12章 王都にて 18
昼過ぎに城を辞した俺たちは、シズナ嬢護衛の旅に向けて王都の商店街で買い物をすることにした。
といっても旅の野営に必要なものはすでに揃っているので、買うのは主に食料品である。さすがに王都なだけあって店頭にならぶ食材は質、量ともに圧倒的だ。料理についてはスフェーニアとマリアネがかなりの腕なので、彼女らの意見を聞いてとにかく食材を買いまくった。『ソールの導き』はここのところ収入が多く、資産に余裕があるのも爆買いを後押ししている。
一通り買い物が済むと、最後にトロント商会の商館へと向かった。実は結局国王陛下からもトランプの件を頼まれてしまい、トロント商会に依頼をして製作・献上をするということになったのだ。
「おやソウシ殿ではありませんか。しかも『ソールの導き』の皆さんまで。ようこそいらっしゃいました」
商館では運よくトロント氏が出迎えてくれた。俺たち全員を応接間に案内してくれる。
「して今日は何かお探しですか? それともまた情報は必要ですかな?」
「いえ、実はお願いがありまして」
俺は『アイテムボックス』から手製のトランプを取り出すと、テーブルの上に広げて置いた。それを見てトロント氏の目が鋭くなる。
「こちらは……なにかの札ですかな。材料はジャイアントセンチピードの殻……表面に焼きで模様をつけて……ふむ、初めて見る文様ですな。面白いものですが、ソウシ殿のお願いにこちらの品が関わるわけですな?」
「その通りです。これと同じものをトロントさんの商会で製作して、王家に献上していただきたいのです。これは国王陛下からの依頼でもあります」
「それはまた大層なお話ですが……。『トワイライトスレイヤー』であるソウシ殿がおっしゃるのですから冗談というわけではなさそうですな。こちらは何に使うものなのか、説明していただいてもよろしいでしょうかな」
「ええもちろんです」
というわけでパーティメンバーにトロント氏を加えて、いくつかのゲームを実際にやってみた。
途中でトロント氏の顔色が変わり、すぐに秘書を呼んでゲームのルールなどを書きとめさせたり、トランプの文様を書き写させたりし始めた。
しまいにはご子息を呼んでジャイアントセンチピードの殻を買い占めろなどと指示を飛ばすようになった。そのスピード感はさすがに敏腕商人といった感じだが、そんなにいきなり動いて大丈夫なのかと少し心配になる。
「トロントさん、そんなに急がれなくても……」
「ふふふふ、ソウシ殿、これは売れますよ、私の商人としての経験と勘がそう言っています」
「こちらの国にはまだないもののようなのでそこそこ売れるとは思いますが、そこまでのものでしょうか」
「いえいえ、まず重要なのはこれが王家に対する献上品だということです。王家の方がこれで遊ばれればすぐに貴族に話は広がるでしょう。貴族は恐ろしく忙しい人たちではありますが、それだけにちょっとした息抜きができるものを常に探しているのですよ。この品はその需要にぴったりと合います。間違いなく瞬く間にこのカードは貴族の間で流行します。そうすれば当然次は庶民です。恐らく半年の内に王都ではこのカードを求める者であふれるようになるでしょう」
「もしそうだとしてもそこまで単価も上がりませんし、儲けとしてはそこまでではないのでは?」
「その辺りは付加価値をつけることでどうにでもなります。他の商会が類似品を作るようになれば確かに単価は下げざるを得なくなるでしょうが、王家に献上したという事実が強力な付加価値になりますので」
「ああなるほど、トロント商会製のカードをブランド化するわけですか」
「ブランド化、なるほどそういう言葉があるのですな。ソウシ殿は本当に博識でいらっしゃる」
「いえそれは単に聞いたことがあるだけで……。ではお願いできるということでよろしいんでしょうか?」
「もちろんです! というより絶対にやらせてもらいますぞ。もちろんこの礼はたっぷりとさせていただきましょう」
「それは無事に儲けがでたらということでお願いします。我々は明日から長めの旅に出ますので次に会えるのがいつになるかは分かりませんが、必ず王都にはまた参りますのでその時に」
「旅といいますとどちらの方に」
「南の方ですね。それ以上はお察しいただけると幸いです」
「南……なるほど、そういうお話ですか。やはり信の
恐らくほぼ正確に俺たちの事情を察したであろうトロント氏は、さも感心したように大仰に頷いてみせた。
とりあえず商談らしきものは成立した。その後トロント氏に言われて契約書的なものにサインをし正式な契約を行った。カードのアイデアについては買い切りになるかと思ったのだが、売上に応じて報酬が随時もらえる形の契約であった。商人としては随分と欲のない……と思ったが、トロント氏としても『ソールの導き』と関係を保ちたいという意図があるのかもしれない。
ともかくも冒険者としてはかなり例外的な副収入源を得て、俺たちは商会を後にした。
そう言えばトロント氏にあの『不動不倒の城壁』を見せたらどんな反応をするのだろうか。次に会う時は話のタネにお披露目するのも面白そうだな。
翌日の早朝、俺たちはシズナ嬢と合流するために王城へと向かった。
レイロット氏に案内されて『会談の間』にて待っていると、シズナ嬢とともに国王陛下、宰相閣下、姫君、そしていつもの護衛二人が入ってくる。
全員が揃うと、国王陛下自ら書簡を俺に手渡した。
「そちらをオーズ国の大巫女ミオナ様に渡してもらいたい。今回の一件のいきさつについて記してあるが、それ以上のことは書かれていないので、もしミオナ様が受け取るのを渋ったらそう伝えてほしい」
「承知しました。かならずお渡しいたします」
「貴殿なら分かっているとは思うが、シズナ殿の件については他国が絡んでいる可能性が高い。本来なら国の使いがシズナ殿を送るべきなのだが、政治的な関係でそれが極めて難しいのだ。シズナ殿の希望もあって貴殿らに頼むことになるが、くれぐれも気を付けてもらいたい」
「はい。なんらかの妨害があることも想定して行動いたします」
「うむ。我々はそういった事態を想定した上でも貴殿に頼むのがもっとも適当だと判断した。よろしく頼む」
「はっ」
陛下の言からするとここヴァーミリアン国とオーズ国、そしてちょっかいを出してくるメカリナン国の3国は本当に微妙な力関係で成り立っているようだ。
その中でシズナ嬢をオーズ国へ送り返すのに冒険者を使うというのは相当に難しい判断だったはずだ。結局はここ数日のやりとりによって、『ソールの導き』が任せるに足る冒険者パーティと判断されたということだろう。
国王陛下は俺に頷いて見せた後、次はシズナ嬢の方を向いた。
「シズナ殿、今まで長らく御身を拘束して申し訳なかった。一度国へお帰りいただくことになるが、冒険者としてまた我が国へと来ていただけるなら嬉しく思う」
「今回の件についてはわらわの過失もありもうす。もとより国王陛下をはじめ、こちらの国の者たちにはよくしてもらったと感じておりますゆえ、むしろ礼を申し上げるところでございます」
「道中くれぐれもお気をつけられよ。お国へ無事お帰りになられることをお祈り申し上げる」
国王陛下はそう言うと、ちらと姫君の方に目を配る。 姫君がシズナ嬢のところにいき、涙声で「どうかご無事で。シズナ様との語らいは忘れることができません、是非またいらしてください」と声をかけている。どうやら短い間でこちらも親密になっていたようだ。シズナ嬢はコミュニケーション能力が高いのかもしれないな。
そんな感じで一通り挨拶や必要なやりとりが済むと、俺は宰相閣下から国境を通る時の通行証を渡された。これで必要なものは揃ったはずだ。
「ではソウシ殿、此度の依頼を無事完遂されることを期待している」
「は、必ずや遂行いたします」
国王陛下に答えると、俺たちはレイロット氏に促されて部屋を出た。
緊張から解放されつつ出口の方に歩いていると、前方から法衣を着た男が歩いて来るのが見えた。その小太りの体型と口に泳ぐどじょう髭には見覚えがある。先日ちらりと見たアーシュラム教の枢機卿とやらである。
しかもその後ろにはあの『至尊の光輝』の四人もいた。先頭のガルソニア少年は俺を見て一瞬すさまじく嫌そうな顔をしたが、そのままなにもなくすれ違った。武者風の女性だけは軽く会釈をしてくれたが、相変わらず疲れた顔をしているので苦労をしているようだ。
彼らは恐らく『エリクサー』の件で国王陛下に新たな取引でも持ちかけに来たのだろう。王妃様の命を人質にするような真似をしていたが、その王妃様が回復されたと知ったらどう反応するのだろうか。まあ、こちらとしては関わり合いにはなりたくない相手なので、別にその反応を知ろうとも思わないが。
それよりも今はシズナ嬢をオーズ国へと連れて行く依頼である。依頼とはいえ未知の国への探訪、『ソールの導き』としてはどうしても観光旅行の趣が強くなるのは避けられないだろう。かくいう俺自身、少し和風なところのあるオーズ国へと行くのは楽しみだ。例えそこにまた
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