10章 黄昏の眷族  08

「いやいや大変なご活躍で、わたくしとても感銘を受けました。同行の冒険者さんにうかがった所、さきほどのモンスターはBランク級とか。それを一撃で倒してしまわれるとは、皆さんはきっと名のあるパーティなのでございましょう。どうかその名をお聞かせ願えませんでしょうか?」


 馬車から降りてきたのは、小柄ながらがっちりした体格の、それでいてきちっとした商人風の身なりをした髭の男性だった。年齢は40代後半だろうか。表情はにこやかだが目の奥には如才じょさいなさが見える。前世での経験から言うと頭のキレる個人バイヤーといった感じだ。


 俺たちが反応に迷っていると、男性はハッとなって愛想笑いをした。


「ああ、これは失敬。わたくしはトロントと申しまして、王都を中心にいくつかの町にて多少のあきないをしているものでございます。モンスターを討伐した腕、そしてあの巨大なモンスターを『アイテムボックス』に収納するというすばらしいお力、どちらも商人としては見過ごせるものではございません。無論我々を助けていただいたというところも感じておるところでして、是非ともお近づきになれればと思ってお声がけした次第です」


「これはご丁寧に、私はソウシと申します。我々のパーティは『ソールの導き』と申しますが、活動を初めて間もないCランクのパーティです。まったくの無名ですのでお耳汚しにしかならないでしょう」


 俺が答えると、トロント氏は両手を広げ驚いたようなそぶりを見せた。ただ一瞬だけ「しめた!」というような表情をしたのは気のせいではないはずだ。


「なんと、それほどのお力を持ちながら無名とは、そのようなことがあるのですな! でしたらなおのこと『ソールの導き』、そしてそのリーダーのソウシ殿のことは覚えておかねばなりません。むしろ商人としては、すでに有名なパーティとつながりができるより価値があるものでございますので」


「先物買い、ということでしょうか。我々がご期待に沿えるかどうかは保証しかねますが」


 俺の言葉にトロント氏は少しだけ本気で驚いたようだ。


「ソウシ殿はやはりなかなかに話の分かる御仁のようですな。ますます友誼ゆうぎを結びたくなりましたぞ。そうそう、先ほどのサラマンダーはどちらのギルドまでお持ちになるご予定ですかな?」


「この先のバートランですね」


「それは結構ですな。われわれも丁度バートランへ寄る予定でしたので、いい素材が入手できそうです」


 少しだけ悪い顔をするトロント氏。恐らく他の商人に先駆けてサラマンダーの素材を手に入れるつもりなのだろう。抜け目のない商人というところだが、雰囲気からすると大店おおだなの幹部とかなのかもしれないな。


「ともあれお助けいただいたからにはお礼を差し上げたいと思うのですが、何かご所望のものなどございますでしょうかな?」


「いえ、たまたま遭遇したモンスターを討伐しただけですから礼などいただくわけには参りません」


「いえいえ、こちらとしてもそういう訳にはまいりません。あのままでしたら、商品どころかこちらの命まで危険にさらされるところでしたからな」


 トロント氏の言うことも分かるのだが、実際ただのなりゆきであるし礼をされるいわれはない。ただトロント氏としては我々とつながりを作りたいということだろうし、ただ断っても聞いてはくれないだろう。


「そこまで言われるのでしたら……そうですね、今後王都に向かうこともあると思いますので、その時に何かをお願いするというのはどうでしょう。トロント殿の名は胸に刻んでおきますので」


 そう言うと、トロント氏は少しだけキョトンとした顔をして、それからさも面白そうに笑いだした。


「ふははっ、ますます今日の出会いを感謝せねばいかんようです。分かりました、今日のところはこれで。しかし王都にお越しの際は必ずトロント商会までお立ち寄り下さい。いい宿などもご紹介できますので」


 そう言うと、トロント氏はさっそうと馬車の方に戻っていった。引き際の速やかさもいかにもやり手商人という感じである。


「ではお先に!」


 と挨拶をして、トロント氏一行の馬車はそのままバートランの方に向けて出発していった。馬車のスピードが思ったより速くて驚くが、よく見ると荷馬車をく馬はかなりいい馬のようだった。


「なんかよくわからないおじさんだったね。なんのやり取りをしていたかよく分からなかったけど、でもなんとなくソウシが上手くやった感じは分かったかな」


 馬車を見ながらラーニが言うと、フレイニルも合わせて頷いた。


「私もそう感じました。多分ソウシさまは先ほどの方の信用を得たように思えます」


「トロント商会は王都でも三本の指に入る商会です。その会頭の信を得たのは『ソールの導き』としてはかなり大きなことだと思います」


 思いがけないマリアネの言葉に俺はつい「は?」と言ってしまった。王都で三本の指に入る商会の会頭と知己ちきを得るとは……『悪運』スキルは少し働き過ぎではないだろうか。過労で倒れても誰も助けてくれないんだがな。




 その2日後の昼、俺たちはバートランの町に到着した。ロートレック伯爵領の第二の町らしく、エウロンに近い規模のかなり栄えている町である。


 まずはマリアネをギルドまで送り届けなければならない。もちろんそのまま『サラマンダー』を買取に出す予定である。恐らくそれがバートランのギルドでのマリアネの初仕事ということになるのだろう。


 バートランのギルドはやはりエウロンとほぼ同じ規模のものだった。建物内のカウンターの配置などが同じなのは、旅をする冒険者がどこでも同じように用事を済ませられるようにするためらしい。


 マリアネはギルドに到着すると奥の部屋に行き、10分ほどでカウンターに入って業務を始めた。バートランのギルドマスターに話を通したということなのだろうが、対応が早すぎる気がする。ギルド内部的にマリアネのような専属職員への対応があらかじめ決まっているということか。


 他の受付嬢が遠巻きに怪訝けげんそうに見ているのだが、マリアネはまったく気にする様子はない。このあたりはいつもの通りだ。


「ソウシさん、まずは『サラマンダー』の買取をいたしましょうか?」


「そうですね、お願いします」


 というわけで、いきなり裏の解体場まで移動する。


 マリアネが解体職の職員を呼んできたので、俺は解体場前の広場に『サラマンダー』を取り出した。


 やはり20メートル級のモンスターを『アイテムボックス』から取り出すのは珍しいことらしく、男の解体職員が目を見張った。


「いや話には聞いてましたがこりゃすごいですね。すでに買い手はついてますので早速やらせてもらいますよ」


 なるほどすでにトロント氏の予約が入っているようだ。素材がすぐにさばけるならギルドとしても願ったりかなったりだろう。


 俺たちはギルド内に戻って『サラマンダー』討伐の手続きなどを済ませる。


 ギルド内にいた冒険者の内数名がこちらを気にしていたようだが、専属職員持ちと気付いたのかもしれない。


 この町の周囲にはDクラスダンジョン1つとCクラスダンジョン2つがあり、冒険者のランク平均はエウロンより高そうだ。それだけに目敏めざとい者も多いだろう。


その後町に出てマリアネお勧めの宿を取った。マリアネも同じ宿に泊まるということで、どうやら女性陣はまたにぎやかになりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る