12章 王都にて  16

 城を辞して宿に戻るとすでに夕餉ゆうげの時間だった。


 着替えて宿の食堂のテーブルについた俺たちは、そこで今日のことについて情報交換をすることにした。


「俺の方は帰りに話した通りで、『王家の礎』を5階まで問題なく踏破できた。ボスもレアボスだったがそこまで苦戦はしなかったな」


「Aクラス相当だったんでしょ? それが問題ないって言っちゃうんだから、ソウシもそろそろ自分の力を自覚できたよね」


 ラーニの言葉に、俺もさすがに頷かざるをえない。


「まあさすがにな。今回の件で『黄昏の眷族』を討伐したことの重さもようやく理解した気がする」


「昨日の褒賞もすごかったもんね。しかも今回王妃様も助けちゃったんでしょ。貴族にするとか言われなかったの?」


「実は陛下には少し言われた。もちろん断ったけどな。なあマリアネ、冒険者が貴族になるっていう例はどれほどあるんだ?」


「直近だとバリウス子爵がそうですね。ただ彼の場合はもともと子爵家の生まれなので、功をあげて家を継ぐことを許されたという形でしたが。後は騎士爵という形で子爵家以上に仕える形なら今存命の者だけで30人以上はいるはずです。」


「『紅のアナトリア』みたいな感じか。王家にも何人かいたみたいだったしな」


「貴人の護衛として元冒険者以上に適任なものはいませんので。信用のある高ランク冒険者が引き抜かれることはよくあります。『ソールの導き』に声がかかることは今後確実に増えるでしょう」


 マリアネの言葉を聞いて、フレイニルが俺の顔を見る。


「でもソウシさまは貴族におなりになる気はないのですよね?」


「ああ、国王陛下に言った通りだ。身に合わないことをするつもりはないさ」


「お断りになったときのソウシさま、とても素敵でした。冒険者としていただきを極めるとおっしゃって……」


「いやそうは言ってないって。あれは陛下が勘違いなさっただけだからな。俺は単に冒険者として自分の限界を知りたいって言っただけだ」


 と弁解するが、もしかして俺は国王と宰相と姫君の前でそんなことを言ったという扱いになっているのだろうか。もしそうなら周りから見て完全にイキったおっさんである。実はあと2日間は城に通わなければならないのだが……。


 俺が呆然としていると、スフェーニアがニッコリと微笑んで俺の手を取った。


「ソウシさんが冒険者としてどこまで大成するのか私も是非見てみたいですね。私自身Aランクを目指す身ですが、ソウシさんとならすぐに上がれそうな気がします。しかしそこで終わりではないというソウシさんのお考えはとても素晴らしいと思います」


「そう言われると私もAランクで終わる気はないかな~。ソウシとならもっと上に行けるよね」


「私もソウシさまにどこまでもついて参ります」


「ギルドではAの上のランクを正式に制定するべきとの声もあります。『ソールの導き』が今以上に成果を残すようになれば、その動きが早まるかもしれません」


 このままでは本当に年甲斐もなく最強を目指す痛いおっさんにされそうなので、俺は慌てて話題を変えた。


「ところでフレイ、王妃様はどんな感じだったんだ?」


「はい、最初はとても苦しそうで、今にも命の灯が消えそうでいらっしゃったのですが、エリクサーを飲むとすぐに顔色がよくなって、お話ができるまでに回復されました」


「そんなに効くものなのか。すごいなエリクサーは」


「陛下やマルガロットお姉様も驚いていらっしゃいました。ただずっと食事も満足にとっていらっしゃらなかったようで、しばらく静養なさるということです」


「そうか。『浄化』は試したのか?」


「はい、使ってみました。侍医の方にも強い効果があったとは言っていただきました」


「さすがだな。それなら王妃様の回復も早まるだろう」


「それなら嬉しいのですが。それとマルガロットお姉様がソウシさまに謝りたいとおっしゃっていました。恩人にひどいことを言ってしまったと」


「あれは姫様としては仕方なかったとは思うけどな。フレイのことを大切に思ってるのはよく分かったし」


 と言っても姫君としてはなにもしないわけにもいかないか。城に行きたくない理由が増えるな。こっちが気にしてないことを謝られるのはそれはそれでストレスである。


「お姫様といえばトランプをすごく気に入ったみたいだったよね。私にも作って欲しいとか言ってなかった?」


「おっしゃっていましたね。私もあれは面白いと思いましたし、姫君が欲しがるのも無理はないかもしれません」


 ラーニとスフェーニアがそう言うと、マリアネも頷いて言った。


「ソウシさん。トランプをトロント商会に持ち込んではどうでしょうか。売れると思えば喜んで扱うでしょうし、自然と王家にも献上されることになると思いますが」


「それはトロント商会がトランプを作って売るようになるってことか?」


「そうなる可能性があるということです。私もトランプは売れるのではないかとは思いますが、こればかりは分かりません」


「う~ん……」


 なんか急に変な話がでてきてしまったな。そもそも俺が考えたわけでもないものを商会に持ち込むのはどうにも気が引けるところだ。長旅の友にとなにも考えずに作ってしまったが、こっちの世界で売りに出される可能性があるとはまったく考えていなかった。


 すでにスキルの鍛錬法などで現代日本の知識を広めてしまっている身ではあるが、どこまでそれをしていいのか慎重に考えないといけないのかもしれない。


 俺が首をひねっていると、スフェーニアが不思議そうな顔をした。


「なにか問題があるのですか?」


「いやまあ、あれは別におれが考えたものでもないからな。それを広めてもいいものかとちょっと思って」


「すでに姫様に知られてしまった以上、国王陛下にも話は通ってしまうでしょう。正式に頼まれたら断るのは難しいのではないでしょうか」


「確かにな。明日もし話がでてしまったらトロントさんのところに行くか。商会がどう判断するかもわからないしな」


 と言ってみたが、この世界は娯楽が乏しい気がするのでトロント氏が興味をしめすのは間違いない気はする。もし姫君に無心されたら今回は自分が間抜けだったということで諦めるしかないだろう。


 しかし今まで冒険者稼業のことしか考えてなかったが、現代日本の知識を使えばこの世界で商売がそれなりにできる気がするな。作り方など知らなくてもどんな商品がウケるのか、そのアイデアを知っているというだけで圧倒的なアドバンテージである。そう考えると俺という存在はこの世界にとって想像より大きな意味を持っているのかもしれない。


 いや、そんな話は御免こうむりたいのがおっさんとしては正直なところであるが。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る