10章 黄昏の眷族  13

 キナ臭さを強く感じながらも、ひとまず俺たちはバートランへの道を進んでいった。


 俺としてはかなり強烈な厄介事イベントの存在を感じるのだが、どちらにしろ『黄昏の猟犬』については急ぎギルドに報告しなければならない。もともと討伐依頼がでていたモンスターでもあるはずなのだ。


 町が近くに見えてくると、どうも城門のあたりが騒がしい。というか城門の周りに破壊の跡がある。


 急いで向かってみると門番が何人も倒れているのが分かった。酷いことに10名ほどの兵士たちは全員が息絶えていた。一撃で体を切り裂かれており、正視に堪えない状況である。


「これは酷いな。モンスターが襲ってきたのか……?」


「いえ、モンスターが来たのなら周辺の人々も襲われているでしょう」


 スフェーニアが答えつつ周辺を見回す。


 このバートランの町にも、城壁外に広がる『壁外地』……すなわち半スラム街が広がっている。


 今もその住人たちが多数遠巻きに見ているのだが、俺たちが目を向けると全員がバラックに引っ込んでしまった。


「ということは賊か? それにしては町の中が静かな気もするが」


「兵士の死体は明かに同一の何者かによる所業に見えますね。もしかしたらですが……」


 そう言いながら、スフェーニアはマリアネの方を向いた。マリアネは眉を寄せて頷いた。


「ええ、『黄昏の眷属』が現れたのかもしれません」


 その言葉を聞いてフレイニルとラーニがビクッと反応した。子どものころから聞かされているという『黄昏の眷属』の存在、その影響は思ったより大きいようだ。


「どちらにしろ状況を確認する必要があるな。まずはギルドへ向かおう」


「気を付けてください。『黄昏の眷属』はたわむれで虐殺を行うといいます。個体にもよりますが、通常はAランクパーティ複数で当たる相手です」


「分かった。最悪逃げることも想定して行動しよう」


 そう言いつつも、俺は恐らく逃げることはできないだろうという妙な確信を持って町中へと歩を進めた。




 不思議なことに町の中は静かであった。いや、通りに人がほとんどいないので異常事態なのは間違いない。


 俺たちは特に何の問題もなく冒険者ギルドへとたどり着いた。


 しかしいつもなら複数の冒険者パーティがたむろしているそのロビーには誰もいなかった。ギルドの職員すらカウンターに1人もいない。マリアネが奥の事務所に入っていくと、どうやら1人だけ職員が残っていたようだ。マリアネはその女子職員と話をして、俺たちのところに戻ってきた。


「正体不明の怪人が現れ町の中央広場で何かを始めたようです。冒険者もみなそちらへ向かっているそうです」


「『黄昏の眷属』なのか?」


「分かりませんがその可能性は高そうです。傷だらけの冒険者を複数引きずって歩いていたらしいのですが、そのような行動をする者がそうそういるとは思えません」


「戯れで殺しをする怪人か……。そんなものがいるとはな」


『黄昏の眷属』については町に向かう途中で話を聞いたが、とにかく強いということ、そして精神性が人間とはかけ離れていることが分かっただけだった。そんな意味不明な存在が時々現れては暴れていく……と聞くととんでもない話だが、モンスター自体がまさにそれなのだ。むしろ驚くべきことではないのかもしれない。


「なにが行われているか見に行くしかないか。場合によってはその場にいる冒険者全員で戦うなんてことにもなりそうだな」


「ソウシさま、大丈夫でしょうか……。とてもよこしまな気配を感じます。この間の悪魔より強力な気配です」


 フレイニルが心配そうな顔で俺の袖をつかむ。その頭をなでてやると、震えているのが分かる。


「皆がいれば大丈夫だ。どちらにしてもここでなんとかしないと大勢の犠牲者がでてしまうかもしれないしな」


「……はい、そうですね。私たちは冒険者ですから、人々を見捨てるわけにはいかないのですね」


 俺はうなずいてやりつつも、果たしてこの判断が正しいのかどうかまったく自信がなかった。リーダーとしてパーティメンバーの安全を考えることも重要ではあるが……しかし現状では逃げるという選択をするには情報が足りないのも確かだった。その怪人の目的が何なのか、そして本当に『黄昏の眷属』なのか、まだそれすら明かになっていないのである。




 町の中央広場には人が大勢集まっていた。周囲の建物の2階3階の窓からも人が顔を出して様子をうかがっている。


 どうやら広場の真ん中で誰かがしゃべっているようだが、人だかりの外では中の様子が分からない。仕方がないので冒険者であると断って、人垣を押しのけて中が見えるところまで体をねじ込んだ。


「クキケケケ……。サア誰カイナイカ、コノ私ト1対1デ戦オウトイウ者ハ。コノ『ザイカル』ノ首ヲ獲リ、名ヲアゲル絶好ノ機会デアルゾ」


 広場の真ん中で甲高い声を上げていたのは、なんとも奇妙な人間だった。


 身長は2メートルほどだろうか。体は異様に細く、手足が異様に長い。蓬髪ほうはつの下にある青白い顔には不気味なアルカイックスマイルが貼りつき、この状況を楽しんでいる感じを受ける。見た感じ男なのだろうが、性別という区別すら意味をなしていないほど奇異な印象がある。


 着衣は黒いレザースーツ、それ以外身につけているものはない。完全に素手である。


「タダシ戦ウニハ条件ガアル。ソレハ互イニ素手デ戦ウトイウコトダ。ソノルールヲ守ラヌトキハ、コイツラガ犬ノ餌トナル」


 その男から少し離れたところに冒険者たちが転がっていた。12~3人はいるだろうか。全員が無残に切り刻まれ辛うじて生きているという感じである。残念なことに何人かはすでにこと切れているようだ。中に『至尊の光輝』の姿もあるが、彼らはまだ息をしてるのが確認できる。


 問題はその冒険者たちの周りを10匹ほどの『黄昏の猟犬』が囲んでいることだ。今はお座りのポーズをしているが、男の号令でいつでも食いつけるといったところだろう。


「サアサア、アマリ時間ハナイゾ。誰モ挑マヌノナラ、コイツラヲ餌にニシタ後、コノ町全部ヲ瓦礫ニ変エテクレヨウ。コノ『黄昏ノ眷属ザイカル』ガナア!」


 そう言うと、その男――ザイカルはすさまじい『何か』を全身から放射した。


 それはマンガなどでよく出てくる『闘気』とか『妖気』とか、そんなたぐいのものだったのかもしれない。ともかくその『何か』によって、周囲の人間たちはほとんどが動けなくなってしまった。


 冒険者すらほとんどが青白い顔をして彫像のように動きを止めている。しかし不思議なことに、それほどの力を浴びながら俺は逆に身体が熱くなるのを感じていた。


 体と反対に妙に冷えた頭で考えると、どうも俺はこのザイカルという男と戦いたいらしかった。そんなバカな……と自問するが、返ってくるのは早く名乗りを上げろといううちなる声である。


 俺が振り返ると『ソールの導き』の面々がいる。多少青い顔をしているが他の冒険者よりは動けるようだ。


「俺が出ようと思う。勝負が決した後もしあの犬たちが動くようなことがあったら、他の冒険者と協力してすぐに対応してくれ」


「ソウシさま、いけません……!」


「ソウシ、それはダメだよ。行くなら一緒に……」


 フレイニルとラーニが言うが、俺は首を横に振った。


「今はあいつの言う通りにするしかない。ここにいる人たちは全員人質みたいなものだしな。大丈夫、多分勝てる」


 なんの根拠もないのに自然とそんな言葉が出てしまう。そこまでして戦いたいということなのだろうか。いや、状況的に俺が出るしかないというだけだ。それにこれも『悪運』スキルの演出なら、今まで通り勝てる相手なんだろう……と理性をむりやり納得させる。


 スフェーニアとマリアネも何か言いたそうな顔をしていたが、残念ながら時間がない。俺は「後は頼む」と言ってその場にメイスと盾を置き、それ以上は有無を言わさずにザイカルの方に歩み出た。


「クキケケケ……、ホホウ、私ノ魂力こんりょくヲ受ケテ平気ナ者ガイルトハアリガタイ。ハズレノ集落ニ来テシマッタカト落胆スルトコロデアッタゾ」


「戦う前に聞かせてくれ。お前は何が目的なんだ?」


 試しに聞いてみると、ザイカルは首をひねったあと、眉を寄せて本当に何を聞かれたのか分からないという顔をした。


「目的……目的トハナンダ? 行動ニ目的ナドナイ。アルノハ衝動ノミ。ソレヲシタイトイウ欲求ノミ。私ハ私ノシタイヨウニシテイル、ソレダケダ」


「なるほど……。答えてくれて感謝する。では互いに欲求に従って戦うだけだな」


「クキケケ……、ソウダ、存在ヲ賭ケタ殺シ合イダ。マア死ヌノハオマエダガナ。ダガ強キモノノ死ニ際ニハ敬意ヲハラオウ」


 ふむ、やはり何を言っているのか理解はできないな。根本的な価値観が違うとか、そんな感じなんだろう。どう考えてもこのザイカルという男とは戦うしかないようだ。


 俺が軽く構えを取ると、ザイカルはさも嬉しそうに目を細めた。


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