13章 オーズへ 08
「このたわけが! 大きな口を叩いておきながらなんという恥さらしな! 我が娘ながら情けなくて涙も流れぬぞ!」
「母上、人前ですので堪忍を! あ痛っ、痛っ、ひぃっ!」
ここは『精霊大社』の中、『応接の間』と札のかかっていた部屋である。
日本人としてもすでに懐かしさのある畳敷きの部屋で、俺たちは座布団の上に座っている。
テーブルを挟んで向こう側には大巫女ミオナ様とシズナ嬢が座っていたのだが、陛下の手紙を渡しつつ一通りの話をし終えるとにわかにミオナ様の顔色が変わり、持っていたミスリル製の扇でシズナ嬢を
「なにが勘忍か! メカリナンの
「申し訳ございませぬ! 申し訳ございませぬ! どうか今はお許しを! 後でいくらでもお叱りは受けますゆえ!」
という感じでしばし
「ミオナ様、道中ではシズナ様も己が行いを
「むう……大恩人たるソウシ殿がそうおっしゃるのであればこの場はここまでにいたしましょう。お見苦しいところをお見せしたことお詫び申し上げます」
「いえ、ミオナ様も御息女を思ってのお怒りでしょう。お気持ちお察しいたします」
「ありがとうございます。愚かな娘がソウシ殿のような立派な冒険者に出会うことができたことを『精霊女王』に感謝いたしまする」
ミオナ様が扇を袂にしまって一礼する。座布団の上でぐったりしていたシズナ嬢もなんとか復活して座り直すが、その表情はさすがにしおれきっている。
「しかし話を聞くにつけソウシ殿には感謝の言葉もございませぬ。我が娘を救っていただいたばかりか、『精霊獣』さままでもお救いになるとは、もはや我が国としても恩に報いぬわけにはまいりませぬな」
「それに関しては本当に行きがかり上そうなっただけですので、あまり重くお考えにはならないでください」
「そうはゆきませぬ。ソウシ殿たちが『精霊獣』さまに乗って来られたよし、すでに多くの者が見ております。むしろソウシ殿たちに相応の事績がなければ逆に『精霊獣』さまのご威光にも関わりますゆえ、どうかお受けいただきたく存じまする」
「なるほど……そのような事情がおありでしたら承りましょう」
「ありがたく存じます。しかしソウシ殿たちにどう報いるかは大神官たちとも協議をせねばなりませぬ。しばし時間をいただきたく思うのですが、しばらくオーズに滞在いただくことは可能でありましょうか?」
「もちろんです。我々は冒険者ですので、ここガルオーズ付近のダンジョンを一通りは踏破したいと考えております。他にも討伐依頼などがあれば受けることも考えておりますし、もちろん可能ならばオーズ国の観光なども考えております」
「それは重畳にございます。ソウシ殿たちの宿についてはこちらで手配をさせていただきましょう。使いの者を一人手配いたしますので、なにか必要なことがあればそちらを通してなんなりと申しつけてくださいませ」
「ありがとうございます。ご厚意に甘えさせていただきます」
軽く礼をすると、ミオナ様は扇を口にあてて微笑んだ。
「ソウシ殿の言葉遣い、お心遣い、まことこの国に生きるものの模範になるものでございます。もとはオーズにゆかりがある御人なのではございませぬか?」
「いえ、そうではありません。ただこの国の文化は私の生きてきた国とかなり近しいものがあると感じております」
「そうでございましたか。それならばいっそうごゆるりとこの国を見て回られるとよろしいでしょう。ご同行の皆様もゆるりと過ごされてくだされ」
王家の依頼でシズナ嬢を送っただけなのだが、どうやらこの国でも褒賞をいただくことになってしまうようだ。しかもシズナ嬢が大巫女様の娘とは驚きであった。王国で言えば姫にあたるわけで、シズナ嬢が上位階級出身とは分かっていたがさすがにそのレベルは想定外である。
まあともかくも、とりあえずはいつものダンジョン攻略で過ごすことになりそうだ。だが、果たしてそれだけで済むのかといえば……いや、できればそれだけで済んで欲しいものだ。
案内された宿は当然のようにガルオーズでも最上級のものであった。とはいっても雰囲気としては和風の高級旅館のような雰囲気で、俺としては王都の宿よりは落ち着く感じがする。
畳敷きの居間の前は和風の庭園が広がっていて、座布団の上であぐらをかきながら中居さんが入れてくれたお茶(さすがに緑茶ではなく紅茶のようなものだった)を飲んでいると、久しぶりにとても落ち着いた気分になる。
「ソウシさまのそのようなお顔は初めて見た気がします」
隣に座ったフレイニルが、俺の顔をじっと見ながら不思議そうな顔をした。
「俺は今どんな顔をしているんだ?」
「すごくリラックスしているというか、気を楽になさっているようなお顔です」
「そうか。この宿もそうなんだが、オーズの建物や服は俺のいた国のものに似てるんだよ。そのせいかもしれないな」
「そうなのですね。靴を脱いでこの直接床に座る様式なども同じなのですか?」
「そうだな。この方が俺は落ち着くみたいだ」
「実はこの様式はハイエルフも同じなので私も落ち着きますね。ただこのタタミ? というのは初めてです。とても居心地が良くていいですね。目の前に広がる庭も独特の美的な感覚があるようです」
スフェーニアがそう言うそばからラーニが縁側から庭に下りようとしている。庭には小さな池が作られていて、そこを泳ぐ魚に興味を持ったようだ。ただその庭は明らかに入ってはいけないタイプのものである。
「ラーニ、その庭に下りるのはだめだぞ。靴もないだろう?」
「え~、でも魚見たい。こんな面白い庭があって部屋から見るだけってもったいなくない?」
「そうは言ってもこの庭は部屋から見るのが一番美しいように作られてるんだからいいんだよ」
「そうなの? ホントに?」
「多分な」
多少適当なことを言った感はあるが、ここから庭を見る限り的外れな指摘でもないはずだ。遠くには国境の山脈が見え、どうも借景の技法も取り入れているようにも見える。
ラーニが戻ってきてお茶をすすり始め、茶菓子を手を伸ばし始めところでマリアネが口を開いた。
「私は明日ギルドに行ってみます。ガルオーズはFからAまですべてのクラスのダンジョンが揃っているはずですが、ソウシさんとしてはどこまで入る予定ですか?」
「可能ならBクラスまではいっておきたいな。ガルオーズから離れたところにもダンジョンはあるのかも知っておきたい」
「分かりました。滅多に来られる場所でもありませんし、できるだけ踏破するという方向でいきましょう」
「そうだな。それにプラスしていい依頼があればピックアップしてくれ。早いところ全員Bランクに上がってもらいたい」
「分かりました。今回の王家の依頼が相当な実績になりますので、なんらかの依頼をもう一つ二つ達成すれば昇格になると思います。スフェーニアさんはもしかしたら今回のもので昇格になるかもしれません」
「もしそうなら嬉しいですね。私も長くCランクにいましたが、今の私は本当に倍以上の強さを身につけていると思いますし」
スフェーニアが感慨深そうに目を細める。やはり思う所があるのだろう、普段感情をあまりあらわにしない彼女だが、今はかなり嬉しそうだ。
「明日は一度全員でギルドに行って、それから街を一回りしてみよう。ここでしか買えないものもありそうだしな」
「ソウシさま、私はアクセサリーや服を見てみたいです。オーズ国の服にとても興味があります」
「そうだな。俺も一着何か買っておくか」
とフレイニルに答えたら、全員が興味を示したらしく皆服を買うという話で盛り上がってしまった。
しばらくゆっくりしていると、廊下を人の気配が近づいてきた。
「シズナじゃ、入ってもいいかのう?」
気配の主はシズナ嬢だった。扉を開けて、顔だけ出して部屋の中を覗き込んでいる。
「ええどうぞ。なにかありましたか?」
「失礼いたしまする」
シズナ嬢は神妙な顔で部屋に入ってくると、皆の前で正座をしていきなり深々と頭を下げた。
「ソウシ殿たちにはこの度は本当に色々と助けられ、また世話になりもうした。改めてお礼申し上げまする」
「は……はあ……」
よく分からないが、恐らく大巫女ミオナ様にきちんと礼を言ってこいとでも言われたのだろう。俺はシズナ嬢の前まで行って座りつつ声をかけた。
「ええと……分かりました、そのお気持ちはありがたく頂戴いたします。ですから頭をお上げになってください。シズナさんにはいつものように振舞っていただかないとこちらも居心地が悪くなってしまいます」
「ソウシ殿は優しいのう」
シズナ嬢はそう言いながら顔を上げた。その表情はいつもの屈託のないものであったが、俺の顔を見るやいなやいきなり泣き顔になった。
「ソウシ殿ぉ、お願いがございまするぅ!」
そう声を上げながら、いきなり抱き着いてくる巫女服の少女。胸に角が当たってちょっと痛いんだが、こういう時はスキルが反応しないと初めて知った気がする。いや、今はそれどころではないな。後ろのメンバーも微妙に殺気立っている……のは多分気のせいか。
「お待ちください、いったいどうされたのですか?」
「どうかわらわをパーティに加えてくだされ。どうかどうかソウシ殿の一行に加えてくだされ」
「ええと、落ち着いて事情を話してください。どうしてそのような事をおっしゃるのですか?」
「母上に最低でもBランクになるまで戻ってくるなと言われてしまってのう。冒険者になったのなら世界中を見て回って、せめて妹の補佐くらいはできるようになれと。わらわも一度は大口を叩いて国を出た身、その言を聞かぬわけにもいかぬのじゃ……」
「なるほど……。妹さんの補佐というのは?」
「うむ。わらわが出奔してしまったので妹のセイナが次期大巫女となったのじゃ。もともとセイナの方が大巫女には向いておったので、わらわももとから大巫女になるつもりもなかったしのう」
「そういうことですか。シズナさんがパーティに入るのは私としては構わないのですが……」
シズナ嬢が長ずればかなりの戦力になりそうなのは今までのダンジョンで分かっている。彼女はやんごとなき身の人物ではあるが、『ソールの導き』としてはそこは今更感のある話でもあるし特に問題にはならないだろう。
確認のために振り返ると、すぐに頷いてくれると思っていたフレイニルとラーニ、そしてスフェーニアがちょっと険しい顔でこちらを見ていた。まさかメンバーはシズナ嬢を入れることに反対なのだろうか。そんな感じにも見えなかったが。
「ねえソウシ、まずはシズナから離れるべきだと思わない?」
ラーニにそう言われて、まだシズナ嬢が抱き着いたままだったことに気付いた。
まさか女の子に抱き着かれて喜んでいるおっさんだと思われてしまったのだろうか。いやまあ悪い気がしなかったのは確かだが……不可抗力だったしそれくらいは許してもらいたいものだ。
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