にしまった。
メイスを出し入れしても袋の形が変化していないのを指摘されたらアウトだったのだが、思ったとおりメイスそのものに気を取られて誰もそれに気付かない。
「これからダンジョンに泊りで潜りますので、これで」
「できれば食い物を取って来てくれ。と言ってもどうせ貴族様が食っちまうけどな」
兵士はそう愚痴って持ち場に戻っていった。警備は一見厳しそうだが、どうも兵士のやる気はかなり低いようだ。これについてはダンケン氏も太鼓判を押していたところで、そうでなくてはこんな雑な脱出劇をやろうとは思わなかっただろう。
俺は背嚢を背負い直して、そのまま城門の外へと歩いていった。
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