7章 フレイニルの過去  03

 翌日からは冒険者パーティとしての通常業務に戻った。もちろんまずやるべきは初のDクラスダンジョンの挑戦である。


 エウロンの町のDクラスダンジョンは、西に歩いて半日のところにあった。


 もちろん走っていったので1時間半ほどで到着する。というか全力に近いスピードで一時間以上走れるというのは、いつもながら『覚醒者』の身体能力には驚くばかりである。しかもこれでまだDランクというのだから恐ろしい。


 さてそのダンジョンだが、草原地帯のど真ん中にこんもりと盛り上がった古墳のようなものがあり、その斜面に石を組んで作られた入り口が開いているというものであった。


 他のパーティも2組いるが、どちらもさすがにベテランの雰囲気が漂っている。


「よし、入ろうか。いつもの並び順でいく」


「はい」


「わかったわ」


 俺を先頭に、フレイニル、ラーニの順で入り口をくぐる。


 中はやはり石を組んでできたような通路で、雰囲気としてはそれまでのダンジョンと変わらない。


 10分ほど進むと『気配感知』に反応、いきなり6体だ。ラーニの『疫病神』は絶好調だな。


 出てきたのは豚面の人型モンスター『オーク』だ。身長は1メートル60~70センチくらいか。俺はともかく少女2人には威圧感がある大きさだろう。


 俺たちを見つけると、オークたちは片手斧を振り上げながら一斉に突撃してきた。


「『聖光』いきます!」


 フレイニルの放つ光線が2匹をとらえ真っ二つにする。相変わらずの威力だ。


「2匹は任せて!」


 ラーニが『疾駆』でかき消える。一瞬の後右の一匹の首が飛び、さらにもう一匹の心臓に後ろから剣が突き刺さる。


 残り2匹は俺に斧を振り下ろしてきたが、どちらも盾で弾き飛ばす。がら空きの胴にメイスを叩きこむと太った腹がまるまる爆発四散する。俺のメイスはDランクモンスター相手でもオーバーキルのようだ。


「う~ん、Dランクってこんなものなの?」


 というラーニの言葉は俺の感想そのままなんだが、リーダーとしては口にはできない。


「油断せずにいこう。俺はともかく、2人はあの斧を食らったらただじゃ済まないだろう」


「まあね。私は『鋼体』があるからギリギリいけるかもしれないけど、フレイは要注意ね」


「はい、近寄らせないようにします」


「まあそこは俺の仕事だからな。よし、先に行こう」


 魔石とオークの肉を回収して、俺たちは奥へと進んでいった。




 その日は3階の奥まで行ったところで撤収した。3階からは『アサルトタイガー』という大きめの虎型モンスターが出てきたが、攻撃手段が爪と牙しかないなので特に問題にはならなかった。なぜなら飛びかかってくるところをメイスでミンチに変えるだけで終わるからだ。


「なんかこのパーティにいると感覚がおかしくなりそう。Dクラスダンジョンってこんなに楽なはずないよね?」


 その日の夕食の場でラーニがそんなことを言ってきた。


「それはラーニの強さのせいもあるんじゃないか。オークの首を一撃で刈れるのは相当だろう」


「まあオークは遅いからね。さすがにタイガーは一撃じゃ無理だったし」


「普通は出ても3匹で、それを複数人でうまく捌いて倒すみたいだしな。ウチは一人で複数相手だからしかたないだろう」


 なにしろアサルトタイガーも最大で7匹出てきたのだ。並のDランクパーティだと普通に全滅もありうるんじゃないだろうか。素材の毛皮を大量に買取に出したら受付嬢のマリアネもさすがに驚いた顔をしていたな。


「フレイの魔法で先制できるのも大きいよね。2匹確実に減らせるのはすごいと思う」


「そうでしょうか? 他の方の魔法をよく知らないので……」


 と言いつつ少し嬉しそうなフレイニル。確かにDランクモンスターを確実に先制で潰せるのはデカい。


「そうだな。フレイの魔法の存在はかなり大きいと思う。『命属性』の回復も助かるしな」


「でもソウシさまにはあまり必要ないのではありませんか?」


「俺は『再生』持ちだからな。ただラーニのポーション使用量も減ってきて、その分お金が浮くしパーティには重要なことだ」


 ラーニもウンウンと頷いている。


「フレイの回復魔法は効果も大きいしね。普通あんなに早くは治らないんだから」


「そうなのか?」


 それは俺も初耳だ。というか確かに他のパーティの魔法は大討伐任務の時のつぶて系魔法と、ゾンビ犬の時の高圧洗浄水魔法しか見たことがないんだよな。


「そうだよ。もっとゆっくり治る感じだし、そもそも一発で治らないこともあるしね」


 それはやはり例の『依存』スキルの強化のおかげなのだろうか。いや、フレイニルがもともとそちらの素質が高いということもあるかもしれないな。なにしろ元『聖女』候補だったのだし。


「まあ一番ヤバいのはソウシのメイスだけどね。かすっただけでモンスターが死ぬなんておかしいでしょ」


「ソウシさまのお力は本当に素晴らしいと思います」


「ああ、あれはな……」


 一度狙いがズレてアサルトタイガーの前足だけにメイスが当たったことがあったのだが、それでタイガーが絶命してしまったのだ。あまりに過剰な衝撃を受けるとそれだけでショック死することがあるらしいがそれだったのだろうか。


 まあなんにせよウチのパーティの異常性がよく分かる話だな。自覚しておくのは大切なことだし、せいぜい悪目立ちだけはしないように気を付けよう。




 その日の夜宿のベッドで横になっていると、ノックの後にフレイニルが入ってきた。もと貴族の子女らしく寝間着姿である。


「どうした?」


「すみません、すこしお話をしたいんです」


「ああ、それは構わないが……まあ座ってくれ」


 Dランクになって宿が多少グレードアップしたため、部屋にはベッドのほかにテーブルと椅子もある。その椅子にフレイニルを座らせる。


「もしかして子爵家での話のことか?」


「はい。ソウシさまは子爵様から私のことはどのくらいお聞きになったのでしょうか?」


「それは……」


 嘘をつくことでもないので正直に話すと、フレイニルはなぜか悲しそうな顔になった。


「その……ソウシさまはそれをお聞きになってどう思われましたか?」


「ん? まあ人生いろいろあるなとは思ったな。貴族家のことは想像もつかないが、フレイニルの置かれた状況には同情するし、パーティを組めてよかったと思ったよ」


「それだけ……ですか?」


「もし子爵に連れていかれたら困るなとも思ったかな。そうならなくて俺としては幸運だった」


「ずっと黙っていたことや……その、公爵家の人間だったということについてはなにもお感じにならなかったのですか?」


「自分の秘密を隠すのは当然のことだろう? 俺にだって言えないことくらいはあるし。それと公爵家の話は……正直俺にはピンとこないんだ。俺のいた国には貴族様がいなかったからな」


「そうなのですか?」


「ああ、だからそこまでフレイニルが特別な人間だとは思わないし、これからもそう扱うことはないと思う。むしろフレイニルはそれでいいのか?」


 俺の問いに対して、フレイニルは急にぱあっと明るい顔になって、両手を胸の前で合わせて頷いた。


「はい、そのように扱っていただけると嬉しく思います。私はもう冒険者のフレイニルですから」


 笑顔のフレイニルは美少女度が跳ねあがって、いっそ神聖さを感じるレベルである。教会が彼女を『聖女』候補にしたのも分かる気がする。


「いつかソウシさまの秘密を教えていただけるように頑張ります。今後ともよろしくお願いいたします」


 そんなことを言ってフレイニルは隣の部屋に戻って行った。


 相変わらず少し重さを感じさせるが……いったいどこまでがスキルの影響なのか判断に迷うところである。いつか彼女が俺への依存を解消できるよう、俺もなにかしないといけないのかもしれないな。

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