13章 オーズへ  17

 その日は宿で全員泥のように眠った。


 翌日もトレーニングだけしてあとは一日ぼんやりとして過ごすことにしたのだが、マリアネとシズナに関してはそうもいかず、それぞれギルドと『精霊大社』へと出ていった。


 彼女たちは任務と立場があるから仕方ないのだろう。大巫女様も神官たちも不眠不休に近い状態で働いていたはずである。


 それを考えると冒険者はまだ気楽な稼業、ということもないな。命がけでモンスターと戦っているわけであるし。


 などと考えながら久々に午後まで畳の上でゴロゴロしていたが、どうも気持ちが落ち着かない。


 俺の心をしきりにつつくのはあの『悪魔』の件である。


 噂ではすでにあちこちで出現し始めているようだし、今回のガルオーズのように大きな被害が出ている町もあるという話であった。


 実は一瞬だけメカリナンとの関係も疑ったのだが、もしメカリナンがあんなものを召喚できるならマゼロなどを使う必要もないだろう。そもそも戦った感触として、あれを人間が使役できるとは到底思えない。完全に別の件として扱うべきだといったん結論づけた。


 ではどうするのか……といっても、一冒険者としてできる事などたかが知れている。だがまあ冒険者としては可能な限りなにかすべきだろうとは思う。あんなものが地上を闊歩かっぽするようになったら、それこそ人間そのものが地上から駆逐されかねない。


「……ギルドでも行って情報がないかどうか見てくるか」


 結局そんな言葉が口をついて出る。どうやらこっちの世界でもすっかりブラック体質になってしまったようだな。


「ちょっとギルドに顔を出してくる。ランクアップの知らせもあるかもしれないしな」


 俺がそう言うと、結局フレイニルもラーニもスフェーニアもついてくることになった。どうやら全員ブラック体質になりつつあるようだ。これはリーダーとしては考えないといけない案件かもしれない。


 ギルドは平常運転に戻ったようで、特に慌ただしい雰囲気はなかった。ただ『フレッシュゴーレム』と『悪魔』が立て続けに現れたことで、各パーティ間でその話題について色々と噂話などをしているようだ。


 カウンターにいたマリアネが、俺たちを見て「いいところに」と声をかけてきた。


「今回の働きによって、フレイとラーニとスフェーニア3人のBランク昇格が決まりました」


「それはよかったな。3人ともおめでとう」


「ありがとうございます。すべてソウシさまのおかげです」


「なんかあっさりなっちゃった感じがするわね」


「Bランクに……長かった気がしますが、『ソールの導き』に入ってからはあっという間だった気もします」


 フレイニルとラーニはいつもの感じだが、スフェーニアはかなり感じ入っているようだ。Cランクになってからが長かったようだからこれは当然なのだろう。


 むしろフレイニルとラーニの反応の方が一般的にはおかしいと言われそうだ。ただ『ソールの導き』自体があまりに特殊だから、それはそれで仕方ないのかもしれない。


「ところでマリアネは上がらなかったのか?」


「おかげさまで私もBランクに上がることになりました。合わせて特級職員になりましたので、さらにソウシさんたちをサポートできるようになります」


「ああ、それならよかったが……特級職員というのは?」


「グランドマスター直属の職員です。肩書としては支部長に並ぶ階級ですね。冒険者やギルド職員に対して今まで以上に強い監察を行う権限を持ちます」


「それはもしかしてかなり煙たがられる肩書なんじゃないか?」


「そうですね。ただ私はあくまで『ソールの導き』の専属職員なのでそこまで色々と手を出すつもりはありません。では皆さん冒険者カードを預かります」


 マリアネはそう言って、フレイニルたちから冒険者カードを受け取って奥へと処理に向かった。


 その後姿を見送りながらラーニが尻尾をピクピクさせる。


「あ~、昇格したらなんか早くダンジョンに入りたくなっちゃった。ソウシ、明日は行くんでしょ?」


「そのつもりなんだが、その前にシズナが動けるかどうかだな。次のCクラスは15階層だから一泊は最低必要だしな」


「じゃあ今日シズナが戻ってきてからだね。でも宝箱チャンスが2回かぁ。いいのが出るといいね」


「ラーニはともかく、フレイもスフェーニアもランクが上がったからそろそろ武器も物足りなくなってるだろうしな。防具も買い替え時か?」


「ソウシさま、前に手に入れたドラゴンの鱗を使ってなにか作ってもらうというのは?」


 フレイニルに言われて思い出した。『ダークフレアドラゴン』の鱗をとっといてあったのだ。Bランクパーティになった今ならドラゴン装備を身につけていてもやっかまれることはないだろうし、確かにいいタイミングかもしれない。


 俺が「いい考えだ」と答えると、スフェーニアが反応した。


「上位ドラゴンの素材を扱える職人は限られています。このガルオーズにもいるでしょうが、エルフの奥里アードルフにも知り合いがいます」


「エルフの奥里というのは俺たちでも入れるのか?」


「入るにはある程度条件がありますが、皆さんなら問題ありません」


「ふむ……」


 エルフの里マルロには行ったが、『奥里』というのはそれとは違う感じの場所なのだろう。行けるならもちろん行ってみたいという思いはある。


「そう言えばエルフやハイエルフというのは長命なんだろう? 歴史とかにも詳しいのか?」


「ええ、歴史を紡ぐことを趣味としている者もおりますし、『聖樹のうろ』……こちらでいう行政府にあたるところでは、どこよりも長く歴史を記録している部署もありますので」


「歴史家などに話を聞くこともできるのか?」


「ええ、ご希望であればもちろん。なにか知りたいことがおありですか?」


「ああ、『悪魔』について少し調べた方がいいかなと思ってね。フレイの話だと教会では事実という扱いをしているみたいだしな」


「今後も戦う可能性があるなら『悪魔』のことを知っておいた方がいいということですね。確かにアードルフになら人族には残っていない情報もあるかもしれません」


「ならオーズでの用事が終わったら、アードルフに行くのもいいかもしれないな」


「ソウシさま、私も行ってみたいです。なかなか行くことができない所だと聞いていますし」


「私も賛成っ。珍しいダンジョンもありそうだしね」


 フレイニルとラーニも乗り気なので行くことはほぼ決定の感じだな。


「アードルフへはどう行くんだ?」


「エウロンから前に通ったルートでマルロに行き、そこからさらに東に向かう形になります」


「よさそうだな。次の目的地として考えておこう」


 そんな感じでゆるく次の旅先が決まったところでマリアネが戻ってきた。


 冒険者カードを3人に返してから俺に視線を向ける。


「ソウシさん、実はグランドマスターから直接の依頼があるのですが」


「それは大きな話だが……どんな依頼なんだ?」


「今回ガルオーズを襲った『悪魔』は西の山から下りてきたようなのですが、その足跡をたどって彼らがどこから来たのか調査してほしいという依頼です」


「それは必要な調査だとは思うが、国の方でやるんじゃないのか? 山への立ち入りも制限されているだろう」


「『ソールの導き』には巫女のシズナがいますから、国からの依頼という形にして許可がでるかもしれません。大巫女様に相談してみたらどうでしょうか?」


「なるほど、シズナがいれば国が調査したという体も保てるわけか。俺としても気になるところだし大巫女様に掛け合ってみるか」


 面倒と言えば面倒な話ではあるが、今の俺の気分にはマッチした依頼ではある。『悪魔』の調査はどう考えても必要に思えるし、グランドマスターと国、両方の依頼となればパーティの実績としても大きいものになるだろう。


 調査ということならば動き出しは早い方がいい。時間が経つほどに『悪魔』の痕跡は消えてしまうからだ。


 俺はフレイニルたち3人に依頼を受ける旨了承を取り、そのまま『精霊大社』へと足を向けた。

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