10章 黄昏の眷族  15

 あの後興奮した人々にもみくちゃにされた俺は、ほうほうの体で冒険者ギルドへと逃げ込んだ。


 正直ザイカルは街中ではそこまで暴れていたわけではなかったし、『町を救った英雄』なんて扱いにはならないと思っていたのだが……。


「そんなわけないでしょ。アイツは自分が『黄昏の眷族』だって名乗ってたし、十分その力はあるって皆感じてたわよ」


 奥の部屋で一息ついていると、俺のぼやきを聞いてラーニが呆れ顔をした。


「でもそこまで強くはなかったと思うけどな。俺が強くなかったからいい戦いになっただけで、普通にAランクとかなら勝てるだろ」


「ソウシはさぁ、そろそろ自分の力が異常だって気付いたほうがいいよ?」


「そう言われてもな……」


 確かに『興奮』スキルがなかったら一方的にやられていた感もあるし、ザイカルはもちろん強者ではあるのだろう。だが正直アレを倒したぐらいで『英雄』というのは違うだろうと思うのだが。


「ソウシさまは我が身をかえりみずに町を救うために戦い、強大な敵にうち勝ったのです。それが英雄でないなら英雄などいなくなってしまいます」


 納得してないことが顔に出てしまっていたのか、フレイニルにまでそんなことを言われてしまった。


「分かった分かった。まあ『町の英雄』くらいなら受け取るさ。それより『至尊の光輝』とかの冒険者たちは大丈夫だったのか?」


「治療を受けられた者は大丈夫でした。ただあの場にはすでに亡くなっていた者もいましたし、それ以外でもあの『黄昏の眷族』に命を奪われた冒険者はいたようです」


 マリアネが目を伏せて言う。確か複数のパーティが正体不明のモンスター討伐の依頼を受けていたと言っていたから、それらの中に犠牲になったものがさらにいたのだろう。


「そうか……、では単純には喜べないな」


「そうですね。ただそれが冒険者でもあります。厳しいことではありますが」


 マリアネの言葉に再度冒険者の現実を見た思いがする。


 とはいえ湿っぽくなりすぎるのもよくないな。俺は話題を変えることにする。


「ところで『黄昏の眷族』を倒したことによって何か特別なことはあるのか? あの魔石も気味は悪いが価値はありそうだが」


「もちろんです。北の帝国はともかく、この国では『黄昏の眷族』は滅多に姿を現しません。それを倒したとなれば、まずこの土地の領主であるロートレック伯爵には間違いなく呼び出されるでしょう」


「そのレベルの話なのか。もう一つのCクラスダンジョンを踏破したらすぐにエウロンに戻りたいんだが」


「ロートレック伯爵はバリウス子爵と関係が深いですからエウロンに戻っても問題はないと思います。ですがどちらにしろ呼び出されるでしょうね」


「また歩くことになるだけか……。呼び出されるとしたらこの伯爵領の領都に行くことになるわけだな?」


「そうなります。それと冒険者ギルドの方でも扱いは変わるでしょうね。先日のドラゴンスレイヤーと合わせて、ソウシさんはBランクになると思います」


「いや、昇格の条件はまだ満たしてないだろ? 依頼とか全然受けてないし」


 俺がそう言うと、マリアネは溜息をつきながら首を横に振った。


「『黄昏の眷族』の討伐、しかも単独撃破した冒険者はそれだけでAランク以上の強さと見なされます。依頼実績がなくとも最低Bランクとなるはずです」


「実感はないがそういう決まりなら仕方ないか。ランクが上がること自体はありがたいしな」


「そうだよソウシ、ランクが上がれば変なのにも絡まれなくなるし、私たちにとっても助かることなんだから。もっと強そうにしててもいいくらいよ」


 ラーニが言うと、フレイニルもスフェーニアも「そうです」と同調する。確かにその通りであるし、昇格自体はラッキーではある。ただ気になるのは……


「Bランクになって面倒ごとが増えたりはしないよな?」


 そう聞くと、マリアネは露骨に目を逸らした。


「……Bランク以上の冒険者は、新規昇格の際に王家に必ずその情報が上げられることになっています。普通なら報告程度の扱いのはずですが、ソウシさんの場合は今回の件もあって目に留まる可能性は非常に高いでしょう」


「え……」


 訳ありのパーティなのにそれはちょっと困るんだが……。まあBランク冒険者自体はそこそこ数がいるようだし、いきなり王家から呼び出しとかはないと思いたい。ただ俺の場合やたらとやる気のある『悪運』スキル氏がいるからな。覚悟はしておいた方がいいかもしれない。




 その夜、冒険者ギルドの近くの酒場に招待された俺は、そこで大勢の冒険者や市民たちから熱烈な接待を受けた。


 祝勝会みたいな感じなのだろうが、まあ要するに娯楽が少ない分、『英雄の出現』なんてのは騒ぐのに丁度いいということなんだろう。


 もちろんパーティメンバーは宿で休んでいる。正直メチャクチャな飲み会になるのは目に見えてるし、彼女たちが一緒に来てセクハラなんか受けたらそれはそれで問題である。


 次々と注がれる酒を飲み干しながら、感謝の言葉を投げかけてくる人たちの相手をしているとどうもいたたまれない気持ちになってくる。それは恐らく俺が『黄昏の眷族』に対して何の感情も持っていないからだろう。自分としてはちょっとだけ強い敵、しかも通り魔みたいな奴を倒しただけであるし。


「いやアンタ、最初ギルドに来たときゃ可愛い女の子侍らせてるいけ好かないおっさんだと思ってたんだがな! あの強さを見たら納得だわ! ありゃどんな女も惚れるわチクショー!」


 髭面の体格のいい冒険者が酒を片手に俺の背中をバンバン叩いて来る。しかし「いけ好かないおっさん」か。やっぱりそう思われてたんだな。


「いやマジでそれ。しかもとどめのセリフがカッコ良すぎでしょ」


 目の前の青年が笑いながらそう言って、殴るポーズを取りながら「お前を葬る技の名前なんざねぇ!」と叫ぶ。


「いや待ってくれ、俺はそんなこと口にしたのか?」


「してたしてた、メッチャカッコ良かったし。あれは男でも惚れるっしょ」


 なにしてるんだ『興奮』スキル。もしかして『黒歴史』スキルだったりしないだろうな。


 青年が決め台詞を叫んだことで酒場内が一気に盛り上がってしまい、俺のいたたまれなさも一気に限界突破する。


 俺が顔を手で覆っていると、隣にやたらと露出の多い女冒険者が座ってくる。それだけならいいんだが、無駄に身体をくっつけてくるのは困る。


「ねえソウシさん、あれだけ強いってことは色々モンスター倒してるんでしょ。今までにどんな奴倒してきたの?」


「それ聞きたい。ついでにあの可愛い女の子たちもどう倒したのか聞きたいかも」


 別の女冒険者が反対側に座ってくる。2人ともかなり酒臭いから酔ってるだけなんだろうが……これ戻ってからラーニにニオイかがれて怒られたりしないよな。


「俺はまだCランクだから大したモンスターとは戦ってはないんだ。パーティメンバーは本当にただの仲間ってだけで何もない」


「ええ、まだCランクなの? でもこの町に来るんだからそうなるのかな。それであの強さは……ちょっと惚れちゃう、なんてねぇ」


「え~本当にぃ? あのエルフの女の子とか完全に見とれてた感じだったけど~。あっでもあの金髪の子はお父さんを心配する娘みたいだったかも」


 そんなことを言いながら、俺の胸を触って「すごい筋肉ぅ」なんて言うのはやめて欲しい。こういうノリはさすがに元日本人にはキツい。いや逆に好きな奴も同僚にはいたか。


 俺がそんな風にいじられまくっていると、4人の男女冒険者が俺の前に出てきて並んだ。何事かと思っていると彼らはいっせいに頭を下げた。リーダーらしき青年が口を開く。


「俺たちは『アンテノラ』、あんたに救われたパーティだ。俺はリーダーのドルグ。今回はあんたのおかげで命拾いした。心から礼を言いたい」


「『ソールの導き』のソウシだ。俺としては敵がいたからただ戦っただけなんだが、その結果あなた達が助かったというならなによりに思う。今回は災難だったと言うしかないが」


「奇妙な奴だとは思ったが、まさか『黄昏の眷族』とは思わなかった。4パーティで戦ったのにまったく歯が立たなかった」


 ドルグはかなり体格のいいいかにも戦士然とした青年なのだが、『黄昏の眷族』を口にした時に一瞬だけ顔が引きつっていた。戦った時にかなりの恐怖を感じたということだろうか。


「しかしあれを一人で倒せる人間がいるとは驚きだ。ソウシさんはどのくらい強いんだ?」


「自分がどの程度強いかは自分でもよく分からないんだ。まだCランクだしな」


「Cランク? 本当なのかそれ……」


「多分今回の件で昇格はするらしい。まあそれはともかく礼を言ってくれて嬉しく思う。今後の冒険者活動が上手くいくことを祈ってる」


「ああ、そちらもな」


 と言う感じで、そのまま続けて何人かの冒険者に礼を言われてしまった。ただあの『至尊の光輝』のメンバーは姿を見せなかった。まあ見せてもロクなことにはならなそうではあるが。


「そういえばあの『至尊の光輝』の連中はどうしたんだ? 助けられたクチだろう?」


 俺の気持を読んだわけではなかろうが、冒険者の一人がそんなことを言った。


「あいつらなら回復した後さっさと王都の方に行っちまったみたいだぜ。武器が弱かったとか言ってたが、あれじゃ『救世の冒険者』なんて無理じゃねえか?」


「だよなあ。そこそこ腕は立つみたいだが口ほどじゃないんだよな。教会はあんなの持ち上げて大丈夫なのかね」


 どうやら他の冒険者にとっても、彼らの評価はあまりかんばしくないようだ。まあまだ少年少女ではあるし、今後化ける可能性もあるだろうが……先は長そうだな。


「うははっ、あれならソウシさんの方がよっぽど『救世の冒険者』の資格があるわなあ。なあソウシさん、もしまた『黄昏の眷族』が来たらぱぱっとやっつけちまってくれよ」


「いやほんと、ザコは俺たちに任せてデカいボスを頼むわ」


「やっぱりああいう線の細い美少年なんていうのより大人の色気よねえ」


「この腕の筋肉もすっごい。これであの娘たちを抱きしめているのねっ」


 うむ、いたたまれなさが頂点に達してきたな。この拷問はいつまで続くんだろうか。ああだから胸をまさぐるのはやめてくれないでしょうかねお嬢さんがた……。

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