13章 オーズへ  13

 賊のうち、はじめに襲い掛かってきた2人についてはすでに絶命していた。


 地面に叩きつけた御者とマゼロはがっちりと縛り付け、乗ってきた荷台に乗せることにする。


「ソウシさま、荷台に誰かが寝かされています。女性……女の子のようです」


 先行して荷台を調べにいったフレイニルがそんなことを言う。荷台を覗き込むと、確かに黒い布にくるまれた女の子が横向きに寝かされていた。歳のころはフレイニルより下、11~12歳だろうか。振り分け髪の額から1本の角が出ているのでオーズ国の人間だろう。しかもその可愛らしい横顔には強烈な既視感がある。


「シズナ、この娘を見てくれ」


「なんぞ……これはセイナではないかえ!?」


 女の子の顔を覗き込んで、シズナが大きな声を上げた。荷台に上がり込んで女の子……妹のセイナの身体をゆする。


「セイナ、セイナ、起きるのじゃ」


「どうやら薬で眠らされているみたいですね。このままではしばらくは目を覚まさないでしょう」


 スフェーニアが言うようにセイナはいっこうに目を覚まさない。薬が切れるまで眠らせておいてもいいだろうが、事情は早く聞いたほうがいいかもしれない。


「フレイ、解毒できないか?」


「やってみます。『解毒』」


 フレイニルが『命属性魔法』の一つ『解毒』を発動する。体内の毒を消す魔法だが、果たして睡眠薬に効くか、と思っていると、セイナが「ううん……」と声を出した。


「セイナ、起きるのじゃ。セイナ」


「ん……うん……姉上……さま? シズナ姉様……どうしてここに?」


 セイナが目をこすりながら身体を起こした。まだ眠そうな目で周りを見て、そしてハッと気づいたようにシズナに向き直った。


「ここはどこでございますか? わたくしはお布団で寝ていたはずなのですが」


「覚えておらぬのか? セイナは恐らく賊にさらわれたのじゃ。ここは東の国境の近くじゃぞ」


「ええっ!? そんな……。では母上様は?」


「セイナが知らぬのでは我らも分からぬ。我らはここにモンスターを退治に来ておったのじゃ。一晩過ごしてから都に帰ろうとしておったのじゃが、まさかセイナがさらわれてここを通りかかるとはのう」


「そのようなことが……。姉上様に助けていただかなければ大変なことになっていたのでございますね」


「セイナを助けたのはそこのソウシ殿じゃ。ソウシ殿が賊を退治してセイナを救ってくれたのじゃ」


 シズナが俺のほうを手で示すと、セイナは身体ごと向き直り、深々と頭を下げた。


「この度はわたくしを助けていただき、まことにありがとうございます。オーズの巫女セイナ、心より御礼申し上げます」


 いやいや、まだ子どもなのになんという礼儀正しさだろうか。それ以前にこんな状況をすぐに呑みこんでしまうのも優秀すぎる。シズナが自分より大巫女に向いていると言っていたが、なるほどこういうことかと納得する。


「無事でなによりです。仲間が怪しい賊を見つけたので捕らえただけなのですが、まさか巫女様がいらっしゃるとは夢にも思いませんでした」


「それでも助けていただいたことに変わりはございません。ところでソウシ様というと、『精霊獣』さまにお乗りになって現れたというあの?」


「そうじゃ。『精霊獣』さまを助けたというオーズ国の大恩人じゃ」


 なぜかシズナが胸を張るのだが、それはいいとして「大恩人」はくすぐったいので勘弁してほしい。


 セイナが目を輝かせて俺を見始めた気がするので、その場はシズナやフレイニルに任せて、俺は縛り上げられているマゼロの方に向かった。


 捕まえて分かったが、マゼロは痩せた中年男だった。冒険者なのだから身体は常人より強靭なはずだが、どう見てもそうは思えない。その顔に酷薄そうな雰囲気がなければ、病人だと勘違いしてしまいそうなくらいであった。


 マゼロに対してはマリアネとカルマが中心になって尋問を始めていた。


 といっても明らかにマゼロは話す気はないようだ。月の光の下に浮かぶ感情の抜け落ちた顔、その薄い唇はさきほどから開くことがほとんどない。


 俺が近づいていくと、マリアネがこちらを見て首を横に振った。


「この男はなにも話す気はないようです。名前すら口にしません」


「冒険者カードを持ってるんじゃないのか?」


「どうも身につけていないようです。『アイテムボックス』持ちなのかもしれません」


「なるほど……。でもこのまま首都まで連行すれば巫女誘拐の犯人として重罪になるんだろう? それで十分じゃないのか」


「その前にギルドとして情報は得ておきたいのです」


「そうか……ん?」


 そういえば、俺は『強奪』なんていう恐ろしげなスキルを得ていた気がする。実はあまりにアレなスキルなので皆には伝えてなかったりするんだよな。手に入れたタイミングが良すぎる気もするが……


「もしこの男が『アイテムボックス』持ちならなんとかなるかもしれない」


「どういうことですか?」


「ちょっとやってみるから見ててくれ」


 俺はいつもの通り『アイテムボックス』を発動、地面に座る男の顔の前に黒い穴を出現させる。手を入れようとすると少し抵抗があるが、強引に奥に突っ込む。やはり中身が俺の『アイテムボックス』とは違うようだ。冒険者カードをイメージすると手に薄い板の感触。そのまま引き抜くと、俺の手には「マゼロ」と刻印されたカードが握られていた。


 俺がマゼロの冒険者カードを見せると、マリアネが目を見開いた。


「これは……っ!? ソウシさん、今のスキルは?」


「ああ、ちょっと前に身につけたスキルだ。『強奪』っていって他人の『アイテムボックス』に干渉できるスキルらしい。名前がいやな感じだったから言ってなかったんだ」


「『強奪』、確かに聞いたことはあります。しかし干渉するにはよほど力の差がないといけないとか……ああ、ソウシさんなら簡単ですね」


 マリアネが納得いったという顔でカードを受け取る。


 一方で、今まで微動だにしていなかったマゼロが急に慌てはじめた。


「おい貴様……ふざけるなよ……。他人の『アイテムボックス』から物を奪うなぞ……許されると思うのか……」


 見た目を裏切らないしわがれた声だった。抑揚もないが、言葉の端々に焦りが見え隠れしている。


「許されるもなにもお前には2度も命を狙われた身だからな。これくらいはさせてもらおう」


「2度……だと? そうか、貴様あのエルフの里にいた……」


「やはりエルフの里の騒ぎもお前だったのか」


 俺がそう言うと、マゼロはしまったという顔になって再び黙ってしまった。


「どうせお前の悪事はカードに記録されてるんだ、今さら黙っても意味はないだろう。それより今回の騒ぎは巫女様の誘拐だけが目的なのか?」


「……」


「ふむ……」


 ダンマリを決め込むならこちらにも考えがある。俺は再度『アイテムボックス』をマゼロの顔の前で発動。


「なにをする気だ……!?」


「こうするのさ」


 俺は『強奪』スキルを使ってマゼロの『アイテムボックス』に入っているものを次々と取り出して地面に並べた。といっても俺の『アイテムボックス』に比べれば物は格段に少ない。20ほどのアイテムを取り出すと、最後あと一つとなった。


「なんだこれは?」


 穴から引き抜いた俺の手には、高級そうな布にくるまれた細長い棒が握られていた。形からするとどうも横笛のようなのだが……


「むむっ!? ソウシ殿、それは大変なものじゃ」


 反応したのはシズナだった。一緒に馬車を下りてきたセイナも驚いた顔をしている。


「大切なものなのか?」


「オーズ国の国宝『招精の笛』。『精霊獣』さまをお呼びすることができる唯一の道具なのじゃ」

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