12章 王都にて 07
門の係員に召喚状を見せると、その係員が王家が用意した宿まで案内してくれた。謁見の日取りが決まるまではそこで寝泊まりせよとのことだが、もちろん相応に高級な宿であった。
割り当てられた部屋は3人部屋が2つであった。王家も『ソールの導き』が男女比1対4であるとは思っていなかったのだろうが、おかげで部屋割りで少し揉めてしまった。というのもフレイニルが俺と同部屋を希望したためで、姫様とのやりとりを考えるとそれはさすがにマズいと俺が言ったらフレイニルが泣きそうな顔になってしまったのだ。
「ソウシの言うことも分かるけど、そこは気にしなくていいんじゃない? だって何もしないって皆分かってるし、私も一緒なら大丈夫でしょ」
「いえラーニさん、ここはギルド職員である私が同室になったほうが姫様に対して言い訳は立つと思います」
「ハイエルフは王家に対して信用がありますので、私の方が適当かもしれません。私がなにもなかったと言えば姫様もそれ以上は追及なさらないでしょう」
という感じで10分ほど揉めたあげく俺が決めろという話になり、結局同室はフレイニルとマリアネということになった。大人の女性でなおかつ中立の立場のギルド職員だからと説明はしたが、後でラーニとスフェーニアにもフォローは必要そうだ。
とりあえず部屋で一休みするが、どうもフレイニルの様子が戻らない。ずっと憂いの表情を浮かべたままなのだが、時々俺の方に視線を送ってくるのでなにか言いたいことがありそうだ。
「フレイ、なにか気になることがあるのか?」
「あ……はい、その、ソウシさまは以前私が貴族だったことは気にしないとおっしゃてくれたと思うんです」
「ああ、確かに言ったな」
「ですが、さきほどマルガロットお姉様には、私とはもとの身分が違いすぎるからと……」
「それを気にしていたのか」
「はい……」
「あれはまあなんというか……、あの場ではああ言わないと姫様も納得しないだろうと思っただけなんだ。俺の本心じゃない」
「そうなの……ですか?」
「もちろん。フレイはフレイだ。元がなんだろうと関係ない」
俺の言葉に安心したのか、フレイニルはホッとしたように胸をなでおろして表情を緩めた。やはり女の子はちょっとしたことを気にしてしまうものなんだな。フレイニルはまだ態度に出してくれるからいいが、リーダーとしてはメンバーのちょっとした変化にも敏感になっていないといけないだろう。……正直一番苦手なところではあるが。
フレイニルがようやく落ち着いた様子を見せると、いつの間にかギルドの職員服に着替えたマリアネが立ち上がった。
「ソウシさん、私はギルドの方に顔を出してきます。明日からすぐ動けるようにしておきたいので」
「分かった。俺も様子を見ておくか。王都のギルドは大きいんだろうな」
「そうですね。王国での本部になりますので、規模としては帝国にある総本部の次になります」
「一応皆にも声をかけておくか。フレイはどうする?」
「もちろんソウシさまについて参ります」
ということで、結局全員で冒険者ギルドへと行くことになった。
時はすでに夕刻に迫りつつあったが、王都の通りは人通りが途切れることはないようであった。
今歩いているのは中央通りからひと区画東の通りだが、それでも建物が軒を争って並び、その隙間を屋台や出店が埋めている。むろんその間を多くの人たちが買い物をしたり物を運んだりとせわしなく行き来しており、注意をして歩かないと突き飛ばしてしまいそうになる。
そこにいる人種も様々で、人族や獣人族、エルフ族はもちろん、短い角を持った鬼人族、青い肌をした魔人族など他ではあまり見ない種族もいる。ほとんどが一般人ではあるが、もちろん冒険者の姿もちらほらと見かける。
マリアネを先頭にしばらく歩いて行くと、4階建ての一際大きな建物が見えてきた。そこが冒険者ギルドの王都本部なのだが、中央通りから離れているのはトレーニング場のスペースを確保するためらしい。ちなみにモンスターの解体場は城壁の外に設置されていて、城壁内には素材だけが運びこまれるかたちになっているようだ。
建物に圧倒されながら中に入ると、空港のロビー並に広い空間がそこに広がっていた。奥に掲示板がずらっと並び、横の長いカウンターには受付職員が10人以上いる。もちろんひと仕事終えた冒険者が300人以上はいて、血と汗と鉄その他もろもろの臭いが充満したなんとも凄まじい空間であった。
王都は周辺にFからAまで多くのダンジョンがありその分冒険者も集まるとのことだが、さすがにこの数は大規模討伐でも見たことがない。つぶさに見ればやはり様々なランクのパーティが入り混じっており、明らかに高いランクのパーティもいくつか見える。
「ふへぇ、すごい数だね。目が回っちゃいそう」
ラーニがフードの下で目を丸くする。バルバドザでの経験を活かして(?)、今回マリアネ以外の3人にはフードをかぶってもらっている。
「高いランクのパーティがいくつもいますね。さすが王都です」
スフェーニアが見ている先には、背の高い女獣人を中心にしたパーティがいた。その女獣人は背に巨大な剣を背負っているのだが、それを見ただけで彼女が最低でもBランクであることが分かる。
「ソウシさん、私はギルドマスターに挨拶をしてきます。もしかしたらマスターから呼び出されるかもしれませんので、しばらくお待ちください」
そう言い残してマリアネが奥の階段を登っていった
俺は王都でどんな依頼があるのか気になって掲示板の方に移動する。フレイとスフェーニアもついてくるが、ラーニだけはなぜか先ほど見た背の高い女獣人の方に向かっていった。
「ねえ、もしかして貴女カルマじゃない?」
「あん? 確かにアタシはカルマだけど……ってラーニじゃんか!」
ラーニが声をかけると、女獣人は驚いた顔でラーニの両肩に手を置いた。
ラーニより頭一つ背の高いその虎獣人の女性は、「ひさしぶりだねぇっ」と笑いながらラーニを抱きしめた。主張の激しいその胸部にラーニの頭がすっぽり埋まって非常に苦しそうに見えるが……タップを始めたので本当に苦しいようだ。カルマと呼ばれた女獣人はそれに気付いてようやくラーニを放す。
「冒険者になってるってことは、まさかラーニも覚醒しちまったのかい?」
「1年くらい前にね。カルマはもう3年になるんだっけ」
「そうさねぇ、もう3年が過ぎちまうね。狼の族長は元気かい?」
「私が出てきたときは元気だったわね。虎の族長もまだ元気だったけど、多分今は族長交代の準備をしてるんじゃないかな」
「ああそうかい。まあ虎はアタシのオヤジがいるから問題はないだろうけど、狼の方はラーニが冒険者になったら大変なんじゃないの?」
「多分ね。でも私にはどうしようもないし。冒険者になったからには強くなりたいし、私は私で生きてくだけだから」
「アンタはまったく……その感じだと適当に里を出てきた感じだね」
カルマの鋭い指摘に、ラーニは舌を出して誤魔化した。
「ところでカルマは今ランクは?」
「Bさね。仲間にも色々と恵まれてね。ラーニは1年じゃまだいってもDってとこかい?」
「うふふっ、私も仲間に恵まれてCまで来たの。すぐにカルマに並ぶからねっ」
ラーニが自慢そうに胸を反らすと、カルマはちょっとだけ目を丸くした。
「へえ。まあラーニは昔から強かったからねえ。でも1年でCはすごいくないかい? どんなパーティなのさ」
「それはねえ……」
と言いながらラーニがこちらを見る。目が合うとすすっと寄ってきて、俺の腕をとってカルマの前まで引っ張っていく。
「このソウシがリーダーのパーティで、『ソールの導き』って言うの。この後有名になるから覚えておいてねっ」
「え、あ、どうも、『ソールの導き』のリーダーをやっているソウシと申します。ラーニさんには大変お世話になっております。よろしくお願いいたします」
いきなりの強引な紹介を受けてとっさに会社員時代のような挨拶が出てしまった。
カルマは珍しいものでも見るような目をした後、苦笑いをしながら挨拶を返してきた。
「ああどうも、なんか変わった冒険者だね。アタシはカルマ、Bランクパーティ『酔虎』のリーダーさ。ラーニが世話になってるみたいで礼を言うよ」
カルマが手を差し出してきたので握手をする。
「……っ!?」
その瞬間、凄まじい力が俺の手に加わってきた。まさかの力比べである。映画とかで見たことはあるが、よもやここで女性に挑まれるとは。
さすがにそのままだと格好がつかないのでこちらも力を入れて握り返しておく。正直目の前のカルマは癖のある黄金色のロングヘアも美しい美女ではあるので手を握るだけでも抵抗があるのだが……。
「へえ、これでも『剛力』は極めてるんだけどねえ。平気な顔をされるとは思わなかったよ」
カルマが力を緩めたのでこちらも合わせて力を抜いて手を離す。
するとカルマは前かがみになって、俺の顔を下から見上げるようにした。
「ふぅん、ソウシさんは結構なベテランなのかい?」
「いえ、まだ冒険者になって半年を過ぎたくらいですね。覚醒したのが遅かったもので」
「それはまた面白い人だね。ん~……まあラーニをよろしく頼むよ。ちょっと大変だと思うけどさ」
「カルマ、私はきちんとやってるから大丈夫だからねっ。ソウシに余計なこと言わないでよ」
「はいはい」
ラーニがカルマに噛みついていると、奥の階段からマリアネが下りてきた。その顔がなにか言いたそうに見えるので、やはりギルドマスターに挨拶に行かないといけないようだ。俺はフレイニルとスフェーニアに声をかけ、さらにラーニをカルマから引きはがすと、階段の方に足を向けた。
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