12章 王都にて 14
ボス部屋は通路と同じ大理石様の石で囲まれた広い空間だった。なんとなく荘厳な感じを受ける部屋である。
さて、俺としてはここからが問題だ。『悪運』スキル氏の仕事ぶりによっては色々と面倒が起こるからな、と思っていると靄が集まってくる。量は1体分だろう。後は通常ボスかどうかだが……。
「ソウシ殿、あれは恐らくレアボスです。厳しいのを引きましたね」
ハーシヴィル青年が眉を寄せ、メルドーザ女史が杖を構える。
目の前に出現したボスは漆黒の巨大な双頭の犬だった。見てくれは事前情報通りの『ケルベロス』っぽいが、ハーシヴィル青年がレアボスというならそうなのだろう。確かに全身から赤黒いオーラのようなものを立ちのぼらせ、いかにも強敵といった雰囲気を醸し出している。
「とりあえず一当たりしてみます。ヤバそうなら援護をお願いします」
二人の能力を知っているわけでもないので適当に指示をする。彼らならそれで最適な行動をしてくれるはずだ。
俺が盾を構えながらゆっくりと前に進み出ると、『黒ケルベロス』は体勢を低くし攻撃の体勢を取った。頭を低くしてもその赤い双眸は俺の頭より上にある。
ガフッ!
高レベルの『疾駆』による突撃噛みつき。俺は盾で受け止めメイスを振るが、『翻身』持ち特有の動きで躱される。
『黒ケルベロス』は距離を取ると、口を開いて赤黒い火球を飛ばしてきた。2つの頭部が交互にマシンガンのように連射してくる。俺が『衝撃波』で防いでいると、今度は左右にするどく動きながら火球で飽和攻撃を仕掛けてくる。
俺が火球を防ぐのに集中していると、いつの間にか犬の頭が間近に迫っていた。なるほど火球で目くらましをしながら距離を詰めてきていたか。
丸太のような前足が俺をとらえようとする。盾で受けるか――と言うところで『黒ケルベロス』の頭部にミスリルの槍が刺さった。
頭部に槍を刺したまま、いったん距離を取る『黒ケルベロス』。槍がひとりでに抜けてハーシヴィル青年の方へと飛んで行くと、間髪入れずに巨犬の全身を吹雪の竜巻が包んだ。
さすが元Aランク、いいタイミングでの援護だ。だが吹雪の竜巻から飛び出して来た『黒ケルベロス』はそれほどのダメージを受けているようにも見えなかった。相当に耐性が高いようだ。
『黒ケルベロス』は再度火球を連射しながら俺に突っ込んでくる。接近しての前足、と見せかけて飛び上がったのは槍を避けるためか。しかもそのまま上空から両足を振り下ろしてくる。だがそれは悪手だ、俺相手には。
「おおッ!」
身体の底から湧き上がる声とともに、俺は全力でメイスを振り上げた。
俺の身体を抉ろうとする前足に、完璧なカウンターでメイスが叩きこまれた。鋭い爪ごと粉砕され、『黒ケルベロス』の前足がごそっと消失する。
ゴハッ!
同時に二つの口から体液が吹き出した。Aランクのレアボスでも身体を走る衝撃には耐えられなかったか。
それでも意識を失わず、落下しながら噛みつきにくるのはさすがであった。
俺は多少の敬意を抱きつつ、ソールの一撃を地獄の番犬に叩きこんだ。
頭部を失った漆黒の巨犬がダンジョンの床に消えていくと、そこには黄金に輝く宝箱が残された。
ハーシヴィル青年とメルドーザ女史も近くまでやってきてその宝箱をまぶしそうに見つめている。
「ソウシ殿、見事な戦いでした。しかしまさかレアボスが出現するとは驚きました。しかも金の宝箱とは」
青年の声はどことなく弾んでいる感じがする。レアケースに遭遇して多少興奮しているのだろうか。
「やはり金は珍しいのですか?」
「そうですね。Aランクのレアボスを10体倒して一回出るかどうかと言われてます。ソウシ殿はよほど運がいいと見えます。もちろん実力も十分以上にありますが」
「フフ、今回は色々と興味深いものを見られたけど、この宝箱の中身がその最後になるのかしら。はやく開けてもらいたいわ」
メルドーザ女史が目を輝かせてせかすので、俺は金の宝箱の蓋に手をかけ、一気に開いてみた。
箱がすうっと消え、現れたのは長方形の無骨で巨大な盾だった。分厚すぎて盾というよりもはや単なる金属の塊にすら見える。曇り一つない表面はうっすらと黄金の輝きも帯びており、貴金属のような趣もある。
持ち上げてみるとズッシリ重い。というか俺が重いと感じるのだから並の冒険者には持つことすらできないだろう。誰が作ったのか知らないが、正気の沙汰とも思えない盾である。
「これは全オリハルコン製の盾……ですか? これほどの武具は見たことがありませんね」
「『不動不倒の城壁』という名の盾のようね。まさか名前持ちの武具が新たに見つかるなんて……フフフ、面白いなんてものじゃないわ」
どうやらメルドーザ女史も『鑑定』持ちらしい。しかしオリハルコン製で『名前持ち』か。やはりゲーム的な感じもするが、そうするとこの盾は相当に強力な武具ということだろう。もっともこれほど見た目で性能が分かる武具もないとは思うが。
その後ボス部屋を抜けると、そこはセーフティーゾーン兼テレポート部屋になっていた。『王家の礎』ダンジョンは5階ごとに入り口に戻れるようになっているらしい。これも普通のダンジョンとは違う所である。
入り口に戻るとそこにはジュリオス氏はおらず、代わりに二人の騎士が立っていた。もっとも宰相閣下や筆頭執事が何時間も帰りを待つことなどあるはずもない。
騎士たちは驚いた顔で俺たちを出迎えた後、うち一人がレイロック氏を呼びにいった。
「戻るのが早すぎましたね。恐らく1刻半(3時間)もかかってないでしょう。3人パーティ、というよりほとんどソウシ殿お一人でモンスターを駆逐しての踏破だったことを考えると異常などというレベルではありません」
ハーシヴィル青年の皮肉っぽい笑みが微妙にひきつっているのを見るかぎり、どうやらそれは本音のようだ。さすがに今回の一件で俺も自分の力がよく分かった気がするのは確かである。
「その上レアボスに金の宝箱、そして名前付きの武具……素晴らしい体験もできたわ。でももっと不思議なのはそれをソウシさんがあたかも当たり前みたいに受け取っていることなのだけど、ねぇ?」
俺の顔を横から覗き込むように見てくるメルドーザ女史。その金色の瞳に宿るのは猜疑の心……というより単に興味津々というだけのような気がするな。しかしこれだけで俺の持つ秘密に気付くのだから女性の勘は恐ろしい。
「いえいえ、単に驚く暇もないというだけです。ただ自分がAクラスダンジョンでも通用するというのが分かったのは大きいですね」
「ソウシ殿がBランクというのは国としても冒険者ギルドとしても大いなる損失だと思いますよ。速やかにAランクに上ってもらいたいですね」
「おっしゃることも分かりますが、パーティのメンバーもいますので。とりあえずは段階を踏んでいきますよ」
とハーシヴィル青年に答えていると、騎士がレイロック氏を伴って戻って来た。
気になるのは敏腕筆頭執事である氏の顔色が少し優れないことだ。直感で
「おおソウシ殿、これほどお戻りが早いとは思いませんでした。無事5階までは下りられたのでしょうか?」
「ええ問題なく。ボスも討伐いたしました。それよりなにか起きたのでしょうか? お顔の様子が優れないようですが」
「それは私もまだまだ未熟ですな。しかし申し訳ありませんが事情によりそれを申し上げることは致しかねます。ご了承ください」
という言い方でピンときた。
「もし王妃様のお身体になにかあったということなら、お力になれることがあるのですが」
俺がそう言うと、その場にいた全員の表情が凍り付いた。
こんなことなら事前に『エリクサー』の件は済ませておくべきだったな。なんかこれ、俺が自分を売り出すタイミングを測ってたイヤな奴にならないだろうか。
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