12章 王都にて  09

 その日は宿へと戻り、翌日は一日王都巡りをすることにした。


 もちろん朝のトレーニングだけは行い、マリアネも含めて全員で王都へと繰り出した。


 とはいっても一番の観光名所である王城はそのうち行くことになるのでパス、二番目の観光名所の教会大聖堂もフレイニルの都合もあってパスとなると、結局は通りを練り歩いて気になったものは買い物をしてがメインになる。『アイテムボックス』のおかげでいくらでも買えてしまうのが少し危険だが、普段ブラックな分多少のストレス発散は必要である。


 なお中央通りにはトロント商会の立派な商館があり、約束通りトロント氏に会いにいったのだが、あいにくと商業ギルドの会議に出席しているとかで会うことができなかった。受付嬢に泊まっている宿を教えたのでそのうち接触はあるだろう。


 夕刻に宿に戻ると、支配人から王家よりの書簡を渡された。明後日の午前に王城まで来られたしとのことで、やはり行政関係の対応としては異例の早さである気がする。


「ソウシさま、それでは明日一日はいかがしましょうか」


 夕食の場でフレイニルがそう言うと、


「近いダンジョンを攻略しとかない?」


 とラーニと提案し、全員一致で明日は近場のFとEクラスダンジョンを踏破することに決まった。ちなみにマリアネはすでに攻略済みとのことでギルドに出勤である。


 翌日は予定通り二つのダンジョンを攻略した。


 といってもFとE、それぞれ2時間かからないくらいで踏破できる。むしろ移動時間の方が長いほどだ。


 残念ながらボスはどちらもノーマルで、得られたスキルはやはり耐性スキルばかりだった。もちろんそれも重要であるし、取っておくに越したことはない。


「これって耐性スキルを全部取っちゃったらどうなるんだろうね」


 王都へ戻る途中でラーニがそんな疑問を口にした。


「確かに。スキルが身につかなくなるのかもしれないな」


「低クラスのダンジョンにずっと入り続けるのも面倒と言えば面倒だし、これ以上入っても意味がないってなる方がいいのかもしれないわね」


「そうですね。戻ったら一応マリアネさんに聞いてみましょう」


 スフェーニアの言葉に俺が頷いていると、王都の門が近づいてきた。


 入門待ちの列ができているが、俺たちは今のところ王家のゲストなので貴族・来賓用のルートから待ち時間なしで入ることができる。


 行列を横目に多少の申し訳なさを感じながら進んでいくと、前方に青一色で塗られた馬車が止まっているのが見えた。しかもその馬車の護衛をしている冒険者はあの『至尊の光輝』だった。


「ソウシさま、あれは教会の馬車です。それも大司教様以上がお使いになるものですので、私は……」


 フレイニルが不安そうな顔で見上げてくるので、俺は頭をなでてやりつつ立ち止まった。


「あの馬車が行くまでここで待ってよう。面倒があるかもしれない」


「そうだね。あいつらとも顔を合わせたくないし」


 ラーニも眉を寄せて嫌そうな顔をする。


 見ているうちに教会の馬車一行は門の中に入って行った。


 特に何事もなかったことにホッとするが、これが普通の冒険者なら教会の馬車相手に心配することすらないはずだ。トラブルが普通みたいな感覚になっていることにうんざりしつつ、俺は門へと再び足を進めた。




 宿に戻ると受付嬢が「トロント様より連絡がありました。今日の夕刻以降、是非店の方にいらっしゃって欲しいとのことです」と伝えてきた。


 女性陣は宿で身体を洗いたいとの事なので、俺一人でトロント商会へと向かうことにする。


 中央通りのトロント商会の商館に入り、受付嬢に名を告げるとすぐに会頭の執務室へと通された。


「昨日はお迎えできず申し訳ありませんでした。ソウシ殿がこれほど早く王都に呼ばれることになるとは、私も自分の勘には多少の自信がありますが、今回ばかりは驚きが勝りましたぞ」


 満面の笑みを浮かべるトロント氏に促されて高価そうなソファに座る。さすがに王都で三指に入る商会の会頭の部屋、調度品はどれも立派なものだ。ただどれも華美さは抑えられていて鼻につく感じはない。このあたりがやり手商人のバランス感覚なのだろう。


「さすがトロントさん、すでにこちらの事情はかなりのところご存知なのですね」


「はは、バートランで『黄昏の眷族』が討伐された話は王都でも知らぬ者はいないでしょうな。討伐したのが誰かまではそこまで知られていないでしょうが、噂を聞いてソウシ殿だというのは一発で分かりました」


「お恥ずかしい限りです。私としては単に行きがかり上戦っただけなのですが」


「行きがかりで倒された眷族もたまったものではありませんな」


 くくくっ、と笑うトロント氏はいかにも楽しそうだ。


「しかし宿を紹介しようと思っていたのですが、王家からの召喚となるとその必要もなくなってしまいましたな。他になにかご入用のものなどはございますか?」


「そのことなのですが、情報をいただくということは可能でしょうか?」


「ほう、情報といいますと?」


 トロント氏の目つきが少し変わる。


「実は私に対する王家の対応が異例なほどに早い気がしているのです。王家関係で特別な事情があるのではないかと思っているのですが、そのあたりなにかあれば伺えたらと」


 これは王都への道すがらずっと考えていたことであった。


 ロートレック伯爵の話からいっても今回の召喚は日程的にかなり急である。しかも王家からの依頼があるとなっては、その裏になんらかの事情があるのは間違いない。むろん一介の冒険者がその事情など知るべくもないが、その時思い出したのがトロント氏であった。王都の商人であれば王家の情報など真っ先に仕入れているはずである。


「なるほど、ソウシ殿はその情報に価値があるとお思いなのですな」


「ええ、商人としては当然のことかと」


 そう言うと、トロント氏は再度くくくっ、と笑った。


「情報はときに万金にも勝る。常識ではありますが、その意味を正確に理解できる者は商人でも少ないのです。しかしここ最近の王家の特別な事情ですか……聞いたのは2点ありますな」


「お教えいただけますか」


「もちろんです。1点はオーズ国の重鎮が客人として来ているとの話ですな。どうやら女性のようですが、彼女をどう扱うかで少し揉めているというのを耳にしました」


「ふむ」


「オーズ国が国を閉ざしているというのはご存知のことと思いますが、重鎮が来たとなれば商人にとっても無視はできない話です。もし国交が開かれるとなればそこに商機が生まれますからな。ただ揉めているというのでこちらも慎重に構えているところです」


「なるほど……」


 重鎮というのは間違いなくあのシズナ嬢のことだろう。本来なにもなければ彼女はオーズ国に帰されるはずだ。揉めるということは何かあったのだろうか。


「もう1点は、どうも王妃さまが病に倒れられたようだというものです。先日姫殿下が外出されて薬を求めにいかれたとか。教会の方でもその薬を探しているとか」


「確かに王都に来るときに王家の馬車を見ましたね。今日は教会の馬車も門の前で見ましたが、もしかしたらそれ関係だったのでしょうか」


「可能性はありそうですな。その薬についてはうちの商会にも問い合わせが来ましたが、滅多に手に入るものでもないのでどうにもなりませんでした」


「そんなに珍しい薬があるのですね」


「ええ、名前だけは有名なんですがね。『エリクサー』という万能薬でして、もし手に入ったらそれだけで五千万ロムは下らないという貴重品です」


「ああ……聞いたことはありますね」


 俺はあいづちをうちながら、以前ダンジョンで手に入れた、精緻な装飾の入った薬瓶のことを思い出していた。死亡以外のすべての状態を回復するという奇跡の薬。もちろんまだ『アイテムボックス』に入ったままである。


 なるほどここでつながってくるのか……と、俺はまたあの勤勉な『悪運』氏が動き始めたのを感じるのであった。

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