12章 王都にて  06

「あなた方が『ソールの導き』でしたか。ええ、噂は聞いておりますよ」


 俺の横でそう頷くのは、水色がかった銀髪を背に流す美形青年のハーシヴィル卿だ。もとAランク冒険者にして王国親衛騎士第3位というとんでもない肩書きを持つ騎士様で、今回姫様のお忍びの護衛隊長をしているらしい。


 手にした槍は一目で全ミスリル製と分かる業物で、それがまた彼のたたずまいに見事に調和している。明らかにただ者ではないことが感じ取れる青年だが、話をしてみるとその所作も口調も存外に穏やかだった。


 ちなみに俺は今、姫様がお召しあそばされている馬車の車輪の代わりをしている。昔獣人のガシを助けた時の再現だが、王家の馬車となると緊張感は別格だ。ちなみに王族の馬車はモンスターの体当たりにも耐えられる特注品ということで、その重量は相当なものだ。いているのも馬ではなく六本足の牛型モンスター2頭である。


「『黄昏の眷族』を1対1で屠った英雄ですからね、さすがに王都でも耳聡みみざといものなら誰でも知っていますよ。しかしまさか噂のソウシ殿にここでお目にかかれるとは、そしてこのようなことをしていただくことになるとは思ってもいませんでした」


 ハーシヴィル卿は眉を寄せて苦笑いをする。


 実は一応俺たちは国王に呼ばれたゲストという扱いらしい。それを考えると車輪の代わりをさせたというのは外聞が悪く、最悪彼らや姫君が国王から怒られる可能性もあるとか。ただ今回は姫様が急ぎ戻らねばならないので例外的に、という形になっている。


「姫様のお気持ちを汲んで件の英雄が手を貸したという噂が立てば私の方にも利がありますので、そうお考えいただければ」


「ははは。利を求める者は自ら利を口にしないものですよ。ソウシ殿がそのような御仁でないことは私が見ても分かります。むしろそのような噂が立つのは避けたいのではありませんか?」


「敵いませんね。正直なところ英雄という肩書きも返上したいのですが」


「ふふっ、この国では『黄昏の眷族』の討伐は滅多にないことですから、さすがにそれは避けられません。それにしても――」


 ハーシヴィル卿はそこで馬車の後ろの方に目を向ける。


 そこには王家一行の後ろをついてくるラーニとスフェーニア、そしてマリアネがいる。ちなみにフレイニルは姫様に連れられて馬車の中だ。


「――フレイニル様もそうですが、『ソールの導き』はパーティメンバーも色々とな方が多いようですね」


「ええまあ、成り行きで集まったパーティなのですが、どうもメンバーがかたよっていまして。ただ本当に優秀な子たちなので自分としても助かってはいます」


「ソウシ殿とはさきほど会ったばかりですが、彼女らが集まる理由は分かる気がしますよ」


 とハーシヴィル卿が目を細めるが、リップサービスというにはちょっと褒め過ぎな気もする。もしかしたらおだててこちらのはらを探るとかそんな感じなのかもしれない。名前の音の長さや立ち居振る舞いから見ても元貴族という雰囲気だし、腹芸にも長けているはずだ。


 ともあれそんなとりとめのないことを話していると、ふと馬車の中のカーテンが開き、窓の向こうに先ほどの姫君……マルガロット姫が顔を見せた。近くで見るとフレイニルとどことなく似た雰囲気を持つ掛け値なしの美少女である。ただ俺の顔を見るその目には少しばかり、というか相当に冷ややかなものを感じるのだが……。


「姫様もソウシ殿に興味がおありのようですね」


 ハーシヴィル卿は楽しそうに言うが、どうもいい意味での興味を持ってもらってない気がする。


「多少腕力が強い以外は面白い人間ではないのですが……。フレイニルと一緒にいることが気になっていらっしゃるのではないでしょうか」


「ははあ、なるほど。姫様はフレイニル様を妹御のように思っていらっしゃったようですからね。どのような方と一緒なのか、というのは姫様も気になさるでしょうね」


 まあ確かに、こっちは見た目多少マッチョなだけの普通のおっさんである。妹みたいな元公爵令嬢がそんなのと一緒にいるというだけで、姫君としては納得がいかないのかもしれないな。隣で含み笑いをしている青年騎士と一緒とかならまだ納得してくれたんだろうが……と思うと、やはりこの世界でもおっさんは肩身が狭いんだと思わずにはいられなかった。




 しばらく歩いていくと少しばかり小高い丘があり、そこを乗り越えると一気に景色が変わった。


 眼前に広がるのは壮大な城塞都市、丘から見ても端まで見通せないような、現代日本人の俺が見ても驚くレベルの巨大都市であった。


 暗灰色の堅固そうな城壁は高さ15メートルくらいはあるだろうか、ところどころに側防塔が立っているのがなんともいかめしい。


 その奥に見える街並みは、白の壁とオレンジの屋根で統一された建物が規則的に並ぶもので、生前旅行で行ったヨーロッパの古い街並みをほうふつとさせる。建物自体は3~4階建てのものが多く、建築様式も統一されているため全体として一体感があり、もはや芸術品に感じるくらいである。


 さらに極めつけは都市の中央部あたりに威を構える王城で、西洋の、というよりゲームの中で見たファンタジー感満点の白亜の宮殿がそそり立っている。


 とはいえ冷静になってみれば、全体としての規模は元の世界の都市とは比べるべくもない。しかし見て圧倒されるのは断然こちらのほうが上なのは間違いない。


「これはすばらしい眺めですね。さすがに王都となると今まで見てきたどの都市とも比較にならない気がします」


「そうですね。この丘からの眺めは何度見ても圧倒されますよ。本来守りを考えたら上から見下ろせるというのは問題があるのですが」


 俺の感想にそう答えるハーシヴィル卿の口にはいささか皮肉っぽい笑みが浮かんでいる。


 なるほど言われてみれば都市の様子が一望できてしまうのはマズい気もするな。


「もっともそれなりの理由はもちろんあるのですけどね。それにこの場所が都市を作るのに適していたのも間違いないところですし」


 見れば少し離れたところに大きな川も流れており、そちらのほうは広大な農地が広がっているようだ。大都市の胃を満たすには相応の生産力が必要となるわけで、そういう意味でもここは王都を建設するのに適した土地だったということなのだろう。


 丘を下っていくと城壁がぐっと近づいてくる。王都の正面門につながる街道はすでに幅20メートルはあるほど広く、行き交う人々もまた多い。


 無論こちらはお忍びとはいえ明らかに王家の一行、旅人も冒険者も商人も軽く頭を下げながら道を開ける。正直庶民の俺としてはそれだけでかなりいたたまれない。


 程なくして正面門の前までたどりついた。当然のように兵士たちがずらっと整列してのお出迎えである。


 門の向こうには別の王家の馬車がとまっていた。壊れた馬車の代わりなのだろうが、小型であるのはもしかしたら街中用なのかもしれない。どちらにしろ俺が車輪の代わりをするのはここまでのようだ。


 姫様が乗った馬車が門をくぐり、門の脇にある停車場で停止をする。停車場の係員らしき者が台をもってきて、馬車の下に差し入れて傾かないように固定する。


 お役御免となった俺が馬車から離れると、ハーシヴィル卿が来て軽く礼をした。


「ソウシ殿、本当にありがとうございました。ここからは馬車を乗り換えますので大丈夫です。この後はあちらの係の者に召喚状を示してから王都へとお入りください。謁見の準備が整いましたら宿の方に連絡が行くと思いますので、それまでは王都を見て回られるとよろしいでしょう」


「ありがとうございます。そうさせていただきます」


 俺がラーニ達の方に向かうと、馬車からマルガロット姫とフレイニルが下りてきた。確かにこう見ると完全に姉妹にしか見えない。


「フレイニル、やはり一緒には来てくれないの?」


「マルガロットお姉様申し訳ありません。私はもう冒険者のフレイニルなのです」


「どうしてフレイニルが『覚醒』などしてしまったのでしょう。運命というにはあまりに残酷に思えます」


「お姉様心配なさらないでください。私はソウシさまに出会えてから、今の生活の方が自分のあるべき姿だと思えるようになったのです。これが運命なら私はむしろ感謝をしているくらいです」


「そんな、フレイニル……」


 泣き崩れそうになる姫君だったが、そこでぐっと姿勢を正すと、なぜか俺のほうにつかつかと歩み寄ってきた。ハーシヴィル卿が慌てて止めようとしたようだが、姫君は構わずに俺の前まで来て柳眉りゅうびを逆立てて見上げてきた。


 俺は咄嗟とっさのことに一瞬反応ができなかったが、慌てて膝を折って頭を垂れた。


「ソウシ殿とおっしゃいましたね。貴方はフレイニルをどうするおつもりなのでしょうか?」


 頭の上から聞こえてくる姫君の声にはとがめるような響きがある。ハーシヴィル卿が「姫様、往来ではそれはなりません」とか言ってるのだが、どうやら彼も苦労人っぽいな。


「は、フレイニルは私のパーティにおいて非常に貴重な存在です。ですので今後も大切な仲間として共に冒険者を続けられればと思っております」


「私が聞きたいのはそのようなことではありません。貴方はもしやフレイニルを自分の妻にしようなどと考えているのではありませんか?」


「は……」


 そういえばバリウス子爵にも同じようなことを疑われたな。これに関しては仕方がない部分はあるのだろうが、フレイニルが側で「ソウシさまの妻……」とつぶやいてるのが疑惑を加速させそうで怖い。


「……いえ、そのようなことは考えておりません。年齢も離れておりますし、元の身分も違いすぎますので」


「本当でしょうか? その割にはフレイニルを随分と懐柔しているようですけれど?」


 ああ、疑惑の元はそれか。多分フレイニルがいつもの調子で俺のことを姫君に語ってしまったのだろう。確かにそれは疑われても仕方ない。誰が見てもフレイニルが俺に依存しているのは明らかなのだ。


「そのことに関しましては、フレイニルが置かれた状況を考えれば仕方のない部分がございますので……。誓って申し上げますが、私に下心あってのことではございません」


「殿方はよくそのようにおっしゃいますわね。しかし貴方がフレイニルを助けたのも本当ではあるようです。くれぐれもただ今の言葉をお忘れにならないように」


「はっ」


 後ろの方でラーニがくすくす笑っているのが分かる。しかし王家に呼ばれた時点でフレイニルについてはひと悶着あるだろうとは思っていたが、まさか姫君に釘を刺されることになるとは思わなかった。


 いつもの感じなら厄介事イベントがこれで終わりということもないだろう。どうやら王都は俺の胃には優しくない場所のようだな。

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