10章 黄昏の眷族  10

「バートランのガイドには記述がないレアボスでしたね。しかしソウシさんのレアケース遭遇率は異常です。まさか両方のボスでこれとは……」


 マリアネが立ち尽くしていると、その肩をラーニが叩いた。


「お楽しみはこれからだから、まだ驚くところじゃないよっ」


「お楽しみ……スキルのことですか?」


「そうそう、きっといいスキルが来るよ。レアボスだったしね!」


 しばらく待っているといつもの通りスキルが身につく感触があった。


 俺が新たに得たのは『金剛体』。『鋼体』の上位スキルで防御力がさらに上がるようだ。どうやら女子の盾になれと誰かが言っているのだろう。


 フレイニルは『真聖魔法』で、『聖属性魔法』の上位スキルらしい。とりあえず『昇天』という範囲内のアンデッドを天に還す魔法が使えるようになったとのこと。


 ラーニは『充填』で、これはフレイニルがすでに得ている魔法効果を高めるスキルだ。スキルのレア度は低いのだが、ここで身についたということはラーニにとっては本来身につけにくいスキルということなのかもしれない。言うまでもなく『魔法剣』の能力を高めるスキルということになる。


 スフェーニアは『風属性魔法・上』。文字通り上級の『風属性魔法』だ。スフェーニアは『風属性』がレベル上限に達してから長かったようで、遂に上位魔法を覚えられたと上機嫌だ。


 そしてマリアネだが、


「『状態異常付与』……だそうです。モンスターを麻痺させたり毒を与えたりするスキルですね。かなり上位のレアスキルです」


 とのことだった。この世界の状態異常効果というのがモンスターにどの程度効果的なのか判断できないが、スフェーニアの『白鷺の弓』の『行動停止』がボスにも効くことを考えるとかなりの強スキルなのかもしれない。


「それって結構強いスキル?」


「そうですね。上位パーティでもこのスキルを得意とするものがいると、ボスクラスの討伐が有利になると聞きます」


 ラーニに答えるマリアネの表情はいくぶん緩んでいるので、望みのものに近いスキルだったようだ。次に潜るCクラスダンジョンでその威力は確かめてもらうとしよう。




 その日はさすがにそのままギルドに戻って買取を済ませて宿に戻った。マリアネだけは事務処理があるというのでギルドに残ったが、彼女だけブラックが加速してしまうのはマズい気がする。彼女は「時間的にはいつもどおりですので問題ありません」と言っていたが、そういうわけにもいかないだろう。


「ソウシさま、明日はどうされますか?」


 マリアネが戻ったので全員で食事を取っていると、フレイニルがそう聞いてきた。


「明日はトレーニングをして、午前中は今日のダンジョンでスキルの確認だな。午後はCクラスダンジョンに潜る用意をしよう」


「では町を回るのですか?」


「そうだな。折角だから少し見て回ろうか」


 よく考えたら結構大きな町に来たのにいきなりダンジョンもないよな。どうも俺自身がかなりブラックというか脳筋になっている気がする。


「はい、楽しみです」


 フレイニルがニコッと笑うのを見て、ラーニが白い眼を俺に向けた。


「ソウシってフレイにメチャクチャ優しいよね」


「そうか? 皆普通に接してるつもりだが」


「違うと思う。フレイ相手だとなんか目が優しくなってる気がするし」


「自覚はないが……。ラーニのことも同じくらい大切に思っているぞ」


 無意識のうちにフレイニルを娘みたいに感じている可能性はなくはないか。それはともかく不公平感を与えるのはよくないのでラーニにも気持ちは伝えておく。


 結果としてラーニの表情がフニャという感じで崩れたので正解だったようだ。


「まあそれならいいけど……っ。明日はお肉をいっぱい買っておこうね」


「そうだな。とりあえず10階層だから一泊で済むだろうがその後もあるしな」


 と答えて飯を食い始めると、スフェーニアが涼しげな眼をじっとこちらに向けているのに気付いた。


「どうしたスフェーニア?」


「いえ、私のこともどう思っているかお聞きしたくて」


「……?」


 俺がなんのことか分からずにいると、ラーニが「スフェーニアもソウシの気持が聞きたいの」と耳打ちしてきた。


「ああすまない。もちろんスフェーニアのことも大切に思っているよ。パーティなんて家族みたいなものだからな」


「ありがとうございます。安心しました」


 スフェーニアはニッコリ笑って食事を再開した。やはり女の子が多いパーティというのは思ったより繊細なようだ。この手の気遣いは折に触れてやっておかないとダメなのかもしれない。


 しかしそのやりとりを横で見ていたマリアネが、なにか納得したような顔で頷いていたのには何か意味があったのだろうか。グランドマスターに報告するような話はでていなかったと思うのだが。




 翌日はまず昨日踏破したDクラスダンジョンを5階まで下りて、新しいスキルに身体を慣らした。


 気になるマリアネの『状態異常付与』だが、効果はそのまま通常攻撃に『毒』『行動停止』『麻痺』『睡眠』『気絶』などのバッドステータスを与えるものだった。


『毒』や一瞬だけ行動を止める『行動停止』はともかく、『麻痺』や『気絶』は効いてしまえばそこでもう勝負ありに近い。


 ちなみに一発ずつのランダム発動ではなく、強力なモンスター相手でも効果を蓄積させることで必ず付与するシステムらしい。無論発動には体力を消費するので連続で撃てるスキルではないが、時間をかければ必ず効くというのは大きいだろう。


 なお5層ボスの『マーダーツリー』には2発で『麻痺』の効果が入ったのだが、その時のマリアネの嬉しそうな顔が印象的であった。


 


 さて昼になって町に戻り、パーティ全員で買い出しに出かけた。


 バートランの町の中央通りは人通りが多く、色々な屋台が並んでいるほか、エウロンでは見られない食材なども並んでいる。


 フレイニルとラーニは目を輝かせてそれらを眺めては、気に入ったものを次々と購入し、俺に渡してくる。俺はそれを『アイテムボックス』にしまうのだが、手元に荷物が残らないのでつい余計に買い物をしてしまう。ここのところ収入が増えて資金に余裕があるのも大きい。


 そんな感じで通りを歩いていると、「おやこれは『ソールの導き』の皆さん」と、急に声をかけられた。振り向くと先日知り合ったやり手商人、トロント氏が荷馬車の脇から顔を出していた。


「先日はありがとうございました。おかげさまでサラマンダーのいい素材が大量に手に入りましたよ。コイツの皮は防火性に優れてましてね。貴族様の家の家具にしたり防具にしたりと引く手あまたなんです。王都に戻ればいい商売ができそうですよ」


「それはなによりですね。しかしまさか商会の会頭自ら仕入れをなさっているとは驚きました」


 俺がそう言うと、トロント氏は少し恥ずかしそうな顔をした。


「はは、会頭と言っても私は現場が好きな人間でしてね。それでもしばらくは王都で人に指示する立場でいたんですが、最近は子どもたちも使えるようになってきたんで時々外回りをさせてもらってるんです」


「市場の雰囲気は実際に肌で感じないと分からない、みたいな感じですか?」


「単にいいものを仕入れる瞬間が好きなだけですよ。しかしその理由はいいですなあ。次はそれをダシにして息子を説得しますかね」


「あまり出られるとご子息たちも心配なさるんじゃありませんか? 先日みたいに大きなモンスターが出ることもありますし」


 俺がそう言うと、トロント氏は急に眉を潜めて小声になった。


「そのことなんですが、最近モンスターの数が増えているというのはご存知ですか?」


「ええ、ギルドで聞いたことがあります」


「実は今までに見たことのないモンスターがいくつか出現しているっていう情報がありましてね。しかもいずれもBランク以上とかで、ある町が襲われて住人の三分の一がやられたって話もあるんです」


「見たことのないモンスター、ですか?」


「ええ。なんか人間をバラバラに組み合わせたような不気味な形をしてるらしくて、悪魔だって話もあるみたいなんですわ」


「それは……」


 ちょっとした噂話としてはずいぶんと重い話題が出てきたな。その噂の主と戦ったことがある人間としては無視できない情報である。


「まああのサラマンダーを一撃で倒せる『ソールの導き』の皆さんなら大丈夫でしょうがね。ああ、それとは別にこの町の近くで冒険者のパーティが正体不明のモンスターに襲われたという話もあるみたいですな。余計なお世話かもしれませんが、くれぐれもご注意を」


 トロント氏は頭を下げると荷馬車に乗り込み「では王都でお待ちしております」と言って馬車を出発させた。


 去っていく馬車を見送ってから、ラーニが俺の方をふりむいた。


「ねえソウシ、さっきの話の悪魔って……」


「俺たちが戦った奴の同類で間違いないだろうな。まさか複数出現してるとは思わなかった。マリアネさんは聞いていましたか?」


「いえ、その情報はまだ届いていないようです。商会の情報網の方が優れているようですね」


「ふむ……。正体不明のモンスターというのも気になりますが……」


「そちらは今朝調査討伐依頼が出ていましたのでじきに解決するでしょう。『至尊の光輝』をはじめ複数パーティが請け負ったようです」


「あの方たちもこの町にいらっしゃったのですか?」


 フレイニルがちょっと嫌な顔をする。


「ええ、話によると彼らの活動時間は我々とは被らないようですね。討伐依頼に出ていることも多いようです」


「それならラッキーね。ダンジョンなんかで会ったら最悪だし」


 ラーニが口を尖らせると、スフェーニアも「そうですね」と同調する。


 どちらにしろ複数のパーティが調査に出ているなら、俺たちが依頼を受けることもないだろう。Cクラスダンジョンを攻略し終わったころには解決していることを祈るのみだ。

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