10章 黄昏の眷族 14
「イイゾ、デハ始マリダ。今コノ時、戦イノ開始ヲ宣言スル!」
そう叫ぶと、ザイカルは細い身体を左右にゆらしながらゆっくりとこちらに向かって歩きはじめた。一見無造作に見える歩み、実際隙だらけではある。だがそれが自信に裏打ちされた動きなのは明かだ。
俺も構えながらじりじと前にでる。体格からいってザイカルの方がリーチは長い。
「ヒュウッ!」
吐息のような声と共に、俺の右脇に凄まじい打撃がきた。技の起こりが見えない。多分左腕で殴られたのだろう。
次は左側頭部、ガードしていた腕がきしむ。次は顔狙いのストレート。これは見えた。かいくぐってザイカルの懐へ。
瞬間顎に凄まじい衝撃、恐らく膝だ。懐は罠か。だがその程度の衝撃では俺は止められない。
返しに右拳をフック気味に放ってやる。ボディを狙ったのだが空を切った。細い身体を器用に反らして避けたのだ。なら足だ、ローキックで細い足を折ってやる。だがこれも空を切る。逆に腹に一撃食らう。
足をほぼ止めての殴り合い、だが明らかに向こうに分がある。こちらはあちこちに打撃を食らい、放つ拳も足も虚空を
「硬イネェ! 叩キガイガアルッ!」
ザイカルの回転が上がる。やはり単純な格闘では話にならないか。こちらも徐々に『再生』が追いつかなくなってくる。『金剛体』の防御を抜けてくる打撃とは凄まじいが、まだ本気ではないのは分かる。コイツにとって打撃は恐らく小手調べだ。
何十発食らったろうか、少し目が慣れてくる。スピードは早いが攻撃が単調になってきてるな。
飛んできた右のフックを左腕で払う。単純な力なら俺の方が上だ。細い腕が弾かれて、ザイカルが一瞬表情を変える。俺は踏み込み突きを放つ。胸をかすめただけだが俺の拳の破壊力は十分伝わったようだ。
「ホホウッ、防御ダケジャナインダネェッ! ダガッ!」
ザイカルは『疾駆』で距離を取ると、長い腕を鞭のようにしならせた。当たる距離ではないが、その振り抜かれた手刀から何かが放たれる。
斬撃を飛ばすスキルか。ガードした両腕を不可視の刃が切り裂いた。
「クキケケッ! 真ッ二ツニスルツモリダッタンダガネェッ! 耐性スキルマデ持ッテルトハナァ」
直前に得た『鉄壁』が役に立ったようだ。『悪運』スキルはどこまで仕事熱心なのだろう。
ザイカルは踊るように俺の周りを回り始め、次々と斬撃を飛ばしてくる。さすがに連続で食らうわけにはいかない。スキルにはスキルだ、俺は『衝撃波』を拳に乗せて迫る刃を砕いていく。
「キエッ!」
ザイカルの姿がブレた。次の瞬間青白い顔が目の前に現れ、肩口に鋭い痛みが走る。
手刀が俺の肩に食い込んでいた。俺は拳を返すが、ザイカルの身体はすでにそこにはない。
「ソロソロ本気デイコウカネェ。『夢幻蒼芒』、コレガオマエヲ
『ムゲンソウボウ』? 随分とシャレた名前だ。『黄昏の眷族』の趣味なのか。
ザイカルが両腕を鞭のように振り回し始める。次第にその回転が上がっていき、手刀の動きは強化された動体視力でも追いきれなくなる。数秒も置かずにザイカルの周辺にすさまじい手刀の制空権ができあがった。
「ヒュウゥッ!」
ザイカルが『疾駆』で一気に距離を詰めてくる。手刀の射程に入った途端、全身に斬撃が連続で刺さる。竜巻のような超速回転の手刀。なるほどこれはとんでもない、マンガみたいな必殺技だがそれだけの威力はありそうだ。
俺は射程から逃れようとするが機動力では相手にならない。近づこうにも上手く距離を取られてしまう。クソ、全身が切り刻まれて熱い。このままだとなます斬りであの世行きだ。だがいいぞ、それでいい。いやよくない。いいやこれでいい。俺は何を
「おおッ!」
目の前が赤くなる。コレだコレ、この感覚だ。体中の液体が沸騰するような熱。
赤熱の視界の中、ザイカルの動きが急に緩慢になる。違う、よく見えるだけだ。なんだ遅いなコイツ。狙いは右足、左頬、右肘、左胸……ここか。
「クキケェッ!?」
ザイカルの右手首が俺の手の中におさまる。こちらは『掌握』持ちだ。二度と放すと思うな。
「ヒキュッ!」
残る左手刀が俺の首を狙う。ピンチに弱点狙い、考えが浅い。
その腕も俺の掌の内だ。さあこれで対等だな。対等? そんなわけないだろう!
「くおおあぁッ!」
俺は細い両腕を思い切り引っ張り、ひきつった青白い顔に頭突きを叩きこんでやる。一発、二発、三発、おっとその体勢から蹴りか。痛いじゃないか、ならこうか。
「ヒギャッ!?」
俺は両手に力を込める。『金剛力』スキルが上乗せされた握力はいったいどれほどか。細い腕を骨ごと握り潰す。
俺は左手でザイカルの首を掴む。細長い首だ、このまま握り潰すか? いや打撃だろ。
「お前を葬る技の名前なんざねぇッ!」
弓を引くようにひきつけた右拳を、ザイカルの青白い、細長い顔のど真ん中に叩きつけた。
俺の目の前に、首を失った『黄昏の眷族』の死体が横たわっていた。
どうやら勝ったようだ。しかしどうやって? 手も足も出ずになぶり殺しになるところだったはずだ。
いやかすかに覚えている。あのスキルが発動したのだ。『興奮』という名の自己強化スキル。
見ると『黄昏の猟犬』は冒険者たちによってすべて倒されていた。やはりCクラスが揃っている町だ、そこはさすがと言うしかない。
「ソウシさまっ!」
「ソウシっ」
「ソウシさん!」
フレイニルとラーニ、そしてスフェーニアが駆け寄ってくる。その後ろをマリアネが周囲に注意を払いながら歩いてくる。
「ソウシさま、今回復します!」
放っておいても治るだろうが、ここはフレイニルに任せよう。何かしないと彼女も納得しないだろうし。
「もう、途中までダメかと思った! ああいう戦いはやめてよね!」
ラーニが少し怒ったように言う。まあそうだな、今回は心配をかけてしまっただろう。
「ソウシさん、最後は荒々しくて素敵……ではなくて、すばらしい勝利でした」
スフェーニアだけはなんか陶酔したような顔になっているが、どうも勘違いしているようだ。あれはただ獣みたいに暴れるスキルだし、少なくとも素晴らしいという戦いにはならなかったはずだ。
「心配かけて済まなかったな。まあでも勝ったから許してくれ。ところでマリアネ、こいつの死体はこのままでいいのか?」
俺が名前を呼ぶと、マリアネは近くまで来てザイカルの死体を見下ろした。
「そうですね……、確か魔石を取り出しておかないといけないというお話を聞いたことがあります」
「魔石? コイツは一応人間だと思うんだが魔石があるのか?」
とはいえ「取り出しておかないといけない」ということは、放っておくと不都合があるんだろう。再生して復活するとか……いかにもありそうだな。
ザイカルの死体を上から覗き込むと一瞬だけピクッと動いたような気がした。まさか本当に復活するのか?
さすがに確かめるのは危険なので、俺は短剣を取り出して胸のあたりを切り裂いた。正直いい気分ではないが仕方ない。心臓のあたりを探ると硬質な感触。手を突っ込んで取り出すと、なんと心臓の形をした魔石が現れた。
「これでいいか。しかし訳の分からない存在だな、『黄昏の眷族』というのは」
「そうですね。しかしそれよりソウシさん、気付いていますか?」
「なにを?」
俺が聞き返すと、マリアネは軽く息を吐きだした。
「ソウシさんはたった今この町の英雄になりました。『黄昏の眷族』を倒した者、『トワイライトスレイヤー』としてです」
言われて周囲を見渡すと、そこには今にも爆発せんばかりの雰囲気の人々が、じっと俺たちを囲んでいるのであった。
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