11章 彷徨する迷宮(ワンダリングダンジョン) 08

 地上に戻ると、ライラノーラ言った通りダンジョンの入り口は崩れてなくなってしまった。


 廃村にはアンデッドの姿はなく、この村に入った時に感じた違和感も消えていた。そういえば発生したアンデッドモンスターは村からあまり出てこないということだった。地上までがダンジョンの領域化していたということならその説明がつくのかもしれない。


 バルバドザの町に帰り着いたのは夕刻の少し前だった。


 伯爵への報告はパーティのリーダーである俺とギルド職員のマリアネの二人で行くことになっている。いったん全員で宿に戻ってから、俺とマリアネの2人は服装を整えてから再度宿を出た。


「ソウシさん、すみません、いったんギルドへ寄ってもらってよろしいでしょうか?」


 ギルド職員の制服になったマリアネだが、あのダンジョンを出てからずっとなにかが気になっているようだった。


「ライラノーラの名前も気にしてたし記録を調べるつもりか?」


「はい、確認だけなのでお時間はそれほど必要ないと思います」


「分かった、それならいったんギルドへ行こう」


 ギルドにつくと、マリアネはすぐに奥の部屋へ入っていった。


 俺が掲示板の方へ向かうと、ちょうど『黎明れいめいいかずち』のガーレンがギルドに入ってくるところと鉢合わせた。


「ようソウシ、今日は伯爵様の依頼に行ってたんじゃないのか?」


「ええ、調査が終わったので戻ってきたところです。これから伯爵様のところへ報告ですよ」


「そりゃご苦労さん。ああそうそう、ニールセンは今日この町を出たぞ。どうやら出身地に戻って出直すみたいだな」


「そうですか。ちなみに彼の出身地っていうのはどちらなんでしょうか」


「公爵領の方だな」


「公爵? アルマンド公爵ですか?」


「そうだ。あいつは元々そっちの出でな。それなりにいい家の出だったらしいんだが、覚醒して冒険者になるしかないってことで随分荒れたらしい。幸い冒険者として力があってBランクまでなったんだが、そのせいで今度は別の方に歪んじまったようだな」


「なるほど……」


 ニールセン青年がアルマンド公爵領に向かったというのはいい情報かもしれない。フレイニルの件もあってこちらはアルマンド公爵領には行くつもりがないし、今後彼と顔を合わせる可能性が低くなるというのは正直ありがたい。


「まあともかく面倒を押し付ける形になっちまって悪かったな」


「いえ、あの場は仕方なかったと思いますよ」


 俺があたりさわりのない対応をしていると、奥の部屋からマリアネが出てきた。


「お待たせしました。調べ終わりましたのでいつでも出発できます」


「分かった。ガーレンさん、では」


「おうお疲れ」


 ガーレンと別れてギルドを出ると、俺とマリアネは一路伯爵邸へと向かった。




 城門前で番兵に話をすると、待つことなく中に通された。


 手入れの行き届いた庭を抜け、城のような伯爵邸へと案内される。


「あ~ソウシさん、こちらへどうぞ~」


 玄関前で、伯爵の双子護衛の姉レイセイが出迎えてくれた。高級なインテリアに気後れしながら後をついていくと、なんと通されたのは伯爵の執務室であった。最優先で報告せよとの依頼ではあったが待ち時間なしとは少し驚きである。


 執務室の応接セットのソファにマリアネと共に座らされ、白髯で好々爺然とした伯爵と相対する。伯爵の後ろにはレイセイ、レイナン姉弟が控えており、それ以外に30代の丸眼鏡をかけたインテリ男性が横に座る。まだ若いがロートレック伯爵家の家宰らしい。言われてみれば雰囲気がバリウス子爵のローダン氏に似ているかもしれない。


「当日中に解決するとは随分と仕事熱心じゃのう。どれ、では報告を聞かせてもらおうかの」


 伯爵の言葉に従って、俺は今日あった出来事をすべて報告した。時折マリアネにも確認を取り相違がないか確かめることも忘れない。証拠となるものが一切ないのが歯がゆいが、伯爵は特に疑うふうもなくふむふむと言いながら最後まで聞いてくれた。


「なんとも奇妙な話じゃのう。ダンジョンの奥に話をするヴァンパイア、しかも踏破すると消えてしまうダンジョンとは。ギルド職員としてはどう考えておるのかの?」


 伯爵が水を向けると、マリアネは頷いて話し始めた。


「実は『ライラノーラ』という名に覚えがありギルドの資料を調べてまいりました。結果として、今回出現したダンジョンは『彷徨するワンダリング迷宮ダンジョン』ではないかと考えています」


「『彷徨する迷宮』……。エイロック、聞いたことはあるかの?」


 伯爵はそう言って、横に座る丸眼鏡のインテリ男性……家宰のエイロック氏を見る。


「聞いたことはございます。古に邪龍が現れ大陸が危機に瀕した際、その前触れとしてダンジョンが新たに現れるという現象が起きたとか。それを当時の人々は『彷徨する迷宮』と呼んでいたかと記憶しております」


「ふむ。マリアネ殿、相違ないか?」


「はい、その通りです。200年ほど昔の話になりますが、当時の記録を見たところ、『彷徨する迷宮』の最下層には『ライラノーラ』と名乗る女吸血鬼が現れたと記述がありました」


「ふうむ……」


 伯爵は深いため息をついて腕を組んだ。

 

 俺も伯爵邸への道すがらその話を聞いた時には似たような反応をしてしまった。ここのところ新しい情報が立て続けに入ってくるのだが、その中でも重要度の高さでかなり上位に食い込む話な気がするのだ。


「すると、今回『彷徨する迷宮』が再び現れたということは、この国や大陸によからぬことが起こるのかもしれんと、そういうことになるのじゃな?」


「過去の記録がそれしかありませんので断言はできません。さらに古い記録を当たる必要があるのではないでしょうか」


 マリアネの言葉はその通りで、過去の一例だけで判断できるものではない。とはいえ俺としてはどうにも嫌な予感がぬぐえないのも確かだった。『悪運』スキルがそこまでの大仕事をするとは思いたくないが……。


「うむ、確かにそうじゃな。この件はとりあえず陛下のお耳に入れておくことになるじゃろう。とはいえ本腰を入れるのは今後同様の現象が起こった時じゃろうな。ギルドとしてはどのような対応になりそうかの?」


「グランドマスターには情報を上げますが、対応としては同様にものになるのではないかと思います」


「しばらくは内密の話になりそうじゃのう。しかし単なるアンデッドの群が大きな話になったものじゃな。これは老骨も休む暇がなくなりそうじゃ、ソウシ殿の件も含めてのう」


「は……」


 伯爵に含み笑いを向けられて俺は一瞬うろたえてしまった。


 確かに色々訳ありが多いパーティな上に、立て続けに妙なモンスターやらダンジョンにも関係してきている。どうあっても支配階級に注目されてしまうのは仕方がないのかもしれない。もっとも俺が異世界から来たという一番の秘密は、誰も信じてはくれないだろうが。


「相分かった。この度の働き大変ご苦労であった。報酬は規定通りギルド経由で受けとられたい。それとソウシ殿はこの後は王家よりの呼び出しがあるまではどのように過ごすつもりかの?」


「は、まずはバルバドザ周辺のダンジョンを踏破する予定です。その後は依頼などを受けようかと思っています」


「うむ、熱心で大変結構なことじゃな。今後の状況次第では有能な冒険者が必要なことになりそうであるし、その点も期待をしているぞ」


「ありがとうございます。冒険者として期待に沿えるよう粉骨砕身努力いたします」


「ほっほほ、面白い男じゃの。冒険者というものは若い者が多い。ソウシ殿のように思慮の深まった年齢の人間は貴重じゃ。その点もわきまえておかれるとよかろうの」


「はっ」


 なるほど伯爵の言うことももっともかもしれない。冒険者としてはまだ経験が浅すぎて実感が湧かないが、望むと望まざるとに関わらず、俺の年齢ならそういった期待をされることは避けられないのだろう。ただ少しでも長生きできればいいと思っていたが……やはり人生なんて思い通りにはいかないものだな。

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