7章 フレイニルの過去  02

「立ち入ったことを聞くが、ソウシ殿はフレイニルさまとはどのような関係を築いているのだろうか? できれば知り合った経緯などから話してほしいのだが」


 執務室らしい部屋で子爵はそう切り出してきた。


「承知しました。私がここエウロンの町に来て……」


 別に後ろ暗い所があるわけでもないのですべて正直に話す。最初の出会いの下りでは子爵も少し感じ入るところがあったのか、「不憫ふびんな……」と漏らしていた。


「なるほどな。それではフレイニルさまがあれほどソウシ殿に執着するのも致し方ないか。してソウシ殿としては、フレイニルさまをどうするつもりか?」


「私としてはパーティの一員として今後も共に冒険者として活動するつもりでおります。彼女はメンバーとしても非常に高い能力を備えていますし、将来的には優れた冒険者になるだろうと考えておりますので」


「まあそうだろうが……そうではなくて、貴殿もその年齢なら私の言いたいことはわかるだろう?」


「は、そちらの意味でございましたか。年齢が離れすぎておりますので、男女の仲となるということはないでしょう。ただ、彼女が私に依存している面があるのは確かです。彼女の態度はそれゆえと理解しております」


 そう言うと、子爵は頭をぽりぽりとかいた。貴族らしからぬ所作だが、その辺りは元冒険者ゆえということだろう。


「俺の勘だとソウシ殿は信用できそうな気がするんだけどなあ。何の根拠もなくそんなこと言ったらアナトリアにどやされそうだ」


 いきなり砕けた言葉遣いになる子爵に俺は驚いてしまう。こちらが素、ということなんだろうか。


「それに多分ソウシ殿と離れろと言ったらフレイニル様は寝込んでしまうかもしれないな。アレは多分スキルだぞ、気づいてるか?」


「は? いえ、存じませんが……」


「極めて限定された状況で発現するスキルってのがいくつかあるんだよ。その一つに『依存』ってのがあってな。簡単に言えば特定の人間に依存することで能力が上がる、みたいなワケわからないスキルさ」


「そのようなものがあるのですか?」


「あるんだそうだ。『神属性』と同じくらいレアなスキルだけどな。むしろそうじゃなきゃ、いくらなんでもEランクの冒険者がBランクモンスターにまで効く魔法なんて使えないだろ」


「確かに。ということは、そのスキルによって依存心が高まっているということでしょうか?」


「可能性はあるかもな。ただまあスキルが先か、実際の感情が先かなんてのは誰にも分からん」


「なるほど……。しかしでしたらなおのこと彼女とはしばらく行動を共にするべきでしょう。能力があがった状態でできる限り各スキルを強化して、彼女が一人でも活動できるようになった時点で彼女にどうするかを選ばせるのがいいと考えますが」


「まあなあ。アナトリアと組ませて強くしてやってもいいが、俺のところには置いておけないしな。しかしソウシ殿、さっきの話を聞いてもフレイニルさまと組むのか?」


「そのことなのですが、教えていただける範囲で彼女の置かれた状況をお話いただけないでしょうか? それによって対処も変わりますので」


 俺の要請に、子爵ははあ、と息を吐き出した。頭をまたぽりぽりとかく。


「だよな。わかった、話せる範囲で教えよう」


 ということで説明されたのは次の通りだった。


 ひとつ、フレイニルはとあるやんごとなき貴族の子女である。


 ひとつ、フレイニルはアーシュラム教会の聖女候補だった。


 ひとつ、フレイニルはその貴族家と教会の権力争いに巻き込まれて、『覚醒』を理由に追放された。


「最後のは俺の憶測だが、ほぼ間違いないだろう」


「しかしその……フレイニルのご両親はそれをお見過ごしになったというのですか?」


「その辺りもいろいろあってな……。フレイニルさまの母上は数年前に亡くなっているんだ。無論お父上は複数の女性を娶っておられるので……というわけだ」


 なるほど、貴族が一夫多妻なのは分かるとして、恐らくは自分の血縁を跡継ぎにしたい人間が暗躍したということか。普通に考えたら女の子であるフレイニルが跡継ぎにはならない気もするが、その辺りは聖女候補とか言うのも関係してるんだろうな。


 しかしフレイニルが聖女か……。見た目はピッタリなんだが、人生なにがあるか分からないものだ。その辺俺と同じか。


「実は『神属性魔法』はアーシュラム教にとっては非常に意味のあるスキルでね、知られればフレイニルさまは再度聖女候補に祭り上げられかねない。そうなると追放した側が黙っていないだろう、というわけさ」


「なるほど……。フレイニルの状況は理解しました。ただその貴族家がどちらの方なのかを教えていただけないと、知らずにその貴族家の領地に入ってしまうかもしれないのですが」


「なんだ、あちこちダンジョンを回るつもりか?」


「ええ、冒険者として可能な限り強くなることを目指しておりますので」


「へえ、そういうことをはっきり言う奴も今は珍しいんだよな」


 と一息ついてから、子爵はまた頭をかいてから口を開いた。


「アルマンド公爵家だ。フレイニルさまは王族の血を継いでいらっしゃるんだよ」




 というわけでいくばくかの特別報酬をいただいた後、俺たちは子爵邸からギルド前まで馬車で運ばれてきた。


 さすがに馬車から降りたときは少し注目されてしまったが、それは仕方ないだろう。


 一応俺はボスの『ヘッドレスソーディアー』を倒しているし、子爵に呼ばれたことはそれほどおかしくはないらしい。


「ソウシ殿、よろしく頼むぞ」


 と別れ際にアナトリアに言われたが、視線がかなり鋭かったので「なにかしたら真っ二つだ」という意味なのかもしれない。まあその気は毛頭ないので問題ないが。


「はあぁ~、緊張したね。まさか冒険者になって貴族様のお家に招待されるとは思ってもみなかったわ」


 ラーニがそう言うと、フレイニルが下を向いてしまった。


「すみません、私のせいで……」


「えっ!? むしろラッキーだと思ってるんだけど? だって普通なら絶対行けないところだしね」


「そう……ですか?」


「そうそう。でもフレイニルが貴ぞむぐっ!?」


 通りの真ん中でマズいことを漏らしそうになったラーニの口を俺は慌ててふさいだ。『反射神経』スキルはいい仕事をする。


「それは言わないように。今日は宿に戻って今後の話をしよう」


 ラーニがコクコクと頷いたので放してやる。フレイニルがちょっと羨ましそうな顔をしているが見なかったことにする。


 宿に戻ってから、俺は2人を部屋に呼んだ。


 一通り話をすると、(と言ってもフレイニルの詳細は伏せたが)ラーニが腕を組んで頷いた。


「ふうん、結局はフレイニルが『神属性魔法』を使えるってことを知られないようにすればいいわけね」


「まあそういうことだな。できればフレイニルである、ということも知られない方がいいんだが……」


「冒険者カードは嘘は載せられないしね。そこは仕方ないんじゃない?」


 ラーニの言う通り、冒険者カードは謎技術のせいで偽名などを使うことができない仕様らしい。ゆえに少なくとも、ギルド職員に「フレイニル」という名を知られないようにするのは不可能だ。唯一の救いは、「アルマンド」という公爵家の姓が追放されたせいか消えていたことくらいだろうか。


「そうだな。できるとすれば普段の呼び方を変えるとかか?」


「そうねぇ。咄嗟とっさの時には短い方がいいし、フレイって呼ぶのはどう?」


 ラーニが聞くと、フレイニルはコクンと頷いた。


「はい、その呼び方でお願いします」


「じゃあ決定ね」


 ということで、緩いながらもフレイニルの素性への対応は決まった。一番重要なのはアルマンド公爵家に縁の近い土地に行かないことだが、基本的には『神属性魔法』を使えるということが知られなければ問題はないはずだ。


 そもそも彼女の存在をうとましく思っている連中がその気なら、彼女を追放処分にせず最初から亡き者にしていただろう。


「それでソウシ、この後はどうするの?」


「もちろんDランクになったからにはDクラスのダンジョンに入る。このエウロンに2つ、隣のトルソンに1つあるのは分かってるからまずはそこからだな」


 ラーニに答えつつ、俺は先日の大討伐任務のことを思い出していた。


 子爵邸ではあの『召喚石』を設置したと思われる人物のことを聞くことはできなかった。


 ただアンデッドモンスターの出現に人間が関与しているとなれば、当然そこには何らかの思惑があるはずだ。アンデッドの拠点なんていう話の大きさからして組織規模の陰謀、ヘタすると政治規模の陰謀まである。まさか一冒険者パーティにそんな話が関わってくることはないだろうが、戦いとなれば駆り出されることはあるだろう。やはり身を守れる力が今以上に必要だな。

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