12章 王都にて  04

 その夜ベッドで横になっていると部屋の扉がノックされた。「どうぞ」と声をかけると入ってきたのはマリアネだった。


 寝る時のラフな格好なのだが、胸元がかなり無防備な感じなのでドキリとしてしまう。彼女の体型は俺が日本で見たどの女性よりも官能的なのだ。


「すみません、ソウシさんにお話が」


「さっきしなかったということは内密な話か?」


「はい、今のところはソウシさんだけにお伝えしておきたい事項です」


 マリアネに椅子に座るよう促し、俺はベッドの上で上半身を起こしあぐらをかいた。


「聞かせてくれ」


 マリアネは少しだけ目を伏せてから、顔を上げて話を始めた。


「さきほど『ソールの導き』がギルドに注目されているというお話をしましたが、実はグランドマスター本人が非常に関心を持っているのです。しかもその関心は主にソウシさんに向けられています」


「グランドマスターが俺に?」


「はい。『ソールの導き』の事績は基本的にソウシさんに口止めされたこと以外はすべて伝えていますが、やはりレアケースへ遭遇率の異常さが気になっているようです。しかも『黄昏の眷族』を一人で討伐したというところから、レアケース遭遇の中心にいるのがソウシさんであると気付いたようです。もちろん先日教えていただいたスキル鍛錬法についても注目しています」


「なるほど……。そう言われてみると目をつけられるのは当然か」


「さらに言えば、先日の『彷徨する迷宮』、そして今日の『聖獣』の件もすぐにでも自分の元に呼び寄せて話を聞きたいと言っているほどです」


「ずいぶん熱心なんだな。グランドマスターなら恐ろしく忙しい身の上だろうに」


 俺がそう言うと、マリアネは微妙にバツの悪そうな顔をした。


「……実はグランドマスターはかなり癖のある人で、実務はサブマスターに任せっきりというところがありまして……。ご自分は興味が湧いたことにつきっきりになることが多く……」


「それでグランドマスターが務まるのか?」


「実績はある人なのです。ガイドを作らせて冒険者の生存率を高めたのもグランドマスターですし」


「なるほど。それじゃ会えるものなら俺も一度会って礼を言っておきたいな。ちなみに王都にいるのか?」


 そう聞くと、マリアネは首を左右に振った。


「いえ、冒険者ギルドの総本部は北のアルデバロン帝国の帝都にあります。グランドマスターもそこにおります」


「北の帝国? それはまた……」


 確かに冒険者ギルドが国際的な組織というのは聞いたが、まさか総本部が隣国にあるとは思わなかった。確かにこの大陸では北の帝国が最大勢力ということなので、当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。


「いずれにしても帝国に行くとなればBランク、できればAランクになっておいた方がいいでしょう。その方が国境を越える時の面倒が減りますので」


「ふむ……。Aランクが国を出るとなると王国側がなにか言ってきそうな気もするが大丈夫なのか?」


 Aランク冒険者となるとはっきり言って国防的にも重要な人材である。前世でいう戦略級兵器みたいな扱いになってもおかしくないレベルだと思うのだが……。


「そこは過去にギルド……というか冒険者と支配階級との間にいろいろありまして、冒険者の移動を妨げないということになっています」


「なるほど、歴史があるんだな」


 冒険者ギルド自体面白いシステムだとは感じているところだが、考えてみれば一朝一夕で作られるようなものでもない。冒険者の自由を確保するために恐らく多くの人間の苦闘があったのだろう。そこは頭が下がるばかりである。


「分かった。グランドマスターにはAランクになったら会いに行こう」


「よろしいのですか?」


「俺自身ちょっと興味があるしな。誰でも会える人間でもないだろうし、情報の共有も必要だろう」


 冒険者になってから『悪魔』『黄昏の眷族』『彷徨する迷宮』『聖獣』といったものに立て続けに遭遇してきたが、これらはこの世界にとってかなり重要な案件である気がする。なぜそれに俺が関わってしまうのか……はおいておくにしても、この世界で生きていく以上無視はできそうもない。だったら有力者にできる限り協力して、事態を収拾してもらったほうがいいのは確かだ。


 ただ問題は、その時に俺たちにも面倒ごとが確実にふりかかるだろうということなのだが。




 翌日は一日色々と買い込みを行った。穴の開いてしまった俺の盾についてはオーダーメイドを考えていたのだが、時間がないので既製品で一番ヘビーなもの買っておいた。今までのものと同等品が買えたので文句はないが、正直すでに物足りなく感じているので次はオーダーメイドになるかもしれない。


 一応ギルドに寄ってマリアネの護衛依頼を形式上受ける。ついでに俺がBランクになったことを知らされたが、事前に分かっていたことなのでそれほどの感慨もない。本来ならかなり喜ぶべきことのはずなのだが……昇格が早すぎて感覚が麻痺しているのを実感する。


 夜はささやかながら昇格のお祝いをしてもらい、その翌日の早朝、俺たちはバルバドザの町を出立した。王都までは一週間だが、間には一つ町を挟むのでその分気は楽である。


「まさか王都に王様に会いに行くことになるとは思わなかったなぁ。フレイは会ったことあるの?」


 街道を歩きながら、ラーニが相変わらず遠慮のないことを聞く。といってもフレイニルもどこかふっきれたのか特に嫌がる雰囲気はない。


「そうですね。小さい頃に何度か、一番最近だと聖女候補になった時にお会いしました」


「どんな王様なの?」


「私としては優しくしてくださったという思い出しかありません。私より3つ年上のお姫様がいて、姉妹のように扱ってもらいました」


「ふぅん、でもフレイってホントに貴族さまだったんだね。王様にまで会ったことがあるなんてすごいかも」


「単にそういう家に生まれただけですから……。でも冒険者として会うのは初めてですから皆さんと同じです」


 フレイニルの言葉に、スフェーニアが「そうですね」と微笑み、マリアネが黙って頷く。


 俺も頷いてやりつつ、ちょっと気になったことを聞いてみることにする。


「姫君がフレイの3つ違いということは、国王陛下はまだお若いのかな?」


「そうですね……、確か即位されたのが6年前でしたが、その時が38歳でいらっしゃったと思いますので……」


「44歳か。俺とあまり変わらないんだな。国王としてはだいぶ若い感じか」


 王様というとどうしても立派な白髭をたくわえたご老体というイメージだが、どうやらこれから会う国王陛下は違うらしい。前もって聞いておいてよかったな、と思っていると、ラーニとフレイニル、そしてマリアネがじっと俺の顔を見ているのに気付いた。


「ん? なにか変なことを言ったか?」


「いえ、改めてソウシさんのお歳を聞くと、やはり見た目とだいぶ違うと思いまして」


 マリアネの言葉にラーニとフレイニルも頷く。


 俺の見た目が年齢通りに見えないということだろうが、生前特に若いとも老けているとも言われた覚えはない。そう言えばこの世界に鏡はあることはあるらしいのだが、金持ち御用達らしくこの世界に来てから見たことはない。髭も手の感触で剃ってるだけだし、自分の顔をしばらく見てない気はするな。


「あ~、俺はどう見えるんだ?」


「もっとお若いように見えます。いえ、最初に会った時より若返ったのかもしれません」


「言われてみればそんな感じかも。最初に会った時はもっと年上に感じた気がする」


 フレイニルとラーニがそんなことを言う。スフェーニアとマリアネも「言われてみれば……」と頷いているので確かにそうなのだろう。


「鏡を見てみないと分からないな。確かに冒険者になってから身体も頑丈になって若返った気はするし、それが顔にまで影響を与えているのかもな」


「上位冒険者が肉体的に老いづらくなるというのは以前から言われています。もしかしたらそれに加えて、年齢が高い状態で覚醒すると若返るということもあるのかもしれません」


 マリアネの仮説はなかなかに魅力的だが、そこまで期待すると肩透かしを食うこともありそうだ。


「王都には鏡くらいあるだろうし、自分の目で確認しないとなんとも言えないな。若返りの効果があるなら嬉しいが……」


「ホントにそんな効果があったら、女の人は覚醒したいとか言い出すかもねっ」


 ラーニが笑いながら言うと、マリアネが訳知り顔に頷いた。


「実際歳を取らないなら冒険者になりたいということを言う方はいますね。大抵は冒険者の実態を知って尻ごみをしますが」


「そもそも覚醒するかどうかは完全に運なんだろう? それに上位冒険者になることはさらに難しいだろうしな」


 俺たちは感覚が麻痺気味だが、実際はCランクになるのすら簡単ではない。無理すればあっさり命を落とす稼業であるし、歳を取らないことを目的にやるものではないだろう。俺が言うと完全にブーメランにはなるのだが。


「ソウシさまがお若くなるのなら、私がもう少し年をとればちょうど良くなりますね」


「そうだね。見た目だけでも若ければ問題ないよね」


「エルフはもともと年齢は気にしませんので」


「……『ソールの導き』にとっては重要な意味を持つお話ですね。長期間継続して観察する必要がありそうです」


 マリアネ以外のメンバーのセリフが微妙に気になるのだが……間違いなくおっさんが邪推するような意味ではないはずだ。俺は「そうだな」とだけ言ってこの話題を切り上げた。

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