14章 魔の巣窟  11

 ダンジョンから引き上げ侯爵邸に戻る。


 夕食は侯爵やリューシャ少年と同席になった。侯爵が俺に話があるとのことで、侯爵はディナーミーティングをしなければならないほど忙しいようだ。内戦前なら仕方ないのだろう。


「今日は一日でCクラスのダンジョンを踏破したか。『クラーケン』も一人で倒したというのだな?」


 俺の話を聞いて、ポニーテール美女のラーガンツ侯爵は呆れ顔をする。


「はい。相手が物理属性であればAクラスダンジョンのボスでも勝てるようですので」


「ソウシ殿はまだBランクなのだろう? Aクラスダンジョンに潜ったことがあるというのか?」


「潜ったのはクラスレスダンジョンでしたが、Aクラス相当と言われました」


「クラスレス……ヴァーミリアン国の『王家の礎』だな」


「ご賢察です。5階層まででしたがボスも倒しました」


「『王家の礎』に入れるということは、ソウシ殿はヴァーミリアン国でも高く評価されているということだな。やはり『黄昏の眷族』を討伐したからか?」


「そのようです。私の力を見たいという理由もあったようですね」


「ソウシさんは『黄昏の眷族』の他になにか大きなモンスターを討伐したことはあるのですか?」


 そう聞いてきたのはリューシャ少年だ。彼は冒険者の活動に興味があるらしい。


「ダンジョンで『ダークフレアドラゴン』を倒しました。一応『ドラゴンスレイヤー』の称号もいただいています」


「それは1人で?」


「いえ、さすがにパーティで倒しました。ただ『黄昏の眷族』の方は1人で倒しました。相手が人質を取ってきて1対1での戦いを強要してきたので」


「1人で『黄昏の眷族』を……。ソウシさんはどれほどお強いのだろう。ミュエラは分かる?」


 「ミュエラ」は侯爵のファーストネームだ。リューシャ少年にとっては姉のような存在だとか。


「私も『黄昏の眷族』はまみえたことがないので分かりません。ただ冒険者の間では、眷族一人に対してAランクパーティ複数で当たるのが普通と言われています」


「それならソウシ様はAランク以上ってこと?」


「そうなります。であればクラーケンなど赤子の手をひねるようなものでしょう」


 そう言って侯爵は俺の顔をまじまじと見た。


「ところでソウシ殿、やはりその力を我々に貸してはくれぬのか?」


「それに関してなのですが、昨日今日とダンジョンに潜ってみて決心がつきました。この度の戦に私も参加させていただきたく思います」


 そう答えると、侯爵は満足げな顔で頷いた。


「うむ、それは大変ありがたい。これで戦についても勝ち筋が強くなってきたな」


「戦場でどの程度働けるかは分かりませんが、ご期待に沿えるよう尽くします。心を決めるのにお時間をいただき申し訳ありませんでした」


「なんの。国外から来られたソウシ殿にしてみれば、我らの正義を信ぜよと言われてもすぐに信じるというのも無理な話であったろう。私も元は王にあらがっていくさなどするつもりはなかったのだ。いかに前王をしいしたなどという噂があってもな。しかし領民から奴隷を5000人出せと言われては、従うことなどできるはずもなかった」


「そのような無茶を言われたのですか」


 なるほど、今回の戦にはそんなきっかけがあったのか。さすがにそれは領主としては従えない話だろう。倫理的な話もあるが、そもそも領民を理由なく奴隷に落とすなど、領主としての政治生命を短くするだけの愚行である。


 しかし「前王を弑した」というのもやはりとしか言いようがない。「噂」と言ってはいるが、侯爵レベルの言う「噂」というのは恐らく「真実」の二つ名であろうし。


「ふうむ、しかしそうだな……ソウシ殿、もし戦場に立つのに多少抵抗があるというなら、まずはリューシャ様の護衛をしてもらうということもできるがどうであろうか」


「リューシャ様の護衛ですか? そのような大役を私に?」


「貴殿とはまだ会って数日だが、信に足る人間ということは分かる。先程の話を聞けば実力もこのメカリナン国内では敵なしだろう。護衛としてこれ以上の適任はおるまい」


 なるほどそういう話もあるのか。確かにいきなり先頭で戦うよりはマシかもしれない。しかし……


「侯爵閣下、失礼ですがこの度の戦、勝てる見込みはどれほどなのでしょう?」


「答えづらいことを聞くものだな。防衛戦であれば恐らく勝てるであろう。国王陛下の軍は相当に士気が低いと聞くからな。ただドゥラック将軍が出てくると少々厄介だが」


「有名な将軍がいらっしゃるのですね。しかし防衛戦で勝てたとして、問題はその先ではありませんか?」


「いかにも。結局はこちらから攻め上って王都を落とさねばならん。無論他の貴族とも協力はするが、さすがに王都を落とすのには相当な労力がいるだろう」


「お答えいただきありがとうございます。しかしそうであれば、護衛というのはやはり不適当な感じがいたします。私ができるのはせいぜい向かってくるモンスターを叩き潰すことだけ。あとは王都の城壁を崩すことぐらいでしょうか。そこで力を振るわないと意味がありません」


「貴殿は戦に尻ごみをしていたわりに面白いことを言うのだな。戦に出るからには自ら矢面に立たせろと言うのか」


「自分でもおかしいとは思うのですが、それが適材適所というものかと」


「ふふっ、まあその通りではあるな。さてそうすると、知りたいのは貴殿がどの程度戦えるかだ。此度の戦いで問題になるのは国王軍が召喚するだろう多数のアンデッドだ。冒険者でなければ対応できぬ上に数が多い。貴殿はそれをなんとかできるか?」


「例えばマゼロが使うゴーレム程度のモンスターであれば百いても問題ありません。それ以下のアンデッドであればどれほどいても私一人で駆逐できるでしょう」


「ふははっ、そこまで言うか。それがまことなら王家の騎士でもまるで及ばぬだろうな。だがいいのか? この国に縁もゆかりもない貴殿に兵の先頭に立ってもらうことになるぞ?」


「ええ、心を決めたからにはどのような戦いでもいたします」


「なんとも頼もしいな。あい分かった、戦に際しては貴殿には先陣を切ってもらうとしよう。無論この戦いに勝ってリューシャ様が王位についたあかつきには相応の褒賞を贈ることになるだろう。リューシャ様、よろしいでしょうか?」


「うん、もちろんそれで構わない……いや、ラーガンツ侯爵、そのように取り計らえ」


 リューシャ少年は途中から王族の顔になって言葉を変えた。15の年齢でこのようなやりとりをする世界があるということに、今さらながらに驚かされるばかりである。しかしまあ、そんな世界に生きる少年の手助けができるなら、戦に参加する意味も増すというものだろう。

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