8章 エルフの里へ  16

 翌日はトレーニングだけして一日休むことにした。スフェーニアは朝から里長に呼ばれて館に行ってしまった。恐らく今後の対応について相談を受けているのだろうが……いったい彼女はエルフとしてはどんな扱いを受けているのだろう。聞けばいいことではあるが、妙に聞きづらい雰囲気がある。フレイニルみたいにやんごとなき身分の者ですなどと言われても困ってしまうし。


 ちなみに昨夜は宿に戻ったら、フレイニルが抱き着いてきて離れなくなってしまった。事前に説明はしておいたのだがどうもかなり心配させてしまったらしい。


 そんなわけで今日は一日フレイニルと里を歩いたりしたのだが、おかげで親子感がさらに強まった気がする。


 午後になって、里長の館そばを通りかかった時、フレイニルがふと俺を見上げて言った。


「そう言えばホーフェナさんはどうしているのでしょう?」


「ああ、言われてみればあれから一度も顔を合わせてないな」


 薬師のホーフェナ女史は疫病の隔離所で患者の対応をしているはずだが、ずっと詰めっぱなしのようであった。会いに行っても邪魔をしてしまうだけなので行きづらくもあるのだが。


「見に行ってみませんか。私の『浄化』が役に立つかもしれませんし」


「ふむ、それは考え付かなかったな」


 なるほど大気中の麻痺毒まで除去する『浄化』なら空気清浄機の代わりができるかもしれないな。


 フレイニルが積極的にこういうことを言うのも珍しいので、俺たちは隔離所に行ってみることにした。


 隔離所は屋根の高い大きな建物で、もとは倉庫か何かのように見えた。


 扉の表札には「関係者以外立入禁止」と書かれていたが、一応関係者なのでそのまま入る。


 中は広い空間にベッドやマットが敷かれ、そこに大勢の患者が横になっていた。白衣を着た看護師のような人間があちこちで世話をしている。ふと入り口横を見るとそこに別の部屋の入り口がある。微妙に薬の匂いが漏れてくるのでそこで薬の調合をしているのだろう。


 部屋に入るとそこは小さな事務室くらいの空間で、案の定ホーフェナ女史が乳鉢やなにやらを相手に薬の調合をしていた。


「あらソウシさんにフレイちゃん。見に来てくれたの?」


 俺たちに気付いてホーフェナ女史が振りむいた。目の下にうっすらくまが見えるのが痛々しい。


「お忙しいところ申し訳ありません。フレイが自分の『浄化』魔法が役に立つんじゃないかと言うので来てみたのですが……」


「『浄化』ですか? そうですねえ、確かに効果は多少あるとは聞いています。ただこの隔離棟は広いので、あまり効果はないかと思いますよ」


「あの、『充填』スキルとこの杖を使えば、この建物の中くらいなら届くと思います」


 フレイニルがそう言うと、ホーフェナ女史は「それならお願いします」と言ったので、俺たちは患者のいる広い空間に戻った。


 改めて見回すと、やはりもともとは倉庫なのか窓がほぼなく、環境としては最悪な気がする場所であった。素人考えではあるがやはり換気は大切だと思うのだが。


 ホーフェナ女史もついてきてくれたので、俺たちはその部屋の真ん中あたりまで移動をする。ホーフェナ女史が何人かの看護師に、『浄化』を使う旨を伝えてくれた。


「いきます」


 フレイニルが杖を掲げ精神集中を始める。『充填』込みなので20秒ほど待つと、杖の先端が輝いた。


 ぼんやりと部屋全体が光に包まれ、直後に周りの空気が明らかに物理的に変化したような感覚にとらわれる。心なしか吸い込む空気が美味い気までするな。


「これは……ここまではっきりと変化するのですね。それより今までが酷すぎたのかしら?」


 ホーフェナ女史の疲れた目に少し光が戻っている。疲労軽減の効果まであったりするのだろうか。


 患者さんの何人かが「おお……」とか感嘆の声を漏らしているので、もしかしたら本当にそんな効果があったのかもしれない。


 もともと聖女感の強いフレイニルだが、『神属性』の件といい本当に聖女なのではないだろうか。


「すごいなフレイ、かなり効果があったと思うぞ」


「それならいいのですが……。すみませんホーフェナさん、急にこのようなことをして」


「いえフレイちゃん、これはきっととても意味のある魔法だったと思うわ。私まで元気になった気がするし、もしよければ明日もお願いしていいかしら?」


「ソウシさま、よろしいですか?」


「ああ、朝一で来てやろうか」


「はい」


 自分の魔法が役に立ったのが嬉しかったのか、フレイニルは満面の笑みを浮かべて頷いた。このあたりも聖女感があふれ出ていて、俺としても見ていてまぶしく感じるくらいである。




 夕方少し前に宿に戻ると、ラーニがニヤニヤしながらフレイニルに「デートどうだった?」とか聞いてきた。フレイニルが顔を真っ赤にして「そういうのではありません……からっ」と答えているのが微笑ましい。


「ねえソウシ、次は私ともデートしてね」


「デートじゃないんだが……まあ機会があったらな」


「やった、約束ね」


 とラーニのからかいを流していると、スフェーニアが部屋に入ってきた。


「お疲れ様。対応の方は決まりそうか?」


「はい、あのオーズの冒険者については決まりました」


 スフェーニアは少し意味ありげな目を俺に向けながら、自分のベッドに腰かけた。


「ついては今日この後、里長のところに来て欲しいとソウシさんのパーティーに依頼が入っています」


「里長が俺たちに?」


「里を救ってくれた功労者ですから正式に礼をしたいそうです」


「そうか……わかった、じゃあスフェーニアが一休みできたら向かおうか。2人もいいな?」


「はいソウシさま」


「分かったわ。何がもらえるのか楽しみね」


「ところで帰りに隔離所に寄られたそうですね。ホーフェナがフレイの『浄化』がとてもすばらしいと何度も言っていましたよ」


 スフェーニアがそう言うと、フレイニルは少し恥ずかしそうな、嬉しそうな顔をした。


「お役に立ててよかったです」


「話によると患者のほとんどが体調が良くなったと言っているとか。前にも言いましたが、フレイの魔法はとてもEランクのものとは思えませんね。なにか秘密があるのですか?」


「秘密なんてありません。ただソウシさまのおかげでいくつかスキルを得ただけで……、あとこの杖も」


「ええ、それもあるでしょうね。『亡者の杖』は魔法使いなら欲しがる者も多いですから」


「えっ、フレイのその杖ってそんなにいい物なの? なんかフレイに似合わない地味な杖だな~くらいにしか思ってなかったけど」


 ラーニの感想は相変わらず遠慮がないが、確かに『亡者の杖』は見た目かなり地味ではある。


「ソウシさまとリッチを倒した時に手に入れたものなんです。私の宝物です」


「ふ~ん、いいなあ。ソウシ、私にもいい武器くれるよね?」


「強い剣が手に入ったらもちろんラーニに使ってもらうさ。それは運しだいだな」


「運しだいならすぐに手に入りそうだね。ソウシが私のこと大切に思ってくれてるなら」


「そこで変なプレッシャーかけるのはやめてくれ……」


 苦い顔をして見せるとラーニは楽しそうに笑った。


「あははっ。ねえスフェーニアは何が欲しい? やっぱり弓?」


「そうですね、強力な弓は欲しいと思います。あとやはり杖も……短いものでないとだめですが」


「だってソウシ。頑張ろうね」


「何を頑張るんだよ」


 頑張るとすれば『悪運』スキルが、ということになるだろうか。


 武器や防具は鍛冶屋などに作ってもらうのが普通だが、『亡者の杖』のようにモンスターからドロップすることもある。入手難度が高いだけに特殊効果がついていることが多く、それを入手できるかどうかも上位冒険者の条件になるようだ。


 『悪運』スキルのおかげでレアモンスターに遭遇する確率が高い俺たちのパーティは、そのあたりも有利になるはずだ。ただ俺の気持ちとリンクしているかは神のみぞ知る、だが。

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