12章 王都にて  05

 王都への道は、『ソールの導き』としては珍しく4日目まで何事もなく予定通りに進んだ。


 正直街道をただ歩くだけで、王都に近づくにつれ人通りが増えるとは言っても非常に退屈な旅である。


 いや、一般の人間にとっては危険もあるし体力も使うしで、決して楽な旅ではないはずだ。『ソールの導き』は冒険者パーティである上に、野営などで色々と楽ができるので退屈などと言っていられるのだろう。


 実はちょっと思い立って出発前に簡易トランプを作って、夜テント内で遊んだりもした。こちらの世界にも木片を使ったゲームなどなくはないのだが、『賭け』を意識したものが多く、ゲームとしてはあまり面白くないようだった。


 『ジャイアントセンチピードの殻』という、熱を加えて伸ばすと薄い板になる素材があり、ちょうどカードにできそうだと思って作ってみたのだが、予想通りメンバーには好評だった。スフェーニアに手伝ってもらって表面を焼いて模様をつけたりと苦労の一品だったがその甲斐はあったようだ。


 一部狼獣人娘がヒートアップしてハマりすぎているのが気になるところだが、時々相手をしてやれば満足するだろう。多分。


 5日目朝にロートレック伯爵領と王家直轄領の間の関所を抜けると、そこはすでに王家のお膝元だ。


 街道も道路の幅が広くなり、石畳の路面の滑らかさも一段階上になった感じで、いかにも王都が近づいている感が強くなってくる。


 しばらく街道を進んでいると、前方から冒険者のパーティが馬車と共に歩いてくるのが見えた。その4人には見覚えがある。エウロンのCランクパーティ『フォーチュナー』だ。彼らはオーズ国の冒険者シズナ嬢を王都まで護送していたはずで、もしかしたらどこかですれ違うかもとは思っていた。


「なんだソウシじゃねえか、奇遇だな」


 リーダーのジールが俺に気付いて声をかけてきた。


「お久しぶりです。ようやくお役御免になったのですか?」


「ああ、ちょっと前に依頼は終わったんだが、せっかくだから王都で少しゆっくりしてたのさ。子爵に頼まれて買い出しもあったしな」


 見ると馬車には行く時にはなかった荷物が詰め込まれているようだ。なるほどわざわざ王都まで行かせて手ぶらで帰らせるということもないか。


「それはお疲れ様です。シズナさんはお元気でしたか?」


「はは、途中で飽きたとか言ってダンジョンに入りたがったりしてたぞ。意外とお転婆なお嬢さんだったみたいだ。ところでソウシたちも王都に行くのか?」


「ええ、王家から召喚状が届きまして」


 そう言うとジールは眉を寄せた。


「またなんかやったのか?」


「実は先日『黄昏の眷族』を倒したことでBランクになりまして、そのせいでお呼びがかかったみたいです」


 俺の言葉にジールだけでなく『フォーチュナー』の他のメンバーも目を丸くする。


「『黄昏の眷族』!? 確かに『黄昏の眷族』が伯爵領に現れて討伐されたってのは噂で聞いたが、まさかソウシがやったのか? それにBランクって……前会った時はまだDランクだったよな?」


「ええ、成り行きで戦うことになりまして。Bランクもかなり例外的な処置のようです」


「いやまあ『黄昏の眷族』を倒したのならBランクは当たり前だとは思うが……しかし強いってのはなんとなく分かってたがまさかそこまでとはなあ。そういや後ろにいるのはギルドのマリアネだろ。もしかして専属か?」


「ええ、そうです」


「は~、とんでもねえ男と知り合ってたんだな。相変わらずかわいい娘ばっかりのパーティだし、はっきり言って王都でも相当に目立つぞ」


 最後はちょっと悪い顔になって言うジール。王都ならもっと冒険者パーティもいるのではないかと期待はしていたのだが、やはり『ソールの導き』のメンバーはなようだ。


「実はバルバドザでちょっと絡まれたりもしました。王都でも注意はしますよ」


「そうした方がいいぜ。じゃ、まあ王都を満喫してきてくれ。面白い場所ではあるからな」


「ええ、それでは……」


 と別れようとして、ふと思い出したことがあった。


「そうだジール殿、実はエウロンに私の知り合いの若いパーティが来ると思うんですが、よければ少し面倒を見てやってくれませんか?」


「へえ、パーティの名前は?」


「『銀輪』と言います。結構筋はいいと思うので是非。自分はしばらくエウロンには戻れないようでして」


「まあ話してみて悪くないようならちょっとは見てやるよ。やる気はあるんだろ?」


「ええ、強くなりたくてエウロンに来るはずなので」


「いいね、そういうのは嫌いじゃない。わかった、目はかけとく」


「ありがとうございます」


 これは完全に勘だが、『フォーチュナー』のジールと『銀輪』のカイムはウマが合う気がする。カイムに教えたスキルトレーニング法をジールが知ることもあるだろうし、互いにとって悪い話ではないはずだ。


 その後挨拶を交わして『フォーチュナー』の面々とは別れた。こっちの世界に来てから知り合いが増えていくのを感じるが、こういうのも悪くはない。そういえば王都にはトロント氏もいるのだった。彼ともどういう関係を築くことになるのか、それはそれで少し楽しみな気がするな。




 バルバドザを出て7日目の朝を迎えた。何もなければ今日の昼過ぎには王都につくはずだ。


 奇跡的(?)になにもない旅であったが、最後まで気を緩めない方がいいだろう……などと考えながら歩いていたのがマズかったのか、前方に擱座かくざした馬車を見つけてしまった。


 このシチュエーションは獣人のガシを思い出すが、街道の端でやや傾いて止まっている馬車は荷車ではなかった。誰が見ても上位貴族が乗っていると分かるような、純白の車体に金の装飾がなされた、恐ろしく高級そうな4輪の客車である。


 もちろんその周囲には20名ほどの上等な制服を着た兵士が立っている。中に4人ほど『覚醒者』と思われる者もいて、その4人の装備から見ても護衛の質は非常に高そうである。


「ソウシさま、あの馬車は王家のものです。紋章を隠しているのでお忍びという扱いですが、少し離れて通り過ぎたほうがいいと思います」


 フレイニルがそっと耳打ちをしてくれる。言われてみれば確かに馬車の一部分に不自然な布がかかっている。正直立派な馬車と護衛で王家だとバレバレだと思うのだが、もしかしたら「体面上お忍びだから庶民は見て見ぬふりをせよ」というような扱いなのかもしれない。


 見ると他の通行人も距離をあけてそばを通り過ぎている。まあ馬車が故障しても王家なら救助がすぐに飛んでくるだろうし、俺たちが声をかける道理もない。フレイニルに言われた通り街道の反対側に寄って通り過ぎる。


 護衛の『覚醒者』……おそらく元高ランク冒険者だろう……が俺たちを見て警戒の色を強める。こっちも見るからに冒険者の一団だから多少怪しまれるのはしかたない。というかこれは俺の担いでいるメイスのせいか。


 ともかくも何事もなくいけそうだとホッとしたのも束の間、後ろで馬車の扉が開く音がして、同時に少女のものと思われる声がこちらに届いてきた。


「フレイニル! そちらを歩くのはフレイニルではありませんか! お待ちになって、どうかこちらへ顔を見せにきてくれませんか!」


「そのお声はマルガロットお姉様……?」


 振り返ってフレイニルがそう答えると、護衛の兵士をかき分けて一人の少女が姿を現した。金髪緑眼、純白の簡易ドレスに黄金のティアラ、これこそお姫様といった装いの少女である。


「ああやはりフレイニル! 冒険者になったと聞いて心配していたのですよ。よかった無事で……」


 フレイニルが近づいていくと、マルガロットと呼ばれた少女はフレイニルを抱きしめて涙を流し始めた。


 フレイニルも目に涙を浮かべて抱きしめ返しているところからして、感動の再会という感じである。ただ雰囲気的に、どう見てもあの少女はこの国のお姫様なんだよな。


 王家に召喚されている以上どこかで二人は再会することにはなっただろうが、まさか衆人環視の前でそうなってしまうとは。久々に『悪運』氏の意地の悪さを垣間見た思いである。

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