12章 王都にて  17

 翌日登城すると、レイロット氏にいつもの『控えの間』に案内された。


 ややあって、シズナ嬢が侍女に連れられて部屋に入ってくる。


 久しぶりというほどでもないので、シズナ嬢は以前見たままの様子であった。切りそろえた黒髪に、額に突き出た一本の角、鬼人族という名称は最近知ったのだがオーズ国に多い種族なのだそうだ。やはり巫女を思わせる服を着ていて全体的に和の雰囲気を感じさせる。


 彼女の顔つきには疲れた様子もなく血色もいい。賓客として十分な待遇を受けているということだろう。


「おおソウシ殿、そして皆の者、わらわのためにわざわざ来てもらって済まなかったのう」


 そう言って、シズナ嬢は嬉しそうに笑った。


「お話によると私たちをご指名のようでしたので。我々もオーズ国に興味がありますし、喜んでシズナさんの護衛をさせていただきますよ」


「そう言ってもらえると嬉しいの。わらわとしても多少気兼ねはしたのじゃが、やはりあの快適な旅が忘れられなくてのう。それにソウシ殿たちの人柄が信用できるというのも分かっておったし、他の冒険者に頼むことは考えられなかったのじゃ」


「そう言っていただけるのはこちらも嬉しいですね。長い旅になると思いますがよろしくお願いします」


「こちらこそ。出発は明朝ということじゃが、わらわの方は食料以外の荷物はすでに用意してある。食事については任せてもいいかのう?」


「ええもちろん、こちらで用意しておきます」


「よろしう頼むぞえ」


 その後シズナ嬢はフレイニルたちとも話をし、マリアネと自己紹介を交わしてから部屋を去っていった。


 続いて入ってきたのはなんとマルガロット姫であった。俺を見る目にはそれまでにあった猜疑さいぎの色はなく、どことなく申し訳なさそうな表情になっている。


「ソウシ様、本日もよくおいでくださいました。昨日は母を救っていただきありがとうございました」


 挨拶をする姫君は、まさに淑女といった感じのお辞儀をした。


「献上した品が役に立ったのであれば我々も嬉しく思います」


「おかげさまで母は見違えるように元気になりました。ただまだ寝室から出られるほどではないため、代わりに私からソウシ様はじめ『ソールの導き』の皆様に丁重にお礼を申し上げるようにと言われております」


「お気遣いいただきありがとうございます、くれぐれもご自愛ください、とお伝えください」


「かならずお伝えします。それと先日私がソウシ様に大変失礼なことを申し上げたことをお詫び申し上げます。ソウシ様のお気持ちもはかることができず、不明であったことを恥ずかしく思います」


 そこで深々と頭を下げる姫君。姫君に「様」付けで呼ばれるだけでも畏れ多いのに、さらに頭を下げられるといたたまれないことこの上ない。


「あのことに関しましては姫殿下がフレイニルを深く心配してのことだと理解しておりますし、私はまったく気にしておりません。なにとぞ頭をお上げください」


 と言うと姫君はようやく頭を上げてくれた。その表情はいくぶん緩んだ感じがするので、とりあえずこの件は終わりとなりそうだ。


「フレイニルは心からソウシ様を信頼している様子、どうぞ彼女をこれからもよろしくお願いします」


「ええ、彼女は『ソールの導き』になくてはならない存在ですから大切にいたします」


 と俺が答えると、後ろでフレイニルが「ソウシ様が私を大切に……」とボソッと口にする。その言葉を聞いてまた俺に意味ありげな目を向ける姫君。いや深い意味はないと思うので勘違いはしないで欲しい。


 俺が微妙な空気に困っていると、レイロット氏が横から助け舟を出してくれた。


「姫様、そろそろよろしいでしょうか。陛下がソウシ殿にお話があるとのことですので」


「あらそうなのね。では私はまたフレイニルたちとお話をしているわ。ソウシ様、できれば昨日のカードをお願いしたいのですけれど……」


 どうやら姫君がトランプにハマったというのは本当のようだ。俺は許可を得て『アイテムボックス』からトランプを取り出して渡すと、レイロット氏とともに『会談の間』へと向かった。




「連日足労をかけるな。昨日は『エリクサー』の件で話ができなかったが、『王家の礎』での話を少し聞きたいのだ。ハーシヴィルとメルドーザからなかなか興味深い報告を聞いたのでその確認になる」


 『会談の間』にはやはり国王陛下と宰相のジュリオス氏、そして護衛のハーシヴィル、メルドーザ両名が揃っていた。一介の冒険者風情に国の重鎮がこれほど時間を割くとは……と言いたいところだが『黄昏の眷族』のせいで俺はもう一介の冒険者でなくなってしまったことを痛感する。

 

「まずは貴殿の力についてだが、ハーシヴィルらの話によると、5階までのモンスターはまるで相手になっていないとのことだった。貴殿としてもそのような認識だったのだろうか?」


「は、私としましても、5階までのモンスターは特に苦戦をする相手ではなかったと感じております。ただ、私は力で圧倒できるモンスターには強いのですが、そうでないモンスターは苦手としております。5階までのモンスターは偶然に相性がよかったということもあると思われます」


「なるほど。最後のボスもレア種が現れたものの、ほぼ一撃で倒していたと聞いた。それも相性がよかったということか」


「はい。接近して直接攻撃してくるモンスターはもっとも得意としているところですので」


 俺がそう答えると、陛下はハーシヴィル青年らの方を振り返った。青年は首を小さく横に振ってなにごとか答えたようだ。


「それでもAランクのレア種を一撃というのは尋常ではあるまい。ところでその貴殿にとって『黄昏の眷族』はどの程度の相手であったのだろうか」


「先の『黄昏の眷族』との戦いにおいて、私は最後まで一方的に攻撃を受けるだけでした。私が勝つことができたのは最後に私の持つスキルが偶然発動したからなのです。それがなければ私は負けていたでしょう」


「それはどのようなスキルなのだろうか」


「詳細は分かりませんが、追い詰められた時などに発動し、身体能力を大幅に上げるスキルのようです」


「なるほど……。つまりAランクのレア種を一撃で倒せる貴殿ですら、そのスキルがなければ倒せないのが『黄昏の眷族』であるということか」


「かの『眷族』との相性もあるでしょうし、あの時は素手で戦ったということもあります。それを差し引いてお考えいただければと思います」


 さらに言うなら今の俺はあの時より数段強くなっているはずではある。もし今あのザイカルと戦ったら『興奮』スキルの出番はないかもしれない。もっともそれは戦ってみないと分からないことであるし、ザイカルがすでにいない以上確かめようもない。


「あい分かった。貴殿の助力で大変重要な情報を得られた。感謝する。ところで『王家の礎』で珍しい武具が得られたと聞いたのだが、それも見せてもらいたいのだ。『王家の礎』から出た武具のうち『名付き』のものは記録に残しておかねばならぬのでな」


「かしこまりました。『アイテムボックス』から出すことをお許しください」


 俺は席を立ち、全オリハルコン製だという巨大な盾を取り出した。


 改めて見ると縦2.5メートル、横1.5メートル、厚さは20センチ以上ありそうなただの金属の塊である。ごつい取っ手がついているので辛うじて盾だと判別できるが、狂気から生まれたとしか思えない武具である。


 ちなみに重さは恐らく数トンある。もちろんスキルの補助なしでは俺が持って立っているだけで床が抜ける。一般人にとってはだけで危険な物体である。


「この輝きは確かにオリハルコン……しかもこれは……本当に盾なのか?」


 国王陛下が目を見開いて立ち上がる。冷静沈着な雰囲気の宰相閣下ですら同様のリアクションなので、やはりよほどのものなのだろう。


「『不動不倒の城壁』と言うそうですわ。補助効果として『不動+5』『鉄壁+5』『鋼体+5』『鋼幹+5』という素晴らしいものです」


 メルドーザ女史の言葉に唾を飲む陛下。一方で宰相閣下が台帳を開いて記録をとっている。


「これは今まで『王家の礎』から得られた武具の中でも最上位の一つに位置するものではないか? ジュリオスはどう見る」


「間違いなくそうなるでしょう。しかしこれは……ソウシ殿は平気な顔で持っておられますが、並の冒険者では持つことすらできないのではないでしょうか」


「大きな声では言えませんがガンドロワでも持つのがやっとでしょう」


 と付け足したのはハーシヴィル青年だ。ちなみにガンドロワというのは王家の親衛騎士第2位の力自慢らしい。大きな声で言えないというのはよく分からないが。


 しかし最上位の一つというのはまた問題がありそうだな。俺がもらってしまっていいのだろうか。


「それほどのものであれば、こちらはやはり陛下に献上して――」


「それはならぬ。王家は約をたがえぬ。その盾は貴殿のものだ。いや、貴殿でなければ使えないというなら貴殿が使うべきものだ。武具とは飾りでもなければ宝物庫の重しでもないのだからな」


 陛下は厳しい顔でそう言った。さすがにそこは矜持というか、強い信念をお持ちのようだ。


「ただし貴殿はその盾の価値を正確に知っておかねばならぬ。ジュリオス、この盾が全オリハルコン製として価値はいかほどになる」


「そうですね……恐らく素材だけで100億ロム。しかし複数の高レベル補助効果持ちとなればその値段はさらに数十倍にもなりましょう」


 俺はその言葉を聞いて、危うく盾を落としそうになった。

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