13章 オーズへ  07

 さて、そんな感じで歩いて2日目、遠くに国境を隔てる山脈が見えてきた。


 しかしその山脈は壁のようにそそり立っていて、高低差も1500メートルくらいはありそうだ。登山道ががっちり整備されていれば一般人でもぎりぎり行けるだろうが、どう見ても普通に超えられる山脈ではない。


「ソウシさま、あの山を越えるのですね」


 フレイニルが少し不安そうな顔で見上げてくるのも仕方ないだろう。


「一応ルートはあるみたいだから俺たちの体力があれば問題ないと思う。ただ時間はかかりそうだな」


「はい。遅れないように頑張りますね」


 そんなことを話ながら歩いて行くと、スフェーニアが空を見上げているのに気付いた。そちらに目をやるとなにかがこちらに飛んできているように見える。


「スフェーニア、あれはなにか分かるか?」


「ええ、恐らくこの間助けた『聖獣』だと思います」


 『聖獣』といえば巨大な蛾の『ガルーダモス』のことだ。確かによく見てみると飛んでくるのは蛾に見える。


 しばらく歩きながら様子を見ていると、その蛾が幅20メートルはありそうな大きなものであることが分かる。羽の模様にも見覚えがあるし、確かにあの時の『ガルーダモス』であることは間違いなさそうだ。


 優雅に羽ばたいてくる巨大蛾を見て、シズナ嬢が「ほおぉ!」と声を漏らした。


「あれは『精霊獣』さまではないか。人前に姿を現すとは滅多にないのじゃがのう」


「『精霊獣』? あの『ガルーダモス』のことを知っているのですか?」


「うむ。大地に恵みをもたらすありがたい『精霊女王の遣い』じゃ。オーズ国の土地に実りが多いのも『精霊獣』さまのおかげと言われておる。というかなぜソウシ殿たちも知っておるのじゃ?」


「前に助けたからだよっ。大きいクモのモンスターに捕まってたところをね!」


 ラーニが答えると、シズナ嬢は驚いた顔をした。


「なんと!? それが本当であれば『ソールの導き』はオーズの恩人になるぞえ」


「えっ? そんな大げさ話なの?」


「もちろんじゃ。『精霊獣』さまはオーズ国にとってはなくてはならぬとても大切な存在なのじゃ。なんと、それはいい土産話になるのう」


 と話をしていると、空を悠々と飛ぶ『ガルーダモス』の姿がかなり近づいてきていた。というか明らかにこっちを目指して飛んできているような……


「ソウシさん、どうやらこちらに下りてくるようです」


 スフェーニアの言う通り、『ガルーダモス』は上空でひと回りすると、ふわりと目の前に着地した。大きな羽で羽ばたいているわりに風が巻き起こっていないのが不思議であるが、なにか魔法的な力によっているのかもしれない。


「おおお、『精霊獣』さまがこれほどお近くに」


 巨大な蛾の顔は改めて見ると意外と愛嬌がある。その顔の方に、感動したようにふらふらと近づいていくシズナ嬢。目の前までいくと大げさに礼をして、なにやら祈祷のような動作をしはじめた。


 その祈り(?)のなかで、シズナ嬢は「なんと」とか「よろしいのでございますか?」などと言っているのだが、もしかして『ガルーダモス』と会話をしているのだろうか。


「シズナさまはお話をされているみたいですね」


 フレイニルの言葉に頷きながら見ていると、コミュニケーションが終わったのかシズナ嬢がこちらへやってきた。


「皆のもの、『精霊獣』さまがオーズの都まで運んでくださるそうじゃ。このようなことは聞いたこともないが、『精霊獣』さまのお力をお借りするということでどうじゃろうか」


「シズナさんは『ガルーダモス』……『精霊獣』さまとお話ができるのですか?」


「むろんじゃ。わらわはこう見えてもオーズの巫女じゃからのう」


 こう見えて、というよりどう見ても巫女装束を着た巫女なのだがそれはいい。話ができるのもこの世界なら当たり前なのだろうと思うことにして、まさかの『恩返し』イベントとは驚いた。


「それで『精霊獣』さまが都まで運んでくれるというのは、やはり助けたことの報酬みたいな感じなんでしょうか?」


「うむ。助けられた恩を返すということのようじゃ。ソウシ殿たちは大したものじゃのう」


 いやいや、単に見かけたから助けただけなんだが……まあここは乗るしかないんだろうな、『誰か』が作ったはずのこの流れに。




「うわぁ、すごいすごいすごいっ! 空を飛ぶなんて嘘みたいっ!」


『ガルーダモス』の背中の一番前ではしゃいでいるのはラーニだ。


「わらわも感無量じゃ……。まさか『精霊獣』さまの御身に触れ、さらには背に乗せてもらえるとはのう……」


 と眼下の景色よりも別のことに感動しているシズナ嬢。


「こんな素晴らしい経験ができるのもすべてソウシさまのおかげです。やはりソウシさまは運命を背負ったお方なのですね」


 と俺に妙な属性を付与しようとするのはフレイニルで、俺はその後ろに座っている。


 俺の腰に回された腕はスフェーニアのものだが、こちらは高所恐怖症らしく俺の背中にぴったりくっついたまま震えているようだ。


「これはギルドの記録に残さなければいけない事績ですね。グランドマスターに報告したら大変なことになりそうです」


 一方で仕事熱心なのは最後尾に座るマリアネだ。ウチのメンバーは豪胆というか、マイペースな子が多いんだと初めて気づく。


 それはともかく今俺たちは『ガルーダモス』の背中に乗って山脈の上を通過中である。


 いくら巨大な蛾とはいえ人間6人を乗せて飛べるのか、と思ったが全く問題はないようで、『ガルーダモス』は余裕たっぷりに飛行を続けている。


 一気に上昇されたときは高山病を危惧したのだが、冒険者の肉体には無関係らしく地上2000メートルほどの高さを飛行されても特に問題はない。まあさすがに多少寒さは感じるが。


 難なく山脈を越えると、そこは広大な平原……というか耕作地が広がっていた。周囲には豊かな森もあり、川もあちこちに巡っていて一見して非常に農耕に適した土地だということが分かる。


「オーズ国は農業が盛んなんですね」


「そうじゃな。オーズは昔から農業には力を入れており、民が飢えたことは一度もない。その分魔道具の技術などは他国には劣っているがのう」


 シズナ嬢が多少自慢げに話すが、民が飢えないというのは国家としては最も大切なことだろう。


「見た限り畑が広い割に家の数が少ないように見えますが、これだけの土地を耕すのは大変でしょう」


「そこはわれらの秘事……というほどでもないかの。実は『精霊』の力を借りているんじゃよ」


「『精霊』に手伝ってもらって農業を行っているんですか?」


「そうじゃ。『精霊』は疲れ知らずじゃからの。働き手としてはこれ以上ないのじゃ」


「なるほど。労働力としては理想的ですね」


「ただその『精霊』の依代の姿をアンデッドと勘違いされてしまうのが少し歯がゆいのだがの。呪術国家など言われてるとはわらわも冒険者になるまで知らなんだわ」


 呪術国家の件はともかく、『精霊』に農業を手伝ってもらうというのはなんともファンタジーな話である。現代日本にオーズ国の人間が行ったら引っ張りだこになりそうだ。


 しばらく空の旅を楽しんでいると、遠くに大きな都市が見えてきた。今まで見てきた城壁に囲まれた城塞都市ではなく、郊外から次第に建物が増えていき、中央に行くにしたがって建物の大きさや密度が上がっていく、俺にとっては見慣れたタイプの都市である。


 ただちょっと違うのは、都市を囲むように外縁に等間隔に物見やぐらのようなものが建っていることだろうか。城壁がない代わりの防衛設備なのだろうが、ちょっと不思議な光景である。


「あれがオーズの都ガルオーズじゃ。オーズでは都といえばガルオーズを指し、基本的にそれ以外に都はないのじゃよ。小さな村は多くあるがのう」


「ということは国の規模としてはそれほど大きくないんですね」


「ヴァーミリアン国の4分の1もないじゃろうな。その代わりガルオーズの人口はヴァーミリアンの王都より多いはずじゃ」


「なるほど」


 そんな会話をしているうちに、『ガルーダモス』は都の上空に入り、都の中心部にある大きな神殿……というかどことなく神社に見える建物の方に近づいていく。その建物の周囲は広い庭園が広がっており、どうもそこに着陸するつもりのようだ。


「うむ、あれこそがオーズ国の中心、『精霊大社』じゃ。オーズ国を治める大巫女のいます場所じゃな」


 なるほど王城みたいなものかと納得したのだが、もしかしてこのままだと俺たちはそんな場所にいきなりお邪魔することにならないだろうか。しかも『精霊獣』に乗って登場とか、色々と問題がありすぎな気が……。しまった、一度都の外におりてもらうべきだったか。


 などと後の祭り状態でいるうちに、『ガルーダモス』が着陸態勢に入った。


 前進速度をゆるめると、ゆっくりと降下を開始する。


 ふわりと軽い衝撃があり、今まで感じていた浮遊感が消えた。『ガルーダモス』が芝生の広がる広い庭園の真ん中に着陸したのだ。


 見ると『ガルーダモス』を囲んで100人を越える人々が立ち並んでいる。近づいた段階で『精霊大社』から多くの人が出てきていたのは見えたので、恐らくオーズ国の役人や警備の兵士たちだろう。


 俺たちが『ガルーダモス』から下りると彼らの中からどよめきが起こった。それはそうだ、神の使いみたいな存在から人がおりてくれば当然の反応である。


『ガルーダモス』は俺たちが下りると大きくひと羽ばたきして飛び上がり、上空で一回りしたあとあっという間に飛び去ってしまった。礼を言う暇もなかったが、彼(?)とはまた会いそうな気がする。


「もしやそなたはシズナかえ?」


 立ち並んでいる人々の中から、一人の女性が進み出てきた。長く美しい黒髪を背に流し、装飾の多い巫女服を着た一見して位の高そうな女性である。見た目は30前後に見えるが、雰囲気からするともう少し年上だろう。シズナ嬢をそのまま大人にしたような色白の美人である。


 名前を呼ばれたシズナ嬢が一歩前に出る。


「大巫女さま、不肖シズナ、故あってこのような形で帰参いたしました。後ろの者たちはわらわをここまで送り届けてくださった方々ゆえ、お客人としての対応をお願いもうしあげまする」


「ふむ……」


 大巫女と呼ばれた女性が俺たちの方へ顔を向けた。その眼力はヴァーミリアン国の国王陛下にも匹敵する強さだが、大巫女と言えばオーズ国のトップ、それも当然だろう。


「そなたたちは冒険者とお見受けいたしまする。我が娘シズナを送ってきたというのはどのような故があるのであろうか。『精霊獣』さまの背に乗っていたことと合わせてご説明をお願いいたしましょうぞ」


「承りました。もちろんすべてご説明申し上げます。……ん? 先ほど『我が娘』とおっしゃいましたか?」


「申し上げました。シズナは我が娘、次の大巫女になるはずの巫女であったのです」

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