10章 黄昏の眷族  12

 ボス部屋は通常通り、学校の体育館ほどの広さの空間だった。中央に黒いもやが集まり、現れたのは身の丈3メートルの鎧戦士『アルターガーディアン』だ。手には幅広の刃の剣と盾を持っている。


「残念! ノーマルボスかぁ」


 ラーニのぼやきに怒ったわけでもないだろうが、鎧戦士がガッチャガッチャと音を立てながら突っ込んできた。


「『後光』行きます!」


「『ストーンランス』」


 弱体化が入ったところで10本の石の槍が突き刺さる。ただし刺さったのは盾にだ。本体はノーダメージで、そのまま正面の俺に斬りかかってくる。


 盾で受けるが凄まじい衝撃だ。もっとも防御スキルが充実している俺を下がらせるほどではない。メイスの一撃を返すと、穴の開いた盾が左腕ごと吹き飛んだ。


 その攻撃で俺の力を察したのか、鎧戦士は素早くバックステップして距離を取った。その動きで『翻身ほんしん』スキル持ちだと分かる。


 盾と片腕を失った鎧戦士に、スフェーニアの矢とマリアネの鏢が襲い掛かる。しかし鎧戦士は巧みな剣さばきでそれらを叩き落とした。


「『聖光』行きます」


 鎧戦士の頭上から2本の光線が脳天に突き刺さる。『遠隔』スキルによる死角からのいい攻撃だ。鎧戦士はダメージを受けつつ、身をねじるようにして光線から逃れる。


「こっち!」


 ラーニが一気に接近、ミスリルソードで斬りつける。


 鎧戦士は剣で受けるが、その刃が1/3ほど切り裂かれてなくなった。ザコ戦で分かっていたが、ミスリルソード+2は相当な切れ味である。


 鎧戦士はさらにバックステップし、剣を滅茶苦茶に振り回し始めた。剣先から光の刃がほとばしる。斬撃を飛ばすスキル、それも上位のものだろう。


「俺の後ろに隠れろ!」


 俺が盾で光の刃を受け止めていると、どうやら鎧戦士は俺に攻撃を集中したようだ。が、それは悪手だろう。


「『サイクロンエッジ』!」


 スフェーニアが風属性の上級魔法を放つ。鎧戦士の周囲に小さな竜巻が発生し、鎧の表面にいくつもの傷が走る。


 たまらず動いた鎧戦士にマリアネのひょうが刺さると、鎧戦士は一瞬動きを止めた。一発で『行動停止』が効いたのはすでに相当なダメージを受けていたからか。


「もらいっ!」


 その隙を逃さずラーニが突っ込み、ミスリルソードで見事に首を切り飛ばした。


 リーダーの指示がなくともかなりいい感じの連携ができているな。今回も危なげのない戦いができたのではないだろうか。しかし俺としてはちょっと物足りないと感じてしまうのは……リーダーとしてさすがにマズいのだろうな。




「ボスはノーマルだったけど、Cクラスだしスキルはいいものになるよね?」


「そうですね。ただここは10階層ダンジョンなのでそこまで期待はできないと思います」


 ラーニにスフェーニアが答えていると、スキルが入ってくる感覚があった。


 俺が新たに得たのは『鉄壁』。相手がもつ『切断』や『貫通』スキルの効果を軽減させる防御スキルだ。盾や鎧にまで効果が適用されるらしいが、どういう理屈なのかは考えてはいけないのだろう。


 フレイニルは『湧力』というスキルを得た。体力回復が早くなるスキルで、魔法を放った後の回復が早くなるようだ。複数の魔法効果スキルを組み合わせると体力がごっそり減るらしいので、比較的体力のないフレイニルには重要なスキルだろう。


 ラーニは俺も持っている『鋼幹』を得た。体幹が強化されるのは攻撃防御双方に有用なので、地味だが確実に戦闘力が上昇するはずだ。


 スフェーニアが得たのは『曲射』で、矢を曲げて射ることができるスキルらしい。物陰に隠れた敵や、隠れた弱点を射ることが可能になるということで、やはり弓矢使いには必須のスキルだとか。


 そしてマリアネは『切断』だ。レア度は低いがやはりマリアネが長らく欲しかったスキルということで、本人はいたく感じ入っている様子であった。


 マリアネはしばらく目をつぶっていたが、ふぅと息を吐いて口を開いた。


「ラーニさんの言っていたことが理解できた気がします。パーティメンバーに必要なスキルが得られるようになる。そのようなめぐり合わせがこの『ソールの導き』にあるということですね」


「そうそう。ここにいる全員が感じてることだから間違いないと思うよ」


 ラーニは気安くうけがうが、本当にそうだとしたらそれも大変な話ではある。俺の『悪運』スキルの影響……などと判断されたらそれこそ大事になるのではないだろうか。


 それを理解してか、マリアネは意味ありげな目を俺に向けた。


「非常に面白いお話だと思いますが、恐らく永遠に証明はできないでしょうね。例え全員が必要なスキルを得られたとしても、それが偶然でない可能性は排除できません」


「そうでしょうね。私自身は本人の資質によるものだと思っていますから」


 この言葉を聞いてラーニがちょっと不服そうな顔をしたが、スフェーニアが何かを耳打ちすると「ふ~ん……」と言って納得はしたようだ。


 マリアネは結局、現象は認めるがその原因を俺だとは断定しないと言っているのだ。つまりこのことは報告に値しない……要するに口外しないと言っているに等しい。


「ところでマリアネさんは連続でいいスキルがきたんでしょ。冒険者に戻ってもいいとか思わないの?」


 難しい話はもういいとばかりにラーニがまた雑な勧誘を始める。しかしマリアネは首を横に振った。


「いえ、まだこれだけでは……。それに私は『ソールの導き』の皆さんをギルド職員としてバックアップしたいのです。その立場を放棄するつもりはありません」


「そっか~……。でも一緒に活動はしてくれるんだよね?」


「ええ、それが助けになるなら喜んで一緒に戦わせてもらいます」


「だって。よかったねソウシ」


 いやいきなりこっちに投げられても困るんだが。


「……ああ、ええと、ウチのパーティとしてもマリアネさんの力は必要だと思いますし、ギルドとの橋渡し役としても信頼しています。今後ともよろしくお願いします」


「ありがとうございます。これからも専属職員として、それから……パーティの一員として活動させていただきます」


 そう言って一礼するマリアネの顔は、どこか以前とは違って見えた。




 転送装置で地上に戻ると、ちょうど太陽が真上にさしかかる時間だった。


 全員で体を伸ばして陽の光を浴びつつ、一路バートランへの帰途につく。


 街道に出てしばらく歩いていると、脇の林の中から妙な気配が急速に近づいてくるのが分かった。


「ソウシさま、嫌な感じがします。この間の悪魔とも違うよこしまな気配です」


 フレイニルがそう言うからには普通のモンスターではない。俺たちは即座に戦闘態勢に入る。


「もしかしてトロントさんが言っていた冒険者を襲うモンスターって奴じゃない?」


「かもな。このタイミングで来るとは思ってなかったが甘かったか」


 ラーニに答えつつ気配の方向に目を凝らす。


 林から飛び出してきたのは赤黒い犬のようなモンスターだった。


 体高が人の身長ほどあるだろうか、その割に全身が細長く、犬ベースとしたらかなり異様な姿のモンスターである。部分部分が甲虫の外皮のように硬質な感じに光っていて、防御力は高そうな雰囲気だ。


 3体、4体……5体のモンスターが木の間から躍り出て、隊列を組むようにして目の前に並ぶ。


「赤黒い異形の犬……もしや『黄昏たそがれの猟犬』では……!?」


 マリアネの言葉に俺以外の全員が反応した。特に反応が大きいのはスフェーニアだ。


「『黄昏の猟犬』というと、『黄昏の庭』の……?」


「ええ、間違いないでしょう。ソウシさん、CからBランク相当のモンスターです。気を付けてください」


 どうも『黄昏のなんとか』というのはこの世界では常識らしい。まだまだ自分の知識が足りないことに気付かされるが……今はこいつらを倒すのが先だな。


 こちらが様子をうかがっているあいだに、5匹の『黄昏の猟犬』は半円に広がって俺たちを包囲する形を取った。狭いダンジョンではなかなかないシチュエーションだ。後衛を狙われるとマズいな。


「ラーニ、マリアネ、後衛の守りを優先に。『後光』の後はフレイとスフェーニアは魔法と矢で動きを止めてくれ。一匹づつ仕留めよう」


 Cランクなら午前中に戦ったばかりなので遅れをとることはないだろう。


 フレイが『神の後光』を発動するのと、5匹の『猟犬』が飛び掛かってくるのは同時だった。


 俺が3匹を『衝撃波』で吹き飛ばし、残り1匹づつをラーニとマリアネが受け止める。ラーニとマリアネはそのまま格闘戦に入ってしまったので任せるしかない。


 吹き飛んだ3匹のうち1匹はすでに絶命していた。2匹は足をひきずりつつも起き上がって距離を取った。その口から赤黒い火球が放たれるが俺の『衝撃波』の前にかき消える。


 直後に一匹がスフェーニアの『サイクロンエッジ』に包まれてズタズタに切り裂かれた。


 俺はもう一匹に迫ろうとするが、その前に直上から放たれた光線が『猟犬』の頭部を縦に貫通する。


 格闘戦をしていたラーニとマリアネも危なげなく2匹の首を落として倒していた。


 噂になっていた割には弱い……と言いたいところだが、フレイニルの『後光』が効いていたことを忘れてはならないだろう。


 手のひら大の魔石を回収しつつ全員が集まってくると、スフェーニアがホッとした顔になる。


「『黄昏の猟犬』は昔から話は聞いていましたが強さとしてはこの程度なのですね。私たちが強いのかもしれませんが」


「『後光』もあるし1対1なら遅れはとらない感じだな。ところでその『黄昏の猟犬』っていうのは有名なのか?」


 俺が聞くと、マリアネが少し驚いたような顔をした。


「この大陸にいる者なら誰でも知っている存在ですが……」


「すまない。俺は他所よそから来た人間だから知らないことが多いんだ」


「この大陸の外からいらっしゃったということですか? いえ、それはいいでしょう。『黄昏の猟犬』というのは――」


 マリアネが語るところによると、今いる大陸の北、海を渡ったところに『黄昏の庭』と呼ばれる場所があるという。伝説によると神々の戦いの舞台になった地らしいのだが、今分かっているのはそこが強力なモンスターが跋扈ばっこする魔境だということだけなのだそうだ。つまり『黄昏の猟犬』というのはその地に住むモンスターで、昔からこの大陸の人たちは「悪いことをすると『黄昏の猟犬』が来るよ」と聞かされて育つらしい。


「しかし別の大陸のモンスターならなぜいきなりこんなところに現れたんだ?」


「実は昔から時々『黄昏の猟犬』は出現することがあるのです。そしてその場合、大抵は猟犬を放ったものがいます。『黄昏の庭』に住まう『黄昏の眷属』……そう言われる種族がたわむれにこの大陸にやってくるのです」

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