8章 エルフの里へ  18

 翌日俺たちはホーフェナ女史、シズナ嬢両名と里長の館の前で合流し、里長夫妻に見送られてエルフの里マルロを後にした。


 城門を出る時に10人くらい里の人が見送りに来ていて驚いてしまったのだが、スフェーニア曰く「私たちに感謝している人は少なくないですよ。ソウシさんの戦いを見て感激した人もいますから」とのことだった。


 冒険者としてモンスターを討伐しただけだが、そういうのも悪くはない……と思うことにする。


 里を出てから街道をすぐに西に折れ、来たときと同様峠を越える。さすがに山道を歩くときは両手を縛っているわけにもいかないので、シズナ嬢の縄は外してやった。


 ホーフェナ女史には最初から背負子しょいこに乗ってもらい一日で峠を越え、なるべく山から離れたところまで進んだ。


 日が落ちるギリギリまで歩いたので農村のない場所で野宿となったが、『アイテムボックス』持ちと『結界魔法』持ち、そして『水属性魔法』持ちがいるこのパーティでは野宿自体イージーなので問題はない。


 周りに何もない街道の外れでホーフェナ女史が作ってくれたスープに舌鼓を打つ。火を囲んで車座になっていると自然と仲は良くなるもので、シズナ嬢もかなり打ち解けたようにいろいろ話をするようになった。


「オーズの都であの者たちとは出会ったのじゃ。冒険者としてはオーズ内ではそれなりに信用のある者たちということでパーティを組んだのだがの、まさかこんなことになるとは思ってもみなかったのう」


「彼らがどこの国の人間かは分からなかったのですか?」


「3人ともがこの国の出身だと言っていたのじゃ。だからこそあやつらに言われてこの国まで来たのじゃが……」


 おそらく同じようなことは里長たちにも聞かれてはいるはずだが、語るシズナ嬢には嫌がる様子はない。


「今まで怪しい様子はなかったのですね?」


「わらわがEランクになるまできちんと手伝ってくれたしの。冒険者としてはむしろ気のいい感じであったくらいであった」


「そうやってシズナさんをダマす準備をしてたってことなのかな? それってひどくない?」


 ラーニの言葉は無遠慮なところもあるが、悪気がないのも分かるのでシズナ嬢も頷くだけだ。


「結局はそういうことじゃろうな。そう考えると随分と用意周到とも言えるがのう。わらわはそういうことにはうとくての。もっと母上の話を……いや、それはよいか」


「ところでシズナさん自身は、ゾンビを召喚したり、ゴーレムを使役したり、そういったスキルについてはご存知ないのですか?」


 シズナの最後の言いかけを無視するかたちでスフェーニアが聞く。


「うむ、どうやらオーズはこのあたりでは『呪術国家』などと言われているようじゃのう。じゃが我々が操るのは『精霊』であって、アンデッドやゴーレムとはまったく別のものじゃ』


「『精霊』、ですか?」


「すまぬがそこは我らの秘術ゆえ詳しくは話せぬ。じゃが少なくともこの間のゴーレムのような死体などを操るわざでは決してない。まあそう勘違いされる理由も分からぬではないのじゃがな」


 なかなかに興味深い話ではある。オーズ国自体は他国とは国交はないようだが、冒険者の出入国はできるようなので、スキル入手も兼ねて一度行ってみてもいいかもしれないな。


 そんなことを考えていると、フレイニルが興味を持ったのか口を開いた。


「その、シズナさまはその『精霊』を使役できるのですか?」


「もちろんじゃ。そうじゃな、今夜はわらわが『精霊』に見張りをさせてみようか。夜番を立てるよりもその方が楽じゃろう」


「『精霊』を見せていただけるのですね。楽しみです」


「うむ、まあそこまで面白いものでもないがの。どれ、やってみるか」


 シズナ嬢はそう言うと立ち上がり、指で印のようなものを組んでなにか呪文を唱え始めた。その呪文は俺の耳には「かしこみかしこみ申す」みたいな祝詞のりとのように聞こえた。


 彼女が呪文を終えると同時に地面が二か所いきなり盛り上がり、その盛り上がった土が次第に人の形を取り始める。と言っても背の高さは50センチほどで、土の人形と言った方がいいだろう。


 その二体の人形はしばらくゆらゆらと体をゆらした後、自らの意志を持つように自由に歩き始めた。モンスターをはじめとするファンタジー世界に慣れつつあるとはいえ、なかなか興味深い光景である。


「これがわれらの業じゃ。『精霊』を呼び出して使役するのじゃが、『精霊』自体は実体を持たぬ。ゆえに依代よりしろをつくるわけじゃが、今回は簡単に土の人形とした」


「すごい……。まるで生きているみたい……」


「依代自体はもちろんただの土じゃが、『精霊』自体は生きておる。ゴーレムやアンデッドと決定的に違うのはそこなのじゃ」


「なるほど、これがオーズの術なのですね。とても神秘的ですし、アンデッドのようなよこしまな気配も感じません。むしろ神々しいような……」


 スフェーニアが言うと、シズナ嬢が頷いた。


「そうじゃな。『精霊』は人間よりは神に近い存在かも知れぬ。さてフレイ殿、結界を少し解いてくれぬか。こやつらに周囲を見張らせるゆえな」


「はい、分かりました」


 フレイニルが結界を解くと、二体の『精霊』土人形はそれぞれ別の方向に走っていった。


「これでなにか見つければわらわのもとに知らせが来る。今宵は安心して寝ていてよいぞ」


 シズナ嬢は少しだけ誇らしそうだ。まあ彼女ら独自の技術であるようだし自負もあるのだろう。『精霊』が偵察などもできるなら冒険者としてもかなり貴重な能力ではないだろうか。


 そんな感じでその日は眠りについた。


 フレイニルの『結界』もレベルが上がって非常に強固になっていて、おまけに『精霊』の見張りつきなので下手な家より防犯性は上である。野宿とはなにかを考えさせられる話だが、今はその恩恵にあずかろう。




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