12章 王都にて  15

 俺は今フレイニルとともに、『会談の間』で国王陛下と対面している。


 横には宰相のジュリオス氏、反対側にはマルガロット姫がいて、むろん護衛のハーシヴィル青年とメルドーザ女史も国王陛下の後ろに控えている。


「早速だが詳しい話を聞かせてもらえるだろうか」


 かなり重苦しい雰囲気の中、国王陛下の一言が発せられる。


「は。まずは『アイテムボックス』から『エリクサー』を取り出すことをお許しください」


「うむ、許可しよう」


 護衛の二人が構える。『アイテムボックス』を貴人の前で無断で開くことは、防犯のために厳に禁じられている。


 俺は黒い穴にゆっくりと手を入れ、ゆっくりと引き抜く。


 精緻な装飾が施された薬瓶をそのまま静かにテーブルの上に置いて前に差し出す。


「メルドーザ卿、鑑定をせよ」


「はい」


 メルドーザ女史が前に進み出て、薬瓶をじっと見つめ、切れ長の目をわずかに見開く。


「……『エリクサー』です。間違いありませんわ」


「なんと……」


 その場の空気がぐっと揺らぐ。特に姫君は大きな目で俺とフレイニルを交互に見る。


「して、ソウシ殿はこちらを王家に献上すると申すのか」


「は。王妃様のご容態が優れぬとの噂を聞きましたゆえ、昨日夜の段階で献上をすることを決めておりました」


「その噂はどこから?」


「とある商人から、とだけでお許しください」


「ふむ……。勘のいい商人なら気付く話ではあるか。どうだジュリオス?」


「それは致し方ないかと。王妃様は炊き出しなどにもしばらくお顔をお見せになっていらっしゃいませんでしたので」


「うむ、確かにな。して、このエリクサーを献上することで貴殿はなにを望むのか?」


 国王陛下の目つきが一段と厳しくなる。


 ここは王家としても最大の関心事であろう。こちらが一介の冒険者ならともかく、訳ありメンバーを抱えた要注意パーティなのだ。リーダーはどこの馬とも知れない英雄であるし。


「陛下もご存知の通り、我々のパーティはいろいろとしがらみのある者が多うございます。ですので多少なりとも陛下のご威光をいただき、そのしがらみから避けられればと考えております」


「それは例えば公爵家のことを言っているのか?」


「アーシュラム教会についてもでございます。むろんエルフ族や獣人族などについても、私の知らないしがらみがございましょう」


「なにかあったときに王家の後ろ盾が欲しいと申すか」


「一言で言えばそのようになるかと。むろんそれを濫用するつもりはございません。いざというときの担保があれば、とこちらでは考えております」


「ふむ……」


 国王陛下はジュリオス氏に目配せをする。ジュリオス氏は俺の顔をみながらじっと考えているようだが、正直俺たちに関する判断材料はそれほど多くないだろう。


 しばらく沈黙が続くが、それを破ったのはマルガロット姫だった。


「お父様、悩んでいる時間はないのではありませんか。こうしている間にもお母様は……」


「分かっておる。ジュリオス、どうだ?」


 答えを急かされた形になった宰相閣下は、ゆっくりと首を横に振った。


「私もさすがにすぐには判断が下せません。しかしここは王妃様を優先されるべきかと」


 その答えに国王陛下は瞑目し、少しして俺を見据えて言った。


「よろしい、『エリクサー』の献上を受けよう。詳しい話は後ほど正式に行うゆえ、この間にてしばし待たれよ」


 そう言うと国王陛下自ら『エリクサー』を手に取り、ハーシヴィル青年を残して『会談の間』を出て行った。


「間に合うとよろしいのですが……」


 扉が閉まると、フレイニルが俺を見上げてくる。


「大丈夫だろう。しかしダンジョンに入る前に献上してしまうべきだったな。こんな急ぎの形になるとは思わなかった」


「そうですね。ソウシさまが昨日急にあのお話をされて驚いたのですが、まさかここまでを見通されていたとは」


「いやこの状況は完全に偶然だからな。王妃様がそこまでのご容体とは思ってなかったよ」


 と話をしていると、レイロット氏がやってきてフレイニルを呼び出した。意識の戻った王妃様がフレイニルの顔を見たがっているらしい。


「もし可能なら『浄化』を使ってあげたらどうだ?」


「そうですね。お話をしてみます」


 ということでフレイニルを見送る。


 ハーシヴィル青年と二人になるが、沈黙もちょっと気まずいので話しかけてみる。


「ハーシヴィル殿はいつから王家に仕えていらっしゃるのですか?」


「私ですか? 3年になりますね。元々末端に近い貴族家の出なのでその関係もありまして」


「なるほど。フレイニルもそうですが、元貴族様の冒険者というのは結構多いものなんでしょうか」


「いえ、割合で言えばそこまでではないはずです。ただ貴族家出身者は『覚醒』した際に家からの援助を受けられることが多いので……」


 と彼が言葉を濁すのは、貴族家出身の冒険者は「家の援助があって生き残りやすい」ということを言いたいのだろう。言われてみれば俺みたいな人間より、家のバックアップがある人間の方が有利なのは確かだろう。冒険者もそういった格差からは逃れられないというのは人間社会の悲哀を感じるところではある。


「しかし今日はソウシさんとダンジョンに入ってみて、自分がまだ未熟であるということが分かりましたよ。『黄昏の眷族』を単独で倒すという意味の重さも知ることができました」


「それに関してはよくパーティメンバーにも自分の力を自覚しろと言われているところです。Aクラスダンジョンで通用するならさすがに自分でも認めない訳にはいかないと感じてますよ」


「あれはもう通用するという程度のお話ではありませんよ」


 苦笑いをするハーシヴィル青年だが、彼がダンジョンで見せた力もほんの一端にすぎないだろう。よく考えたらもう少しAランク冒険者の力を見せてもらってもよかったかもしれないな。


 などと考えていると、王妃様のところに行っていた一行が帰ってきた。


 姫君とフレイニルは涙を流しているのでどこか別の部屋に行った方がいいと思うのだが、そのまま全員が席に着いた。


 国王陛下は椅子にもたれるとふうと息を吐き、俺に顔を向けた。その表情はいくぶんか屈託が抜けたようにも見える。


「ソウシ殿のおかげでわが妻が一命をとりとめることができた。まずは礼を言わせていただく」


「それはなによりでございました。私も安心いたしました」


「しかしまさか貴殿が『エリクサー』を持っているとはな。めぐり合わせというしかないのだろうが、今回ばかりは神の存在を身近に感じるばかりだ」


 陛下の言に俺は「さようでございますね」と答えたが、実際神ならぬ『悪運』氏の手引きだと知っているだけに多少の心苦しさを覚える。


「さて、先ほどの貴殿の望みの件だが、余も娘も貴殿には当然感謝を感じているところだ。ゆえに貴殿ら『ソールの導き』がなんらかの面倒に直面した時は、王家として口添えを約束しよう。ただ王家とて場合によっては限度がある。そこは理解してもらいたい」


「かしこまりました。お口添えがいただけるなら冒険者として十分でございます」


「うむ。フレイニルにも聞いたが、貴殿は例えば貴族に叙せられることに興味はないのか? 『黄昏の眷族』を討伐し、王家に『エリクサー』を献上し王妃の命を救った、無論それ以外にも見るべきところがあると伯爵から聞いている。男爵位、いや子爵位に叙すことも十分に可能なところではあるのだが」


「己の器に見合わぬことは望まないようにしております。冒険者としてもまだまだ途上の者でありますので、まずは冒険者としての己を見極めたく思っております」


 と答えたが、どうも雰囲気に飲まれてカッコをつけすぎた気がするな。自分から黒歴史を作ってしまった気がする。さっきまで泣いていたフレイニルが目を輝かせてこっちを見ているし。


「冒険者として頂を目指すということか、それもまたよかろうな。この度の『エリクサー』の件については王家の後ろ盾とは別に相応の褒賞も用意しよう。それとは別に先日依頼した件もよろしく頼む」


「はっ。必ずシズナ様をオーズまでお届けします」


 ということで、どうやら『エリクサー』献上についてはそれなりに上手くことを運ぶことができた気がする。


 訳あり冒険者パーティとしては王家の後ろ盾を得られたことは金には代えられない価値があるはずだ。自分からしがらみを増やしてしまった感もなくはないが……そこは人間社会で生きていく以上仕方ないことと諦めるしかないだろうな。

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