8章 エルフの里へ  15

 皆が寝静まったころ、俺は一人宿を抜け出していた。


 向かうのは里長の館だ。オーズの女冒険者はそこに抑留されているらしい。


 明かりは月の光のみ。街灯は王都レベルの都市に行けばあるらしいが、この里にはそのようなものはない。


 里長の館の側にある家の影で気配を殺してじっと周囲を『気配察知』で探り続ける。


 一時間ほどそうしていただろうか、家の影を縫うようにして近づいて来る気配が二つ急に現れた。その気配はかなり微弱で、恐らく何らかの隠蔽スキルを持っていると思われた。


 2人の人間は迷うことなく里長の館に取りつくと、正面玄関を探り始めた。なにか道具を取り出してかんぬきのあたりを破壊しているようだ。


 普通に考えれば泥棒というところだろうが、彼らの腰には長剣がぶら下がっている。どう見ても盗み目的ではない。


 俺は家の影から飛び出し、そいつらの元まで一気に走った。距離は100メートル程か。残念ながら俺には隠蔽スキルはないので彼らは俺の気配に気づいて振りむいた。


 顔を頭巾で覆った、体格から見て男だろうと思われる人間である。動きからいって『覚醒者』、俺の予想通りならあのオーズの少女パーティの残りのメンバーだろう。


「くそっ、バレてたのか!?」


「一人だ、やればいいだけだろ」


 短い会話ののち、そいつらは腰の剣を抜いた。瞬間一人の姿がブレる。『疾駆』スキル持ちか。


 俺は盾を前にかざしてそのまま突っ込む。ラーニの動きから『疾駆』は直線移動しかできないのは分かっている。


 盾が剣の一撃に甲高い音を立てる。しかしBランクですら持てる者が限られるという分厚い盾には何のダメージもない。俺はそのまま盾を押し出し、『疾駆』持ちの男に叩きつけた。ゲームではシールドバッシュとかいう技だったはずだ。


『腕力』『剛力』『安定』『不動』『重爆』……圧倒的な脳筋スキル群をともなったその一撃に、男は20メートル程吹き飛んでそのまま動かなくなる。むしろ原型をとどめているだけマシかもしれない。


「なにッ!?」


 もう一人は驚きつつ、俺から距離を取るように横に動いた。動きながら剣を振る。もちろん届く間合ではないが、俺は咄嗟とっさに盾を構えた。次の瞬間盾に衝撃が走る。なるほど斬撃を飛ばすスキルか。アナトリアのものを見ていてよかったな。


「クソ、こいつゴーレムをやった奴か!?」


 男はそう言って逃げるそぶりを見せた。おっとそうはいかない、俺はメイスを振る。爆発的な『衝撃波』が男の背を打ち、そのまま5メートルほど吹き飛ばした。多少手加減をしたからこっちは死んではいないはずだ。


 俺は盾を構えながら倒れた男に近づく。路上でうめいているのでやはり息があるようだ。こいつには尋問しなければならないことがあるから殺すわけにはいかない。


 ヒュンッ!


 その時不意に鋭い風切り音が響いた。俺は盾に身を隠したが、狙いは俺ではなかった。路上に倒れていた男の脳天に一本の矢が突き刺さっている。


 3人目の男か。口封じとは随分と念入りなことだ。だが……。


「あがっ!?」


 遠くで男の声が響いた。どうやらウチの2人目がやってくれたようだ。どんなに隠蔽が巧みでも、攻撃の瞬間まで気配を殺すことはできなかったようだな。


「里長、終わりました」


 俺が声をかけると館の玄関が開き、里長が姿を現した。手にはカンテラのようなものを持っているが、その光に照らされた表情は多分に渋い。


「ソウシ殿、重ね重ね感謝する。しかしまさかここまで手の込んだ企みとは……なんと恐ろしいことか」


 その感想は俺も同じだ。ただ俺が恐ろしいのは、駆け出しの冒険者にこんな面倒イベントを押し付ける自分の『悪運』スキルの方だが。




「ごめんソウシ、こいつ捕まえたと思ったら毒飲んで死んじゃった」


 里長の館の前まで男を引きずってきたラーニが、しょんぼりした感じでそんなことを言った。


 見ると3人目の男は口から血を流してこと切れていた。任務失敗と同時に自害を選ぶなど、一般人の俺からしたら恐ろしい人種である。プロフェッショナルということだろうが、そんな人間はフィクションの中の存在だと思っていた。


「ねえそれよりソウシ、結局どういうことなの?」


「いやさっき説明しただろ?」


「もう一回お願い、よく分からなかったの」


「まったく……。こいつらはオーズの女冒険者に罪をなすりつけようとしたんだ。ゾンビを発生させて疫病を流行らせ、さらにゴーレムで里を襲わせる、そういう罪をだ。それはいいな?」


「うん、それは分かる」


「しかし女冒険者が生きていれば、嘘を見抜く魔道具で犯人じゃないということはそのうち分かる。それじゃマズいわけだ」


「だから女冒険者を殺そうとしたってこと?」


「そういうことだ。彼女が死んでしまえば彼女が犯人という情報だけは残る。それが嘘か本当かは分からないまま、『本当だろう』という扱いで残るわけだ」


「なるほど……。でもそうなったとして、こいつらには何の得があるの?」


「女冒険者はオーズ国の人間だ。オーズ国の人間がこの国でここまでの悪事を働いたとなれば二つの国の仲は悪くなる。それが目的だろう。多分な」


「二つの国が仲違いするとこいつらは得するってこと?」


「こいつらがラーニの言ったように奴隷商の仲間、つまりメカリナン国の人間なら、メカリナン国としてなにか得があるんだろう。そこは政治の話だから俺たちのレベルじゃ分からないが」


 と言ったが、まあ漁夫の利でも狙ってるんだろうというのは容易に想像がつく。どうもこの世界は最近までいわゆる『戦国時代』にあったようなのだ。


「ふぅん……。ソウシって頭いいんだね。全部言った通りになったし、私ちょっと尊敬するかも」


「情報があれば誰でも考えつく話さ。本当に殺しに来るかどうかなんてバクチみたいなものだったしな」


 俺がそう言うと、そばで聞いていた里長が首を横に振った。


「いえいえ、その知見は貴族かよほど才に長けた商人でもなければ身につかないものですよ。しかしもしそのお考えの通りなら、私やこの里で対応できるものではありませんな。あのオーズの冒険者の身柄を含めて、対応を考えなくてはなりません」


 確かに話が大きくなりすぎた感はあるな。一冒険者としてはここから先の話に関わることもないだろうが、しかしキナ臭い話が出てきたものだ。モンスター退治だけしていた方がよほど気が楽だ……などと感じてしまうのはそれはそれでおかしいのだろうな、きっと。

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