8章 エルフの里へ  17

 その後一時間ほどゆっくりしてから、俺たちは里長の館に向かった。


 館の応接室に通され、応接セットのソファで里長とその細君と対面する。


「御足労をおかけして申し訳ありません。この度は本当に助かりました。ソウシ殿のパーティがいなければ里に大変な被害がでていたでしょう」


「お役に立ててなによりだと思っています」


 里長が頭を下げるので、俺も合わせて下げておく。このあたりは日本のサラリーマンの習性である。


「まずはお礼の方なのですが、大変申し訳ないのですが、復興の関係もあって今資金の方が入用でして、代わりにこの里の特産である冒険者用のアクセサリーでお渡しできればと思うのですがいかがでしょうか?」


「それは……かなり高価なものだと思うのですが、よろしいのですか?」


「ええもちろん。まあ裏の話をすれば、店頭の値段はかなり色がついておりますので、その方がこちらもありがたいというところもあります」


 かなりぶっちゃけた話だが、それだけ信用されているということだろうか。スフェーニアが所属するパーティだから、ということもありそうだ。


「それではこちらから、各人一つづつ選んでいただければ」


 と里長が言うと、細君がわきにあった箱をテーブルの上に置いた。蓋を開けると先日店で見たような特殊効果付きのアクセサリーが並んでいる。もちろん効果の内容が書かれたプレートつきだ。


「では遠慮なく。皆、自分が必要だと思ったのをいただこう」


 俺が言うと、3人はじっと見てそれぞれ選んで手に取った。


 俺は残ったものの中から『俊敏+1』の指輪を選ぶ。俺に必要なのは走る早さだとこの間痛感したからだ。


 フレイニルは『魔法力+1』、ラーニは『身体能力+1』、スフェーニアは『集中力+1』のアクセサリを選んだようだ。


「ではこちらをいただきます。ありがとうございます」


「それらのアクセサリーが皆さんの今後の活躍に役立ってくれれば幸いです」


 里長は目元を緩めて頷き、そして再度姿勢を正した。


「さてソウシ殿、実はソウシ殿のパーティに新たに依頼をしたいことがございます」


「どのような依頼でしょう」


「実は昨日とらえたオーズの冒険者、名をシズナと言うそうですが、彼女をエウロンのバリウス子爵のところまで送り届けていただきたいのです」


「は……」


 んん? それは一冒険者パーティに頼んでいいことなんだろうか。


 暗殺されそうになったのは確かだが、それによって彼女が完全に無実と決まったわけではないのだ。立場としては重要参考人ということになるだろうが、それを民間人に護送させるのは問題があるのではないかと思うのだが……。


 俺が難しい顔をしていたのだろう、里長は言葉を続けた。


「もちろん普通ならこちらの正式な使者が連れて行かねばならないのですが、今回はそれをスフェーニア様に代行していただこうと考えているのです」


「スフェーニアがエルフの里の正式な使者という扱いになるということですか?」


「はい、スフェーニア様にはその資格がございますので。もちろん今はソウシ殿のパーティメンバーであることは承知しております。つきましてはそのことを込みで依頼をしたいのです」


「なるほど……。スフェーニアはその件は問題ないのか?」


「はい、問題ございません。ソウシさんが許可してくだされば、この里の使者という肩書を代行いたします」


 なんとも微妙な話ではあるが、スフェーニア自身にそれだけの信用があるということだろう。それであれば、むしろ冒険者である俺たちに護送させるのは合理的ですらある。


 フレイニルとラーニを見ると、2人とも俺に任せるといった顔だ。


 俺は里長に向き直った。


「我々は今ホーフェナさんをエウロンまで送り届けるという依頼も受けています。それと同時で構わないのであればお引き受けいたしましょう」


「ええ、それも存じております。もちろん同時で構いません。どうかよろしくお願いいたします」


 そんなわけで、少しばかり重い依頼を受けることになってしまった。


 とはいえそれだけパーティの実績にはなるし、ランクも上がりやすくなるから渡りに船ではあるのだが……さらなる面倒を呼び込む可能性も否定できないのが、『悪運』スキル持ちの辛さではあるんだよな。




 その後3日ばかりは、トレーニングや里のDランクダンジョンの周回をして、スキルレベルを上げたり経験を積んだりして過ごした。


 一日は森の中を調べたりもして、動物ゾンビを召喚するための『召喚石』らしきものを発見したりもした。


 その石自体はA4の用紙くらいの大きさのもので、すでに機能は停止していたのでそこまで大量に召喚できるものではなかったのかもしれない。いずれにしても証拠品と言うことでそれもバリウス子爵まで届けることになっている。


 ゴーレム討伐の報酬についてはかなりの額が出たが、あの巨大なゴーレムがどのようにして出現したのかは結局不明のままであった。普通に考えればシズナ嬢をハメた連中が呼び出したということになるが、果たしてそこまでの技術を彼らが身につけていたのかどうかはもはや知るすべはない。ゲーム的に考えれば、何らかのアイテムを使用して召喚した……などと思ってしまうが、そのような便利(?)アイテムの存在も不明である。


 疫病の方はフレイニルの『浄化』もあり、予想より患者たちは早く回復したとのことだった。ホーフェナ女史はそれでも予備の薬を多く作っていたようだが、最後の半日はさすがに休みをとって寝たらしい。


 そんな感じで里での一週間ほどは過ぎていき、いよいよエウロンに戻る日の前日夕方、俺たちはまた里長の館に呼ばれた。


 護送するオーズの冒険者・シズナと顔合わせをするためである。


 応接の間で待っていると、巫女服の少女が警備の人間に連れてこられて入ってきた。両腕に縄がつけられているのはまだ無実と決まったわけではないため仕方がないのかもしれないが、さすがに少し痛々しい。


「お待たせいたしました、こちらが護送をお願いする冒険者のシズナです」


 里長に紹介されると、シズナ嬢は俺たちの顔を順に見て、それから頭を下げた。


 改めてみると、やはり10代後半くらいの少女である。切りそろえられた黒髪の下に半分隠れた瞳も黒で、巫女服っぽい装束と合わせて日本的な雰囲気が強い。どことなく神秘的な雰囲気を感じるのは額の角のせいもあるだろうが、彼女の出身国が『呪術国家』だと聞いているからだろうか。


「オーズの民、シズナと言う。わらわの命を救ってくれた由、里長より聞いておる。礼を言わせていただこうぞ」


「ソウシと申します。貴方の身になにもなくて安心いたしました。この里よりエウロンの町までお送りすることになっております。よろしくお願いします」


「ふむ、ベテランの冒険者といったところかのう? 先のゴーレムを退治したとも聞いておるが、相当な腕利きということかの?」


「いえ、まだDランクのパーティです。ただしメンバーにはCランクもおりますのでご安心を」


「わらわはEランクゆえ贅沢は言わぬ。食べ物さえ出してくれれば余計なことはせぬと誓おう。オーズにいらぬ不名誉がふりかかることは望まぬゆえな」


「道中ご不便をおかけすることは少ないと思います。そちらもご安心を」


 どうやらこのシズナ嬢は、自分の立場を理解はしているようだ。そのあたりは里長も上手く説明したのだろう。


 しかし確かに彼女の言葉遣いは上位の人間のもののような気はするな。そう思うと立ち居振る舞いもそれなりに洗練されているように見える。


「ところで今パーティと聞いたが、ソウシ殿以外のメンバーはここにいる女子おなごたちということかの?」


「そうなります。フレイにラーニ、スフェーニアです。いずれも優秀ですのでご心配なく」


「ふむ……そちらの金髪の女子には我らと近しい力を感じるのう。あい分かった、明日から世話になるゆえ、よろしく頼まれたい」


「承知しました」


 というところで面会はここまでのようだ。シズナ嬢は警備兵に連れられ部屋を去って行った。


 彼女は『覚醒』した冒険者であるし、大人しくしていてくれれば道中の面倒はないだろう。ただ問題は、あの暗殺者たちの背後にある存在が彼女の暗殺を諦めてくれるかどうかだが……。それこそが俺たちが雇われた理由であるし、気を引き締めてかかるしかないだろう。

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