10章 黄昏の眷族  07



 頭部を失い全身の炎が消えたサラマンダーを背に、俺は倒れた女冒険者の元に向かった。


 とりあえず動けるようで、彼女は薙刀なぎなたを杖代わりにしてすでに立ち上がっていた。


 グレーのロングヘアをきれいに切りそろえ、意匠の凝ったデザインの鉢金はちがねを額にまいた、女武者みたいな雰囲気の女性である。見た目は二十歳前だろうか。もとは凛々しい顔つきなのだろうが今はさすがに疲れが見える。


「フレイ、回復してあげてくれ」


 パーティの面々が近くにやって来たので、俺はフレイニルに頼んで回復をしてもらった。女武者風冒険者の「かたじけない」という言葉に少し驚いてしまう。


「俺たちは『ソールの導き』というパーティだ。済まないが、危険だと判断したのでこちらでそのモンスターは討伐させてもらった。了承してもらいたい」


 俺がそう言うと、女武者は済まなそうな顔をした。


「申し訳ないが、それはそれがしが答えられるものではないのだ。こちらのリーダーが判断することなので、リーダーに聞いてもらいたいのだが……」


「ああ君たち、勝手なことをしてもらっては困るね。こちらの作戦が台無しだよ」


 女武者の言葉を遮るようにして後ろから少年の声が聞こえてきた。振り返ると、先ほど必死の形相で逃げていた少年冒険者がやれやれといった表情で歩いてくるところだった。


 改めて見直すと金髪赤眼のかなりの美少年だ。軽薄そうな表情がなければ物語の主人公と言ってもいいレベルの風貌である。


 その後ろには魔導師風と僧侶風の2人の少女冒険者もいるが、そちらも揃って美少女であった。ただしその顔つきには隠し切れない高慢さが見え隠れしている。


 よく見ると全員かなり見映えのいい装備を身につけている。俺が言うのもなんだが、完全に実力には見合っていない装備だ。


「君がリーダーか? こちらは『ソールの導き』、俺がリーダーのソウシだ。危険だと判断したのでこちらで討伐させてもらったのだが、先ほどの動きがそちらの作戦だと言うのかな」


「僕たちは『至尊の光輝』、僕がリーダーのガルソニアだ。その通り、今のは丘の上から地の利を活かして反撃する作戦だったのさ。君たちはその作戦を邪魔したんだよ。だからまずは謝罪をして欲しいな」


 おっと、この手の冒険者には初めて会った気がするな。なるほど獲物の横取りがトラブルの元になるというのは分かったが、さすがにこの少年の言い分を素直に聞いてやるのは問題がありそうだ。俺一人なら退いてやってもいいんだが、こっちも仲間がいる身だからな。


「はあ!? 今のはどう見たってただ逃げてただけじゃない!」


「ラーニよせ。なるほど、先ほどの動きが作戦ならばそうしよう。その前に聞きたいのだが、君の行った作戦によってあそこにいた人々が危険にさらされた。それについてはどう説明するのか教えて欲しい」


「そんなことは知らないね。僕たちの作戦領域に勝手に一般人が入ってきただけだ。責任は彼らにある。そういう意味では彼らも君たちと同罪だよ」


「ふむ。君は彼らがいることを知っていてなお彼らに危険が及ぶ作戦を行った、ということでいいのか?」


「何度も言わせないでくれ、彼らが勝手に僕たちの作戦領域に入ってきただけだ」


「それは問題ではない。君は彼らの存在を認識していたということが重要なんだ。今の言い方では認識していたということで間違いなさそうだ」


「それが何なんだ。さっさと謝罪をしたらどうだ」


「その前に、冒険者が一般の人間を危険にさらす行為は厳に禁じられているということを君は知っているか?」


「それは当然だろう。今のがそれに当たるとでも言いたいのかい? 一般人が勝手に入ってきただけなのに?」


「それを判断するのは俺たちではなくてギルドの人間だろうな。ちなみに今ここにギルドの人間がいるので、判断を仰ごうと思うのだがどうだ?」


「なに? 都合よくそんな人間がいるわけがないだろう。つまらない言いがかりはよしてくれ」


「ということなんですが、ギルドとしてはどう判断しますか?」


 そこで俺はマリアネを見る。トラブルに巻き込んで申しわけないが……と言いたいところだが、実はさきほどからマリアネが眉間にしわを寄せて何か言いたそうにしていたのである。


 マリアネは懐からギルドの職員カードを取り出して少年に見せた。


「冒険者ギルドの一級職員のマリアネと申します。先ほどの一部始終を見ておりましたが、先ほどの貴方がたの行動が作戦行動であるならば、一般人を危険にさらす重大行為に当たると思われます」


 マリアネがそう言うと少年は名状しがたい表情になってビクッと一歩後ろに下がった。後ろの少女たちも合わせて下がる。


「そ、それは……なぜこんなところに一級職員が……、いや、先ほど言ったのはそうではなくてだね……」


「もう一度申し上げます。先ほどの行為がであるならば、重大な禁忌行為となります。先ほどの行為は確かに作戦行動だったのですね?」


 マリアネが念を押すと少年はハッとなって、急に作り笑顔を顔に浮かべた。


「ああいや、済まない、実は危険を察してただやみくもに逃げていただけでね。一般人がいるとは気付かなかったんだ」


「そうですか。であれば討伐された『サラマンダー』はこちらの『ソールの導き』に所有権があると言うことで異存はありませんね?」


「はは、それはもちろんさ。倒したのはそちらの人だしね。こちらが権利を主張できるはずもない」


「分かりました。それならば禁忌行為はなかったと判断しましょう。『至尊の光輝』は非常に期待されているパーティだとうかがっております。勘違いがなくてなによりでした」


「そうだね、僕たちは期待されているパーティだから、この程度の獲物に執着することはないよ。さあ皆、今回は獲物を仕留めそこなってしまったが、この失敗を活かして次に臨もうじゃないか」


 急に態度を変えたガルソニア少年は、芝居がかった所作でパーティメンバーを集めると、そそくさとその場を去っていった。


 もちろん去り際に俺をにらんでいったが、あえて俺は見ないフリをした。


 代わりに申し訳なさそうな顔で一礼をした女武者風冒険者には片手を上げて挨拶を返しておく。事情はよく分からないが、どうやら彼女は貧乏くじを引いている感じだな。どこの世界でもそういう人間はいるのだろう。


 『至尊の光輝』の4人が遠くに去ると、ラーニが腕を組んで頬を膨らませた。


「なにあいつら、手のひらころっころ変えてホントムカつく。ねえソウシ、あのまま行かせちゃっていいの? こっちをハメようとしたんだよ?」


「ラーニの言いたいことも分かるが、多分これ以上彼らとめるのは得策じゃない気がするんだ。マリアネさん、彼らは何か訳ありなパーティなんじゃありませんか?」


 俺がそう言ったのは、彼らがどうも身分の高い人間に見えたからだ。『ガルソニア』という音の多い名もそうだが、装備の良さを見ても庶民出身とは思えなかった。


 マリアネは小さく溜息をつくと、「ええ、その通りです」と言って話し始めた。


「『至尊の光輝』は、アーシュラム教会が送り出している『救世の冒険者』たちなのです。あの少年をはじめ全員が貴族の子弟で構成されたパーティで、冒険者ギルドでも扱いに注意が必要なパーティです」


「『救世の冒険者』、ですか?」


「ええ。教会が言うには、『混沌の時』が近いと神の啓示があったそうです。その『混沌の時』を早期に終結させるための対策の一つがあの『至尊の光輝』なのだとか」


 マリアネの言葉の通りなら、あのパーティはゲーム的な『勇者の一行』みたいな感じなのだろうか。見た目はともかく言動はとてもそんなイメージではないが。


「教会肝入りのパーティという訳ですか。しかし『混沌の時』とはおだやかじゃありませんね」


「フレイは聞いたことある?」


 ラーニが陰でボソッと聞くと、フレイニルは首を横に振った。


「いえ、私が知る限りでは聞いたことがありません。もとは『混沌の時』は乗り越えたと言っていたはずなのですが……」


「そうですね。国家間の領土争いがひとまず終結して、教会も一度はそのような見解を出していたと思います」


 マリアネが言うとスフェーニアも頷いて、「私もそう聞いていますね」と口にしてから言葉を続けた。


「ただアーシュラム教会ではつい最近教皇猊下が新しく即位されたとか。その辺りも関係があるのかも知れません」


 なるほど、新しいトップが自分の威を示すために色々な事業を始めるのは組織ではよくあることだ。ただそのゴタゴタの影に隠れてフレイニルの一件のようなことがあるなら、そして結果として生まれたパーティがあの『至尊の光輝』だとしたら……正直教会にいいイメージを持つのは難しいかもしれないな。


「なんか面倒な話っぽいね。どうせ私たちにはそんなに関係ないだろうし、さっきのは忘れてさっさと先に進もっ」


「ラーニの言う通りだな。俺たちは俺たちがやるべきことをしよう。マリアネさん、先ほどはありがとうございました」


「いえ、職員としては恥ずかしいところがある対応でした。ソウシさんの判断に感謝します」


 マリアネに頷いてみせ、俺は横たわっているサラマンダーの巨体をすべて『アイテムボックス』に押し込んだ。フレイニルたちはもう慣れた感じだが、マリアネはさすがにまだ驚いた顔をする。


「本当にあの巨大なサラマンダーを『アイテムボックス』に入れて運べるのですね。ソウシさんの能力はそれだけでかなり驚くべきものです。それ以前に一撃で倒せるのも異常ではありますが……」


「こんなので驚いてたら私たちのパーティじゃやっていけないよ? ね、フレイ」


「はい、ソウシさまは本当に素晴らしいお力をお持ちなんです」


 そんなやりとりに俺がくすぐったさを感じていると、丘の上から下りてくる一団があった。ほろ馬車3台に冒険者1パーティが護衛としてついている、いかにも旅の商人という感じの一団だ。


 その先頭の馬車に乗っている男性がどうもこちらに大声で呼びかけているようだ。


「お待ちくださいそちらの冒険者の皆さん。どうか挨拶をさせていただけませんか!」


 どうやらこの突発的なイベントは、もう一幕あるようであった。

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