11章 彷徨する迷宮(ワンダリングダンジョン) 06

 首無しの鎧剣士を退けながら進んでいくと、30分ほどでボス部屋の扉前までたどり着いた。


 ここまで『ソーディアー』は全20体ほど出現したが、マリアネによると並のBランクパーティでは苦戦するレベルということだ。俺が近接物理属性の敵に強すぎるので感覚が麻痺してしまうが、相当に難度の高いダンジョンであることは間違いないだろう。


「さてボスだが……ここまで来て入らないという話もないな」


「賛成! フレイの『後光』もあるんだし、こっちは5人だし、それに実質Aランクのソウシがいるんだから問題ないでしょ」


 ラーニが手を挙げてぴょんぴょん跳ねる。まるで遊びに行く前の子どもみたいだが……年齢的にはおかしくはないのか。


「ギルドとしても、新しいダンジョンとなれば結局は有力なパーティに一度踏破を依頼しなければなりません。『ソールの導き』はすでにその『有力なパーティ』の一つですので、このまま調査をしていただきたいところです」


 というマリアネの話もあり、ボス挑戦は決定となる。


「よし、ならいつもの通りで行こう。ちなみにマリアネ、このダンジョンがBクラス上位のアンデッドダンジョンだったとして、ボスとして想定されるのはどんな相手がいるんだ?」


「そうですね……魔法系の『グランドリッチ』、戦士系ですと『ヘッドレスアデプト』、霊体系ですと『オーロラファントム』……あとは魔人系の『ヴァンパイア』とかでしょうか」


「面倒そうなのは魔法系と霊体系か。その時はフレイとスフェーニア、それとラーニの魔法剣が頼りになるな」


「お任せください」「分かりました」「任せてっ!」


 個人的には有名な『ヴァンパイア』に会ってみたいが……まあそれはいいか。


「よしじゃあ行こう」


 全員の準備完了を確認して、俺は墓石を模した大きな扉を押し開けた。




 そのボス部屋は初めて見るタイプの空間だった。


 雰囲気としては王城の謁見の間、みたいな雰囲気である。入り口から真紅のカーペットが奥に向かって敷かれ、奥に雛壇ひなだんがあり、その上に玉座のような椅子がしつらえられている。


 そしてその椅子には、すでに何者かが足を組んで座っていた。


「あら? さっき入ってきたと思ったらもうここまで来てしまったのね。結構強い人間なのかしら」


 そのモンスター……いや人物は、グラマラスな身体を真紅のドレスに包んだ、震えがくるほどの美女だった。


 銀というより純白に近いロングヘア、切れ長の目には鮮血を思わせる赤い瞳、紅を引いたように朱の唇にはいんび靡な笑みが浮かんでいる。


 透き通るほど白い肌はおよそ人のものとは思えない、どうにも幻想的な雰囲気の女性であった。


「えっ待って、モンスターがしゃべってる!?」


 ラーニが声を上げると、その女性は気分も害した風もなく足を組みかえた。


「モンスターとは少し失礼ではなくて? これでも人間にとっては協力者という立場なのですけれど」


「それは失礼しました。彼女の失言はお詫び申し上げます」


 なにか言いたそうなラーニを下がらせて、俺は一歩前に出た。


 まったく状況はつかめないが、直感で目の前の女性とは敵対すべきではないと感じたのだ。


 新しくできたダンジョンの最奥に、いかにも重要人物っぽい美女。しかも口元からのぞく牙を見えれば彼女が『ヴァンパイア』かそれに類する存在なのは明らかだ。この世界では『ヴァンパイア』はモンスター扱いのようだが、どう見ても目の前の人物はそれと同一視できる感じではない。


「貴方がリーダーかしら?」


「はい。冒険者パーティ『ソールの導き』のソウシと申します。お見知りおきを」


「ふふ、お話が通じそうな冒険者さんでよかったわ。時々有無を言わさず襲い掛かってくる乱暴者もいるようですから」


 そう言いつつ、玉座の上から涼しげな目を向けてくる美女。


 さて、どう対応したものか。といっても、まずは社会人として常識的な対応を試みるしかない。


不躾ぶしつけですが、貴女がどのような方なのかお教えいただきたいのですが」


「わたくしはライラノーラ、『最古の摂理』より生みだされた……なんでしょう? 貴方がたの概念で言えば、『吸血鬼』という存在が近いのでしょうか。もっともわたくしは血など好んで吸いませんけど」


「ありがとうございます。ライラノーラさんがこちらにいて、我々とこのようにして会ってくださっているということは、そこになにか理由があるということでよろしいのでしょうか? 先ほどは協力者とおっしゃっていたと思いますが」


「理由がある、というのとは少し違いますわ。わたくしは『摂理』に従ってここにいるだけで、それ以上のものではありません。ただ、わたくしがここにいることが貴方がた人間の助けになる、という意味で協力者と申し上げました」


「ふむ……?」


 かなり抽象的な答えで要を得ない。こういう時は具体的な話を聞いてしまうに限るな。


「助け、というのは具体的にはどのような形で助けになるのでしょう?」


「貴方がたは何のためにダンジョンに入るのですか? そこに答えはあります」


「ダンジョンに入る理由、ですか? そうですね……スキルと宝と戦いの経験を得るため、でしょうか」


「そうです。わたくしがここにいることで貴方がたはそれを得られるのです。お分かりになりますかしら」


 ライラノーラはそう言って微笑んで見せた。彼女の言うことはなんとなく分からなくもない。ただそれが本当だとするなら……


「もしかしてダンジョンボスと同じように、貴女と戦えということなのですか? スキルや宝を得るために」


 俺がそう言うとライラノーラは目を細め、そしてしなやかな動作で玉座から腰を上げた。


「ふふっ、察しがよくていらっしゃるのね。わたくしが貴方たちの助けになるかどうかは、実のところすべて貴方たち次第なのです。わたくしに勝てるなら必要なものが得られ、負ければ命を失う、そういうことになりますの」


「なるほど分かりました。最後にもう一つ、貴女は討伐された場合命を失うのですか?」


 我ながら変な質問とは思ったが、言動からいって彼女は超常的な存在のはずである。手加減をする必要があるかどうかにも関わるし、聞いておくべきことだと判断した。


「あら、心配してくださるなんてお優しくていらっしゃるのね。ご安心くださいな、わたくしは不滅。この場にて肉体を失っても別の場所にて復活いたします。遠慮なくかかっていらしてくださいませ」


「そういうことでしたら遠慮なく戦わせていただきます。皆、いいな?」


 振り返って皆の顔を見る。


「はいソウシさま。戦えと言うのなら戦います」


「なんか話が良く見えなかったけど結局ボスってことでしょ? なら戦うしかないよね」


「先ほどの会話でだいたい事情は分かりました。とりあえず戦いましょう」


「ライラノーラ……ギルドの資料にあったような……。いえ、今はいいですね。戦いましょう」


 話が早くて助かるな。マリアネは気になっているようだが、ライラノーラの考察もあと回しだ。そもそもまだ勝てる相手かどうかも分からないのだし。


 俺は頷いて再びライラノーラの方に顔を向けた。


「こちらは大丈夫です。はじめてください」


「分かりましたわ。では、そちらも5人ということなら一応数を合わせようかしら。それくらいはお許しくださいな」


 そう言うとライラノーラは優雅な動きで両腕を広げる。彼女の前に黒い靄が立ちのぼり、首なしの鎧戦士『ヘッドレスソーディアー』が4体出現した。

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