11章 彷徨する迷宮(ワンダリングダンジョン) 09

「じゃあ明日から周辺のダンジョン攻略をするんだね。低ランクからってことだよね?」


「そうだな。バルバドザにはFからBまで一つずつ揃ってるようだから、FからDまでは一日ずつでやっていこう」


 俺はラーニに答えながら料理を口に運ぶ。


 宿に戻るとすぐに夕食となった。伯爵とのやり取りについてざっと話をした後、話は自然と今後の予定に移った。 


「オッケー。Bはまだ入れないしね。ここのDとCは何階層なの?」


「Dは10階層、Cは15階層だそうだ」


「それだとCまで入っても一週間くらいで終わっちゃうね。その後お呼びがかかるまではどうするの?」


「依頼を受けようかと思う。全員Bに上がるには結構な数の依頼達成が必要だろう。そうだろうマリアネ?」


「はい。討伐、護衛、調査、採取、これらを一通り以上こなす必要があります。調査と討伐は今回の件で1づつカウントされます。護衛も私と伯爵のものを行っておりますので問題ありません」


「とするととりあえず採取は優先的にやっておいた方がいいか。マリアネ、いい依頼があったら紹介してくれ。ダンジョン攻略中でも構わない」


「わかりました」


 うん、専属職員付きというのはとんでもないアドバンテージだな。しかもマリアネはかなりの腕利きであるし。


「ところでソウシさま、今回のダンジョンは結局どのようなものだったのでしょうか?」


 フレイニルの質問にラーニもスフェーニアも興味ありそうな顔をする。伯爵からも強くは口止めされたわけでもないので、パーティメンバーくらいは情報共有しておいたほうがいいだろう。マリアネも特に気にした風もないしな。


「マリアネが調べたところによると、『彷徨するワンダリング迷宮ダンジョン』というちょっと特別なダンジョンだったらしい。随分と昔にも現れたことがあって、やはりライラノーラという人物が出てきたようだ」


「『彷徨する迷宮』……教会で聞いたことがあります。良くないことが起こる前兆とか」


「そういう説もあるみたいだな。しかしあくまで昔の話だから、それが正しいかどうかは分からないけどな」


「ふうん……。でもなんかライラノーラって人はそんな悪い人って感じじゃなかったよね。ソウシもそう思ったから丁寧に話をしてたんでしょ?」


 ラーニがそう言うと、なぜかフレイニルがじっと俺のことを見つめてきた。いや、スフェーニアも聞き耳を立てているような……。


「……明らかに理性的だったし、敵対的な態度も取っていなかったからな。『黄昏の眷族』みたいにこちらを見下したような感じもなかったから普通に対応しただけだ」


「でもすごい美人だったよね。スフェーニアもすごいけど、それとも別なキレイさがあるって感じ」


 そう言うラーニの顔は妙にいたずらっぽいニヤケ顔だ。これはあれだな、言質げんちをとって俺をいじろうとしているな。


「確かに人間離れしている感じはあったな。そういえば彼女は自分を『吸血鬼』と言っていたが、この世界……じゃなくてこの大陸には『吸血鬼』なんて種族はいるのか?」


 話題をそらされて「ぶ~」とか言っているラーニの代わりにスフェーニアが答えた。


「モンスターでなく、種族ということでしたらこの大陸にいるというのは聞いたことがありません。『黄昏の庭』には似たような種族がいると聞いたことがあります」


「『黄昏の眷族』のひとつということか? この間のザイカルみたいな奴ばかりじゃないんだな」


「ええ、この大陸にやってくる『黄昏の眷族』そのものは多種多様で、中には腕が複数あったり人間の姿をとらない者ですらいるそうです」


 それはまた面白い話だ。『黄昏の庭』、俺がもしさらに強くなることがあったら行ってみたい……などと考えると『悪運』氏が仕事をしてしまいそうだな。


 俺がそんなことを考えていると、じっと俺を見ていたフレイニルが身を乗り出してきた。


「ところでソウシさまは、結局その『彷徨する迷宮』自体のことはどうお考えなのですか? ライラノーラさんのことを含めて、です」


「どうと言われても、今回の一件では判断のしようがない。彼女の話だとあのダンジョンは今後も現れるようだし、考えるのはそれからでもいいんじゃないか」


「また会いに行くということですか?」


「いや、会いに行くとかじゃなくてな……なんでそんなにライラノーラのことを気にするんだ?」


「え!? それ聞いちゃうの?」


 ラーニがなんかうわぁ……みたいな顔をして俺を見る。スフェーニアも少し意味ありげな目で俺を見るし、マリアネは小さく溜息をついている。


 フレイニルは……顔を赤くして下を向いてるんだが、一体なんなのだろうか。


 やっぱり俺がライラノーラに見とれてたとかそんな風に見えたんだろうか。正体不明の人物なのだから観察はしたが、さすがにあの場面でそれ以上の感情はなかったはずだ。


 しかし年頃の女の子にはそうは見えなかったのかもしれない。なんとも女子相手は難しいものだ。




 その夜ベッドで横になりながら、俺はふとライラノーラのことを考えていた。


 といってもフレイニル達が考えるような意味でではなない。


「ダンジョンに入る理由……助け、か……」


 彼女は自分を「人間の助けになる人物」と言っていた。そしてそれが「ダンジョンに入る理由」、すなわち「スキルや宝、経験を得る」ことと関係があると。


「それってつまりダンジョンが人の助けになっているということ、だよな」


 多少論理の飛躍はあるが、彼女の言葉からはそういう意味合いが感じられた。


 思えば確かにこの世界はダンジョンからかなりの恩恵を受けている。以前はダンジョンからモンスターが溢れてくることがあったせいで(それをオーバーフローやスタンピードなどと言ったらしい)ダンジョンはイコール災害と考えられてきたようだが、今や街中で生活する限りダンジョン産の素材は生活に必須といっていいレベルで浸透している。


「そう考えるかぎりではダンジョンっていうのは川みたいなものか……?」


 地球では古来川は人類に数多の恩恵をもたらした。一方で氾濫した時の脅威は恐るべきものだ。しかし治水が進み、人間は恩恵をより多く受けるようになった。この世界のダンジョンもありようとしては似ていると言えば言えなくもない。


「『最古の摂理』、だったよな」


 そこで思い出されるのがその言葉である。ライラノーラは自分が『最古の摂理』なるものに従っていると言っていた。それが例えば地球でいう『自然の法則』のようなものを指すのであれば、ダンジョンはやはり自然の一部と言える。それが違う世界出身の俺にとっていかに奇異なものに見えようとも。


「でもそれなら『人間の助け』とは言わないよな」


 そう、自然であるならそれはそれでいい。だが自然というものは言うまでもなく「それ自体で」存在しているものだ。別に人間にとって都合がいいように作られているわけではない。


 それに対して、ダンジョンは明らかに人間の役に立つように作られているのだ。倒すと素材を残して消えるモンスター、人間が作れないような道具を生む宝箱、そしてスキルを与えるボス……ゲーム的なまでに人間に寄り添ったシステムである。


「とすれば『最古の摂理』とはなんなのか……今度ライラノーラに聞いてみるか。答えてくれるかどうかは微妙だが……」


 もしかしたら違う世界から来た俺ならこの世界をより深く理解することもできるのではないか……そんなとりとめのないことを考えているうちに、俺の瞼は落ちていた。

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