10章 黄昏の眷族 09
翌日、まずは早朝のトレーニングを行う。
場所はギルドのトレーニング場だが、未明の朝にもかかわらず5人の男女が素振りなどを行っていた。さすがにCランク以上が多いギルドだ。
俺たちはいつものとおり基礎身体能力向上のトレーニングを行う。ダークメタル棒を身につけてのダッシュや反復運動などをはじめとして、2人一組になってランダムに投げるダークメタル球をキャッチするトレーニングなどを行うのだが、他の冒険者がチラチラと見ているのが分かる。はた目から見たら奇妙なことをしているようには見えるだろう。もちろん『ソールの導き』体験ということでマリアネにもやってもらった。
「なるほど……。スキルを細分化してそれぞれのスキルに最適な訓練を行っているのですね。言われてみれば当たり前のことかもしれませんが、それに気付いて実践までするというのが並大抵でないというのは分かります。それもソウシさんはまだ冒険者になってから半年も経っていないのというのに……元冒険者としても現ギルド職員としてもお恥ずかしい限りです」
「いえ、私も所詮他者が発見したことを教わって応用しているだけですから。それより効果は感じられましたか?」
「ええ、明らかに特定の能力が上がったことを感じます。これが『ソールの導き』の強さの理由なのですね。我々は色々と考えを変えなくてはならないのかもしれません」
などと話をしている横でラーニがニヤニヤし、スフェーニアとフレイニルがうんうんと頷いている。
「ところでマリアネさん、この訓練法をギルドのほうで広めるということはできないのでしょうか? 冒険者全体の能力の底上げになると思うのですが」
俺がそう言うとマリアネは最初驚いたような顔をして、次いでなにかを思案するように目を伏せた。
「そうですね、もちろんそうさせていただけるならありがたいのですが……。ただソウシさんが個人で広めるならともかく、ギルドでとなると多少問題が出るかもしれません」
「問題、ですか?」
「ええ。スキルというのは元々神の与えた恩恵という扱いで、その解釈にはアーシュラム教会が深く関わっているのです。その神の恩恵を細分化して利用する……という行為をギルドが推奨すると彼らの反感を買う可能性があります。また、冒険者全体が力をつけるとなると、それを警戒する者もあらわれます。もともと冒険者という存在は為政者にとっては自らを守る盾となると同時に、自らを害する刃ともなりうるので」
「なるほど、政治的な思惑まで絡んでくるんですね。それは確かに繊細な案件です」
「ソウシさんさえよろしければ私の方からグランドマスターに直接この情報は上げます。その後はグランドマスターの判断になると思いますが……よろしいでしょうか?」
「問題ありません。そのようにしてください」
「これはパーティにとってはかなり重要な、あるいは
「ええ、いずれは誰かが気づくことですし。それに冒険者全体が強くなればモンスターによる被害も減るでしょう。結局は巡り巡って自分のためになることだと思います」
「情けは人のためならず」なんて言葉もあるが、そもそも「情け」ですらない「他人のふんどし」にすぎない知識である。
「わかりました。先ほど申し上げたような対応をさせていただきます。正直なところこれだけで『ソールの導き』の専属になった意味があります。ありがとうございます」
マリアネが頭を下げるが、この程度で驚かれてはこの後潜るダンジョンではどうなることか。少しだけ楽しみにしている自分がいるのも確かであった。
バートランのDクラスダンジョンはエルフの里にあったのと同じ大木型ダンジョンだった。10階層だが今日は一日で踏破する予定である。
1~5階層は出てくるモンスターもまったく同じで、巨大蜂の『キラービーソルジャ―』、巨大ダンゴムシの『アイアンバグ』、そして巨大ミミズの『ラージワーム』だ。
無論Cランクの俺たちにはなんの相手にもならず、無人の野を行くがごとくに倒して進む。一応マリアネにも戦いの勘を取り戻してもらうために戦ってもらったが、彼女の戦闘スタイルはやはり見た目通り忍者的でスピード特化型のようだ。投擲術にも優れていて、時々「
3時間かからずにボスまで到達。マリアネが「いくら1ランク下のダンジョンと言っても早すぎますね」と溜息をつくのはもうお約束だろうか。
ボスは樹木型モンスターの『マーダーツリー』だが2体登場した。ラーニの「ラッキー」発言にマリアネが眉を寄せる。
「時間はかけられないから俺が強引に突っ込む。フレイニルは結界を外に張って防壁にしてくれ。ラーニとスフェーニアで左は頼む。マリアネさんもできればそちらの補助を」
「はいソウシさま」
「オッケー」
「分かりました」
「
一体を任せて俺は右の一体に真っすぐに突っ込んでいく。飛来する果実攻撃は盾で防ぎ、伸びてくる枝は『衝撃波』で弾き返しながら進むと目の前に太い幹。メイスを横殴りに叩きつけると一抱えもありそうな幹が粉々に砕け散った。
もう一体は『フレイムボルト』を食らって大ダメージを受けて
宝箱はもちろん2つ。中身は『金塊』と『指輪』だった。マリアネが『鑑定』したところ指輪は『炎耐性+1』で、ブレスの対処で矢面に立つだろう俺がつけることになった。地味に『鑑定』スキルのありがたさを感じるところだ。ちなみに『金塊』はただの換金アイテムだが、もちろんその価値はこの世界でも大きい。
「ボスが2体出現するという場面に遭遇するだけでも驚きなのですが、ソウシさんたちがそれに慣れているのがさらに驚きですね。しかし宝箱が二つというのも初めて見ますので、報告することが多すぎます」
そう言いつつマリアネの口元が少しほころんでいるのは俺たちの特異性に慣れ始めているからだろうか。まあ本番はこれからなのだが。
セーフティゾーンで一休みし、6階へ下りる。ここからはさすがに多少慎重に行く。
6~7階のザコは黒いカマキリ型の『デスマンティス』。鎌に麻痺毒がある嫌らしいモンスターだが、スフェーニアとフレイニルの遠距離攻撃が強すぎた。素材は大きな鎌そのもので、含まれる麻痺毒がそのまま狩りに使えるらしい。
8~9階は幅だけで3メートルはありそうな巨大蛾の『パラライズモス』。名前の通り麻痺毒の鱗粉をまいてくる初見殺しの飛行型モンスターだ。ただ鱗粉をフレイニルの『浄化』+『範囲拡大』で完全無効化すると、魔法と矢と鏢の的になり下がる。素材は羽なのだが触ると感触が絹っぽく、もちろん衣服の素材になる。
10階は『スティールバグ』。表皮がさらに硬くなった巨大ダンゴムシだ。攻撃は単純に体当たりだけ、ということで俺のメイスの餌食になってもらう。素材は金属塊で、当然武器や防具の材料だ。
結局4時間程でボス部屋前扉に着く。マリアネの存在も大きいが、10階層は8時間あればいける感じだな。
「不可能ではないとは思っていましたが、予想以上にすんなり来てしまいましたね」
そう言うのはスフェーニア。さすがに彼女も『ソールの導き』のブラックさに染まってきた感がある。
「1日で10階層は上位パーティならできますが、初めて入るダンジョンでは滅多にやらないでしょうね」
「今回はマリアネさんの参加もありましたからね。やはり多数のモンスターを相手にするには機動力のある仲間が必要ですね」
俺は褒めたつもりなのだが、マリアネはそこで少し暗い顔をした。
「ボス以外なら私の力も通じるのですが、やはり大型の敵になると攻撃力のなさを痛感します」
なるほどマリアネが上を諦めた理由がそれなのだろう。ラーニが「まだ諦めるのは早いから」などと励ましているが……マリアネに希望を与えるスキルが身につくことを祈るとしよう。
「よし、じゃあ行こうか」
ボス部屋に入ると
「うわ気持ちわるっ! でもあの色ってもしかしてレア?」
「確か色は黒って話だったからレアボスだな。フレイニルは弱体化の後は『結界』の防壁を。飛んでくる棘はなるべく『衝撃波』で弾くが注意してくれ」
ラーニに答えつつ俺は盾を構えてパーティの前に立つ。情報だと全身の棘を飛ばしてくるらしいが、極彩色なところを見るとその棘に属性とか追加効果が乗る感じだろうか。
『後光』が輝き、直後にスフェーニアの『フレイムボルト』が突き刺さる。棘が少し削れたようだが本体はノーダメージに見える。
巨大毛虫がぶるっと全身を震わせる。数十本の棘……と言っても大きさは槍に近いが……がこちらに飛んでくるが、カウンターの『衝撃波』ですべて跳ね返す。壁や床に刺さった棘が炎を吹き出したり氷の破片をまきちらしたりしているので、やはり属性攻撃になっているようだ。
「『結界』張りました!」
フレイニルの言葉を聞いて、俺はゆっくりと前に出ていく。俺の後ろにラーニとマリアネが続く。スフェーニアの矢とマリアネの鏢が何本かボスに突き刺さり、ボスが再度全身を振るわせて棘を飛ばす。『衝撃波』で弾き返すと、頭上から『聖光』が二本閃いてボスに突き刺さる。続いてスフェーニアの『ストーンランス』。
射程に入ったので『衝撃波』を最大威力で放射する。毛虫の体表にある棘がごっそり砕けてなくなる。
「いける?」
ラーニが言うが、俺は手ぶりで制止した。ボスが急に怪しい動きをしだしたからだ。
ぶるぶる震えたかと思うとボスの背中がぱっくりと二つに割れ、中から巨大な極彩色の蛾が出現した。まさか羽化するボスとは驚きだ。
全幅10メートルはありそうな巨大蛾は、飛び上がると羽ばたいて鱗粉を飛ばしてきた。
「フレイ、『浄化』を!」
指示しつつ飛んでくる鱗粉を弱い衝撃波で押し返す。
「『浄化』いきます!」
淡い光がボス部屋を包み、『浄化』が発動した。これで鱗粉にどんな毒効果があっても消えただろう。
「羽を攻撃して落としてくれ」
俺が指示をすると、複数の矢と鏢が羽に穴を開け、『聖光』が一薙ぎして片方の羽を奪った。墜落した巨大蛾が床の上で暴れている。
「もらいっ!」
後はラーニの攻撃で十分だった。炎をまとった刃が一閃すると、蛾の頭部は切り離されて床にごとりと転がった。
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