11章 彷徨する迷宮(ワンダリングダンジョン) 03
その後は特に何事もなく、4日目の昼過ぎには領都バルバドザに到着した。
伯爵領の都ということで、俺がこの世界に来てから見た中では間違いなく最大の都市であった。城壁の高さも規模もバリウス子爵領のエウロンより格段に上で、堀や跳ね橋も実はこの世界に来て初めて見ることに気付いた。
堀の外にはやはり『壁外地』がいくつか見えるが、さすがに正門に続く街道付近には見られない。その辺りも行政の手が入っているのかもしれない。
伯爵一行は言うまでもなく完全顔パス、というより警備の兵が総出で並ぶ形で出迎えがされ、そのまま都市中央の伯爵の館へと通りを向かっていく。
伯爵の館はほぼ城みたいな建物であった。バリウス子爵邸はまだ豪華な家といった雰囲気だっただけに、これが上位貴族かと圧倒される。無論その館のまわりは第二の城壁で囲まれていて、俺たち護衛はその正門前でお役御免となった。
「こちらがぁ、護衛任務の終了証になります~。『ソールの導き』には明日伯爵様よりギルドへ指名依頼が入りますので、そちらを受領してくださいとのことです~」
レイセイの業務連絡を受けたあと、俺たちはひとまずバルバドザの冒険者ギルドへと向かった。
バルバドザのギルドもやはりエウロンのものと比べると1.5倍ほどすべての規模が大きく、そこに集まる冒険者の数も多い。ともに伯爵の護衛をした『
マリアネが奥の部屋に直行し、カウンターに戻ってきて俺たちの依頼完了の処理をする。
俺たちが冒険者カードを受け取っていると、『黎明の雷』のリーダーが近づいてきた。ガーレンというスキンヘッドに褐色肌の大男だが、見た目の豪快さと裏腹にインテリな感じを受ける人物だ。もっとも伯爵の信用があるBランク冒険者とはそういうものなのかもしれない。
「ようソウシ、まさかそっちの美人が専属職員とは思わなかったぞ。さすがに『黄昏の眷族』を倒す奴は扱いが違うな」
「そういうことになるんでしょうかね」
「ところでランクは上がったのか? さすがにCのままじゃカッコがつかないだろう」
「まだ『眷族』討伐の話が上までは伝わってないようですね。どちらにしろまだCクラスダンジョンも1つしか回ってないので、すぐにBになってもあまり意味はないんですが」
「そうはいっても、お前さんはさっさとBになったほうがいいと思うぞ。そうしないと……」
とガーレン氏が言いかけたところで、後ろの方から「あぁ!?」という恫喝の声が上がった。
見ると掲示板の前にスフェーニアが立っており、その目の前に4人の冒険者がいて、先頭の銀髪の青年がまなじりを釣り上げて威嚇の表情をしていた。
「オレたちのパーティに入れてやるって言ってんのに無視はねぇだろ?」
「一度お断りしました。それ以上は答える必要がないと思いましたので何も言いませんでした」
そう答えるスフェーニアは表情一つ変えないが、それが青年の機嫌をさらに悪化させたようだ。
「CランクがBランクパーティに誘われて断るってありえねぇだろ。あんなおっさんと一緒にいるよりこっち入れって言ってんだから黙って言うこと聞きゃあいいんだよ!」
「お断りします」
「んだとぉ!? テメエオレに恥かかせてタダで済むと思ってんのかよ? 冒険者ってのは力がすべてなんだぜ。それくらい分かってんだろ」
ああ、先日の『至尊の光輝』とは違う意味で初めて見るタイプの冒険者だな。Bランクと言っているのだから実力者なんだろうが、上位ランカーは基本常識人が多かったから意外ではある。
ともあれ見ているわけにもいかないので止めに入ろうとすると、
「力……フフッ」
と、スフェーニアがこらえきれないように笑みを漏らした。
「なに笑ってんだよ?」
「いえ……、貴方などソウシさんの足元にも及ばないのに、力がすべてとおっしゃるのが可笑しくて」
スフェーニアがいきなり爆弾を投げ込むので俺はビックリして足を止めてしまった。
後ろではラーニも「あははっ」とか声を上げ、フレイニルまで「ふふ……」と含み笑いをする。ウチの女子ってまさかこんなに煽るタイプだったのか?
「な……!? んだとぉ!? オレがそのCランクのおっさんより弱いって言いたいのかよ!」
もちろん青年はさらに銀髪を逆立てるが、さすがにここでスフェーニアに直接手を出すことはできないだろう。そうなれば当然怒りの矛先が向かうのは、
「おいおっさん、今の聞いてただろ? 俺と力比べしようぜ。勝った方がこの女をパーティに入れる、いいな!」
ということになるんだよな。
「おいニールセン、ムチャなこと言うな。冒険者同士の私闘は禁じられてるのは知っているだろうが」
「うるせえ、ガーレンは引っ込んでろ。CランクごときにバカにされてBランクが務まるか!」
『黎明の雷』のガーレンの制止も逆効果のようだ。まあ若い男が綺麗な女の前で引っ込みがつかなくなるってのはよく分かる話ではある。よく分かる話ではあるのだが、あまりに一方的では困るんだよな。
「こいつは『黄昏の眷族』を素手で倒した男だぞ。実力的にはAランク以上だ。それでもやるのか?」
ガーレンがそう言うと、周りで見ていた冒険者たちが一瞬ザワついた。ニールセン青年も眉を寄せたが、
「だから何だ。そんな与太話信じて退けってのか? ガーレン、お前も頭大丈夫か?」
と完全に聞く耳もたずの雰囲気である。
どうにもならなそうな険悪な雰囲気の中、間に入ってきたのはマリアネだった。
「私闘は禁じられていますが、訓練場でのトレーニングであれば問題はありません。ただし素手で行ってください。武器を使うのは危険ですので」
いや、そこは止めるところじゃないんだろうか。ニールセン青年の雰囲気だと何かしないと話は終わりそうにもないのは確かだが……。
訓練場で俺は銀髪を逆立てたニールセン青年と対峙していた。
表向きは組手による訓練だが、まあ実際は決闘みたいなものだろうか。
周囲には他の冒険者がギャラリーとして集まっていて、久々の娯楽を待ち受けるような顔で並んでいる。
「悪いなソウシ、あいつは普段から素行が悪くてよ。ちょっと懲らしめてやってくれると助かるわ」
などと言うのはガーレンだが、一度は止めようとしてくれたし無責任というわけでもないだろう。というか当然のごとく俺が上だと思っているのが不思議ではある。
ガーレンが下がると、ニールセン青年が肩をゆすりながら口を開いた。
「おっさん分かってんな? 勝った方があの女をパーティに入れる。いいな?」
「断る。彼女は元から俺のパーティメンバーだ。そもそも彼女の意志を無視して決めることじゃない」
「あ? 逃げんのかよ?」
「どのパーティに加わるかは本人の自由だろう。俺たちにそれを決める権利はない」
「うるせえよ。そんなの力がある者が決めることだろ。弱い奴は従ってりゃいいんだよ」
ああ、これはだめだな。正直このような考えの人間がBランクになれたこと自体不思議なんだが、ランクが上がって人が変わったということだろうか。
「なら力あるものが決められるとして、彼女はもともと俺のパーティのメンバーだ。お前が勝てば彼女を得る。しかし俺が勝っても何も得るものがない。違うか?」
「じゃあなんか言えよ。どうせかなえられねえんだしな」
「そうか。じゃあお前が負けたらランクを返上してFからやり直すというのはどうだ?」
「へっ、好きに言ってろ。それで構わねえから早くやろうぜ、訓練をよ」
ニールセン青年がニヤけながら構えを取る。Bランクだけにさすがに隙はない。
「はじめてください」
俺が構えを取ると、マリアネが合図をした。
瞬間ニールセン青年の拳が顔面に迫る。『疾駆』スキル併用のパンチ、一撃で決めようというのだろう。
しかし不思議なことにそれはずいぶん遅く見えた。
「ちいッ!」
奇襲を避けられたと理解するや連続攻撃に移行する青年。次々繰り出される突きと蹴りのコンビネーションは流れるようでよどみがない。『格闘』スキルもかなり鍛えているのだろう。さすがに口だけではない。
しかし妙なことに、俺にはすべての技の軌道が見えてしまっていた。
「このッ! 硬えおっさんだぜッ!」
攻撃の何発かは俺に当たる、というかガードに弾かれる。
威力も申し分なく高いと思うのだが……こんなものか。
顔面を狙ってきた突きを強引に払ってこちらも突きを返してやる。青年はさすがにいい反応で避けたが、その瞬間に顔色が変わって大きくバックステップした。
先ほどの余裕の笑みは消え、ひきつったような顔で睨む青年。
「なんだテメエ……意味わかんねえ……」
「いや、一撃返しただけだろう?」
「その余裕、ムカつくぜ!」
『疾駆』で再度突撃、と見せて方向転換。『
右からの上段蹴りを俺は身を沈めてかわし、カウンター気味でみぞおちあたりを突いた。
「ぐえッ!?」
青年は身をよじって避けようとしたようだが、かわしきれずに脇腹に俺の拳を食らった。反撃がくるか……と身構えるが、なぜか青年はそのまま吹き飛んで倒れてしまった。『鋼体』『不動』スキルあたりは持っている感触だったのだが……。
さすがにこの程度で終わらないだろうと思って待つが、青年が立ち上がってくる気配はない。マリアネが青年の顔を覗き込み「気絶していますね。訓練はここまで。パーティの方、回復を」と涼しい顔で言った。
「……これで終わりなのか?」
つい口に出てしまったが、しかしBランクというのはもっと強いはずではないのだろうか。ザイカルはもっと……いや、さすがに『黄昏の眷族』と比べたらダメなのか。しかしここまで差があると言うのなら、ザイカルは確かにとてつもない強者だったのだろうな。今思えばよく勝てたものだ。
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