13章 オーズへ 15
新たに出現した強力な『悪魔』に対応する旨を大巫女様に伝え、俺たちは『精霊大社』を出て街中を南西へと向かった。
『悪魔』たちは首都の南西にある山から突如出現したようだ。件の強力な個体も山から下りてきて、首都外縁の防衛線を突破して真っすぐこちらへ向かっているらしい。
今俺たちはシズナを先頭にして街中を走っている。件の個体は多数の小型『悪魔』を引きつれているとのことで、その対応のためにカルマ率いる『酔虎』にも同行を頼んだ。
「ソウシ様、とてもいやな、そして強い気配を感じます。この間の『悪魔』の倍くらい強い気配です。その気配は1つですが、周囲に20以上の小さな反応もあります」
俺の隣を走るフレイニルが言う。
「情報の通りだな。こっちに近づいているか?」
「はい、すごい速度です。私たちが乗っていた馬車くらいの速さです」
「それは結構な速度だな」
時速50キロはモンスターのスピードとしてはかなりのものだ。しかもその『悪魔』が大型のものなら脅威度は跳ね上がる。そんなものが街中を暴走するだけで恐ろしい被害がでるだろう。
「ソウシ殿、向こうで煙があがっておるようじゃ」
先行するシズナが指をさす先に、確かに煙が上がっている。いや、煙だけでなく、板や屋根瓦など、さまざまなものが飛び散っているようだ。建物を破壊しながら『悪魔』が暴走しているのだろう。
「このままだと正面から衝突するのう」
「それでいい。俺が全力で受け止める。皆は周りの小型のものを頼む。小型といっても相当強力なモンスターだろうから注意してくれ。フレイニルは『後光』を。俺が戦っている間はスフェーニアが指示をしてくれ」
「お任せください。『後光』を使ったあとは『結界』で防壁も築きますね」
「フレイとスフェーニアとシズナを守るように立ち回るから、ソウシはデカいのに集中してねっ」
「了解しました。後の指示はお任せください。ソウシさんは大物に集中を」
「この速度でついてくるということは、小型のものは飛行型の可能性もありますね。注意しましょう」
フレイニルとラーニ、そしてスフェーニアとマリアネが答える。さすがに各自役割がよく分かっている。
「カルマさんたちも小型のモンスターの対応をお願いします」
「デカいのは一人で大丈夫なのかい?」
「相手にもよりますが物理属性なら問題ありません」
「まあ昨日の戦いを見れば愚問だったかねえ。期待させてもらうよ」
ニヤッと笑う虎獣人の美女に、俺は頷いてみせる。
少し広い通りに出た。
300メートルほど先に、こちらに向かって爆走してくるピンク色の物体が見えた。大きさは大型のトレーラーくらいだろうか。
「なんだいあれは!?」
カルマが大声を上げるほど、その姿は奇怪だった。
本体は20体ほどの巨大な人間の身体を、ぎゅっと握り潰して円筒形にまとめたような形をしている。その本体の下半分からは無数の人間の足が生えていて、それが地を蹴って走っているのだ。
円筒の先端には巨大な人の頭部が一つ、無表情に正面を睨んでいる。その顔だけが妙に黒光りしていて、いかにも硬そうな雰囲気だ。
周囲に20体ほど浮かんでいるのは全長2メートルほどのモンスターだ。人間の身体に頭が二つ、手足の代わりに蝙蝠の羽のようなものが4枚ついている意味不明の形状をしている。
「口から魔法を放ってくる可能性が高い。注意してくれ!」
前回の戦いを思い出して注意を与えつつ、俺は一人前に出る。『不動不倒の城壁』を構え、両足を地面にしっかりと固定。
「全員俺から離れろ。攻撃は俺がスキルで引き付ける!」
『誘引』スキルを発動すると暴走巨大悪魔の顔が俺を見据え、速度を上げて突撃してきた。周囲の小型悪魔も俺の方に向かってくる動きを見せる。
「『後光』行きます!」
フレイニルが離れたところで『神属性』魔法を発動。周囲が一瞬光に包まれ小型悪魔の動きが鈍る。大型悪魔も瞬間減速したように見えたが、すぐにトップスピードに回復したようだ。
「ソウシさま、大型のものにはあまり効いていません!」
「大丈夫だ」
大型悪魔はすでに目の前に迫っていた。
俺は『安定』『不動』『金剛体』『金剛力』『鋼幹』、すべての身体強化系スキルを全身にみなぎらせ、暴走する異形のトレーラーと対峙する。
「おおおッ!!」
衝突の瞬間、俺は咆哮とともに、身体ごとオリハルコンの盾を押し出した。
メギィッ!!
金属とも木材とも、ましてや生身の何かとも衝突したと思えないような音だった。
今までに感じたことのない、五体がバラバラになるようなほどの凄まじい衝撃。
その破壊的な力を受けて、しかし俺の身体は1センチも後ろに下がることはなかった。
だが異形の巨体に残るエネルギーは、それでも膨大な質量を前方へと押し出そうとする。
結果として起こるのは、大型悪魔の頭部が、己の巨体とオリハルコンの盾に挟まれて潰れるという明快な現象。
粘度の高い液体と肉と外皮をぶちまけて、潰れた頭部を中心に宙を半回転する異形のトレーラー。
地響きとともに背中から落ちたその大型悪魔は、それでも無数の足で宙を掻いていた。
俺は振り返って、不気味な巨体を片っ端からメイスで粉砕していく。
半分ほどを削ってやると動きが止まり、暴走悪魔は黒い粒子になって消滅し始めた。
「あの巨体を受け止めるってやっぱりとんでもない男だねぇっ! 後のザコは任せなっ!」
カルマが叫びながら大剣を振る。その剣先から半月形の光が走って宙を舞う小型悪魔を両断した。
ラーニも『跳躍』と『空間蹴り』を使って空中の小型悪魔を斬り捨てている。
小型悪魔は口から石の槍を吐いているが、フレイニルが張った『結界』に阻まれているようだ。
フレイニルとスフェーニア、そしてシズナは、『結界』の影から魔法を放ち、一体づつ確実に仕留めていっている。
回り込もうとしてくる小型悪魔は、マリアネが鏢で『行動停止』を付与したあとに、『跳躍』で斬りつけて叩き落としている。
俺は『誘引』で攻撃を引き付けることに集中した。『悪魔』が吐いてくる石の槍は、『不動不倒の城壁』の前ではただ表面で砕け散るだけである。程なくして『悪魔』の一隊は全滅した。
「ソウシさま、お怪我はありませんか?」
フレイニルを先頭にして『ソールの導き』のメンバーが集まってくる。
「問題ない。皆は大丈夫か?」
「私はちょっと食らっちゃったけど大丈夫」
「やはりフレイの『結界』が防壁として強力ですね。後衛は大丈夫です」
ラーニとスフェーニアが答え、シズナが「そうじゃのう」と頷く。
マリアネが通りに落ちている大きな魔石を拾い上げて歩いてくる。大玉スイカほどの、極彩色の禍々しい魔石である。
「先ほどの大型の『悪魔』は今までの報告にないタイプでしたね。ソウシさんがいなければ街に甚大な被害が出ていたでしょう」
「あれを止めるのは大変だろうな。俺にはこの盾があったからなんとかなったが……」
「いやいや、その盾を使えるソウシさんがそもそもおかしいからね。そこを忘れちゃだめさねえ」
カルマが大剣を肩に担いでやってくる。ちょっと苦笑い気味なのは俺の言葉がおかしかったからか。
「しかしあれが噂になってる『悪魔』なんだねえ。あんな気味の悪い奴が現れ始めてるってのはゾッとする話さね」
「そうですね。高ランクでないと討伐も難しいようですから」
「見た目より硬くて驚いたよ。Bランク以上じゃないとちょっと手こずるかもね。最近になって領主がしきりに高ランク冒険者を取り立て始めた理由が分かったよ」
「そんな影響が出ているんですか? それはまた面倒な……」
言われてみれば、こんなモンスターが街を襲うようになったら各地の領主は大変だろう。耳聡い貴族が高ランク冒険者のスカウトを始めるのはむしろ当然なのかもしれない。
『ソールの導き』は一応国王陛下の後ろ盾があるからそうそう声はかけられないだろうが、冒険者界隈には少なくない影響があるに違いない。冒険者として生きていければいいだけの俺にとっては面倒な時代になりそうだ。
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