11章 彷徨する迷宮(ワンダリングダンジョン) 04

『黎明の雷』のガーレンに紹介された宿に部屋を取った俺たちは、その食堂で夕食が来るのを待っていた。


「スフェーニア、ああいう物言いをしてはいけないぞ。男ってのはああ言われたら引けなくなるんだからな」


「申し訳ありません。しかしソウシさんがあなどられていたのが我慢ならずについ……」


 さすがにニールセン青年の一件は最初の対応もマズかった気がする。一応そのことを注意したのだが、スフェーニアにそう言われるとこちらとしても返す言葉が難しい。


「俺をかばってくれるのは嬉しく思うが、わざわざトラブルになるようなことはするべきじゃない。フレイもラーニも、煽るような態度をとってはダメだ」


「申し訳ありませんソウシさま」


「は~い、ごめんなさい」


 2人にも注意をすると反省の様子は見せてくれる。もっともフレイニルは本気で落ち込んでいるようだが、ラーニは少し怪しいな。


 正直なところスフェーニアがどんな態度をとっても同じ結果だったとは思うが、年長者兼リーダーとしては言うことは言っておかないといけないだろう。


「マリアネ、今回の件は特にギルドでは問題にならなかったのか?」


「はい。彼らがもともと扱いかねていたパーティだったというのは事前に確認が取れていましたので。むしろ感謝されましたね」


「そこまで話を聞いてたのか……」


 それならばマリアネのあの対応も分からなくはないが……事前に言ってくれても、といってもそのタイミングはなかったか。


 結局ニールセン青年については、表面上は『訓練』で気絶したというだけなのでさすがにギルドとしてもランクは落とせないとのことだった。その代わりニールセン青年のパーティメンバーから『個人的』に謝罪(要するに金)を受け取った。その上で彼らは明日にはこのバルバドザを出ていくらしい。まあパーティ全員がいままでさんざんイキがっていたようなのでそれも仕方ないだろう。彼らが更生するか、それとも俺に対して恨みを募らせるかは分からないが……。


「でもなんだかんだ言ってアイツもBランクっぽいところはあったね。動きも速かったし、攻撃も威力はありそうだった」


「そうですね。ソウシさまの動きも速くて……すごいと思いました」


 食事が運ばれてくると、ラーニとフレイニルがそんなことを言った。スフェーニアとマリアネもそれに頷いている。


 そんなに速かったか? と言いそうになって、確かにニールセン青年の連続攻撃のスピードがかなりのものだったと思い直す。俺の感覚が少しズレている気がする。もしかしたら体感時間を遅くするようなスキルが身についているのかもしれない。


「それでも軽く当たっただけで気絶させてしまうのですからソウシさんの強さは天井しらずですね。あちらの反応が少しでも遅れていたら大変なことになっていたでしょう」


 スフェーニアが微笑みながら言うと、ラーニがいじわるそうな顔で俺を見る。


「そうそう。しかも倒した後で『これで終わりか?』とか言っちゃうんだもんね。ソウシも煽ってたと思うけどなぁ~」


「いやあれはそういう意味じゃなくてだな」


「あれ聞いてあそこに集まってた冒険者たちかなりビビってたよ。おかげでこの町では絡まれなくて済みそうだから良かったけど」


「さすがソウシさま、そこまでお考えだったのですね」


「いやだから……」


 フレイニルは目をキラキラさせているが、このままでは『イキがったおっさん冒険者』という不名誉極まりない烙印が……。やはり『黒歴史』スキルの存在が怪しまれるな。先日のザイカルでの件もあるし、しばらく自重しないとこのままランクが上がってもロクでもないことになってしまいそうだ。




 翌日は朝一で伯爵の依頼を受けにギルドへと赴いた。


 カウンターでマリアネから『アンデッドモンスター大量出現の調査』依頼を受領する。


 それはいいのだが、こころなしかどうも冒険者たちの俺を見る目が違う気がする。何もしてないのに自然と道ができているような気もするし、遠巻きにされているような雰囲気もある。


「ようソウシ、もしかして例の指名依頼か?」


 唯一態度の変わらないガーレンが俺のところに来てくれた。それで妙にホッとしてしまうのは俺の中身がまだ小心なおっさんのままだからだろうか。


「ええ、しばらく町を離れることになりそうです。昨日来たばかりなんですけどね」


「ははっ、信用のある冒険者ってのは仕事が増えるもんだ。Bランク以上で名が知れ始めると貴族様のスカウトとかもあったりするからな。そっちに流れる奴も多いし、高ランクのフリーは依頼に事欠かん」


「スカウト、確かにそういうルートもあるみたいですね。といっても多少腕力はあっても自分はまだCランクですし、ダンジョン優先でのんびりやりますよ」


「地上のモンスター相手も経験は積んどいたほうがいいぞ。なんだかんだ言って俺ら冒険者に求められてるのは地上のモンスター退治だからな。『黄昏の眷族』なんてその代表例みたいなもんだ」


「ああ、言われてみれば……」


 やはり先達の言葉は勉強になる。確かに『ソールの導き』はフィールドモンスターの討伐経験はそこまで多くない。イレギュラーの相手は段違いに多い気もするが。


「おっと、手続きがすんだようだ。じゃあな、気を付けて行けよ」


「そちらもお気をつけて」


 どちらにせよ今日から行く調査はいい経験になりそうだ。アンデッド相手ならフレイニルのおかげでそうそう遅れはとらないだろう。後は勤勉さに定評のある『悪運』スキル氏がどれだけの仕事をするかだ。




 アンデッドが出現している場所は、バルバドザから西に走って2時間ほどの場所にある廃村であった。そこまでの道もすでになく、元は農地だったと思われるところも木がまばらに生えていてすでに収穫の跡もない。


 開墾された農地を放棄するなどこの世界ではありえない気もするのだが、村が廃れる理由が何かあったのかもしれない。


「ソウシさま、あの廃墟の中にすごい数のアンデッドがいます。情報の通りですね」


 廃墟が目視できる距離でいったん立ち止まると、フレイニルがそう言った。


「そうか。しかし大半が廃墟から出てこないというのも不思議だが……とにかくまずは出現している分を退治してみるか」


 依頼を受ける際にもちろん情報はある程度は聞いたのだが、それによると大量に出現しているアンデッドは、時折がバルバドザ付近までやってくる以外廃村から出ることはないのだという。はぐれを退治していたEランクのパーティがたまたまこの廃村を見つけたことで今回の俺たちへの依頼となったようだ。


 近づいてみると廃村の規模はそう大きくはなく、今は廃屋となった家6棟を木の柵で囲んでいるだけのものであった。ただ木の柵は果樹もまとめて囲っていたようで、柵の中の土地はサッカーコートの倍くらいはあるだろうか。


 問題はその柵の中にうごめくスケルトンやゾンビたちで、ざっと見ただけでも300体くらいいそうに見える。これを1パーティでなんとかしろという話が通るのだから上位冒険者のが分かるとも言える。


「フレイ、真聖魔法の『昇天』を『範囲拡大』で頼む。あの廃墟の中全部……はさすがに無理か」


「いえ、『遠隔』を使って発動の中心を村の中央付近にすれば大丈夫だと思います」


「そこまでできるのか、すごいな。ならばやってみてくれ」


 柵まで50メートルの位置まで近づいてもアンデッドはこちらに気付く気配がない。


 フレイニルが精神集中に入って20秒ほど、「行きます」の声と共に廃村の中央付近、地上5メートルの場所に発光体が出現した。


 そのまばゆくも優しい光が村全体を包み込むと、うごめいていたスケルトンやゾンビが次々と力を失ったように崩れ落ちていった。ものの数秒で廃村のアンデッドすべてが天に還ると、村には静けさとゾンビの腐臭だけが残された。


「いや本当にすごいなフレイ、こんなことは普通の冒険者じゃそうそうできないんじゃないか」


「ありがとうございます。ソウシさまのおかげです」


 嬉しそうな顔をするフレイニル。もし彼女にラーニのような尻尾があったらすごい勢いで振っていそうな気がする……というのは失礼か。


「確かにこれほどのアンデッドを一度に消滅させることができる冒険者はそうはいないと思います。これだけでも『ソールの導き』は価値があるパーティになりますね」


 マリアネが言うとラーニが「ふへ~、すごいね」と感嘆の声を漏らした。


「よし、では警戒しつつアンデッド発生源の調査をしよう。可能性としては例の『召喚石』が設置されていることだが……フレイ、何か感じるか?」


「いえ、今のところはなにも感じません」


「ここからじゃ分からないのかもしれないな。まずは村の中に入ってみよう」


 フレイニルに村全体に『浄化』をかけてもらってゾンビの腐臭を消してもらい、俺を先頭にして柵の切れ目から廃村の中に入っていく。


「ん……?」


 柵から中に入る時、微妙に空気が変わるのを感じた。感覚としてはフレイが作った結界に覆われた時に感じる、いきなり外から遮断されたような感じに近い。


「なにか変だったね今」


 ラーニが耳をピクピクさているので俺だけが感じたわけでもなさそうだ。フレイニルもそれ頷いて俺の方を見る。


「なにかの力がこの村を覆っている気がします。しかしよこしまな感じではありません。なんとなくダンジョンの中で感じるものに近い気がします」


「ダンジョンか……言われてみればそんな気もするな」


 あまり意識したことはなかったが、確かにダンジョンの中に入った感覚といえばいえなくもない。しかしフレイニルの感覚だとダンジョンは『邪』ではないんだな。それも面白い話かもしれない。


 散乱する魔石を拾いながらしばらく村の中を探索してみる。しかし地中からいきなりアンデッドが現れることも、フレイニルが『召喚石』の存在を感じたりすることもない。


 廃屋の中を覗いてみるか……と考えた時、『気配感知』に反応。


「あそこからです」とスフェーニアが指差す先には比較的形を残した廃屋があり、その玄関口からスケルトンが3体出てくるところだった。


 スケルトンを粉砕して廃屋の中に入り、そこで俺たちは立ち止まった。


 玄関を入ってすぐのところの床に大きな穴が開いていたのだ。ご丁寧にその穴の淵には石の階段があり、穴の底へと続いている。


「これは……ダンジョンの入り口、ですね」


 マリアネが言うように、それは見慣れたダンジョンの入り口に間違いなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る