5章 出会いの連鎖  03

 翌朝も日が昇る少し前からフレイニルとラーニを連れてトレーニング場に行った。


 いつもの身体能力アップトレーニングを行ったが、効率的に身体スキルを上げることにラーニはかなり感動していたようだった。


 話を聞くと少なくとも低ランクの冒険者には身体能力系のスキルを個別に意識して上げるという習慣がないらしい。もちろんそれに特化したトレーニングをするという技術体系もない。


 そうなるとトレーニング方法をギルドを通して広めるのもありかと思ったが、ラーニに「そんなの広めても誰もやらないわよ。皆目の前の生活のことしか考えてないし」と言われてしまった。


 なおラーニは正確に急所を狙う攻撃を得意とするとのことで、どうやら身体を精密に操作する力に優れているらしい。それもスキルだろうと思って意識したトレーニングをした結果、新たに『身体操作』スキルを得ることができた。


「こんなトレーニングするの初めてだけど、確かに昨日までに比べて身体の動きが一段階良くなった気がする。ソウシすごいわね」


 トレーニングを終え、ラーニが長剣を振って身体の感覚を確かめている。スキルが上がると感覚にズレが生じることがあるので馴染ませるのは大切である。


「ソウシさまのおかげで私も冒険者として戦えるようになりました。でもこれはやはり特別な訓練なのですね」


 フレイニルが杖を掲げる精神集中のポーズを取りながらそんなことを言う。


「そうね、こんな風に能力を上げるのはEランクじゃ珍しいんじゃない? だって今このトレーニング場に誰もいないし」


「そうですね。ソウシさまには感謝しなくては」


「それにしてもソウシの振り回してるその棒、よくそんなもの持てるわね。どれだけ鍛えたらそんなことができるようになるの?」


「俺は筋力を高めるスキルが上がりやすいみたいなんだ。『剛力』も持ってるしな」


「ふぅん。でもそういうふうに単純に力が強いっていうのはリーダーとしていいわ。今までのパーティのメンバーは皆私より力が弱かったし」


「そうなのか? それはちょっと情けないな」


 獣人族は身体能力に優れるとは言うが、それでもラーニは見た目は華奢な少女だ。男が力で負けたらちょっと立つ瀬がないだろう。パーティを追いだされたのはその辺にも理由があったりしそうだ。


 そろそろ受付嬢が来る時間なので上がろうとすると、ちょうどそこにジールがやってきた。


「お、やってんな。っと、新しいメンバーか? 俺はジールだ、よろしくな」


「わたしはラーニ。ジールというと『フォーチュナー』のリーダー?」


「ああそうだ。なんだ、俺も有名になったもんだな」


「さすがにこの町の冒険者で、『フォーチュナー』を知らない人間はいないと思うわ」


「へ、うれしいね」


 そんなことを言いながらジールは俺に顔を向けた。その目がちょっと笑っているのは、大方「若い女の子が好きなのか?」とでも言いたいのだろう。


 状況的には否定のしようがないが、俺は一応首を横に振っておいた。こんなものはムキになって否定すればするほど墓穴を掘るからな。適当に流すに限る。






 朝一で受付嬢のマリアネに討伐依頼受諾の手続きを頼み、俺たちはそのまま討伐依頼に出発した。


 エウロンの町の北門から街道に出て、北へ徒歩で1日の農村まで歩く。いや、歩くつもりだったのだが、ラーニの「せっかくだから走らない?」という提案によってマラソンすることになってしまった。フレイニルが途中でバテ気味になったので俺が背負ったりしたが、おかげでいいトレーニングにはなった。


 そんなわけで昼頃には目的地の農村についてしまったので、さっそく村長のところを訪れて討伐目標である『テラーナイト』についての情報を聞いた。


 どうやら昼夜関係なく現れ、確認されている数は2体、ただし単に2体一組で行動しているだけで、もしかしたら数自体はもっと多いかもしれないとのことだった。


「なぜそう考えられるのですか?」


 重要な話なので老年男性の村長にそう聞くと、


「見るたびに持っている武器が違うようなのです。剣と槍と斧、少なくとも3種類はいると最近分かりましてな」


 という話であった。


 武器が変わると言えば以前討伐したゴブリンの集団を思い出す。アンデッドも数が増えると武器が変化するとかあるのだろうか。


 まあ探ってみて、数が多いようならいったん退いてギルドに応援を要請することも考えよう。どちらにしろ今はモンスターを探すことが先決だ。


 俺たちは宿泊小屋の使用許可を得てから、とりあえずテラーナイトが目撃された付近に行ってみることにした。


 そこは森が遠くに見える、畑からは離れた草原だった。


 走る風が気持ちいいが、どうも嫌な雰囲気がピリピリとする。


 フレイニルは目を細めて周囲を見回し、ラーニは耳と鼻をひくひくさせて何かをとらえようとしている。


「あちらの方に何かを感じます」


「そうね、あっちの方にイヤな匂いがする」


 二人が同じ方を指差す。奥の森の方だ。俺の『気配感知』には何も引っかからないが、二人が言うのだから何かあるのだろう。


「よし、行ってみるか。俺が先頭、ラーニがしんがりだ」


「はい、ソウシさま」


「わかったわ」


 周囲を警戒しながら森へ向かって進んでいく。確かに首筋のあたりのピリピリが強くなる。初めての感覚だ、よほど存在の大きい『なにか』があるに違いない。


 じりじりと前に進んでいくと、前方で急に『気配感知』に感があった。後ろでラーニが剣を構えるのが分かる。


「来たな。フレイニル、『聖光』だ」


「はい」


 俺が気配のあるあたりを睨んでいると、黒い鎧の戦士が2体現れた。戦士と言っても鎧の中身は空のはずだ。テラーナイトはいわゆる『生ける鎧リビングアーマー』の一種である。


 問題は、そいつらが何もない空間からいきなり姿を現したように見えたことだ。


 いくらゲームのような世界だといっても、何の前触れもなくモンスターが現れるのはおかしいだろう。この先になにかがあるに違いない。


 俺たちが待ち構えていると、ガッチャガッチャと音を立てながら2体のテラーナイトが迫ってくる。その手には剣と盾を持っている。


「ソウシ、一匹はわたしにやらせてよ」


 ラーニが俺の横に来る。力を見せておきたいというところか。ただの戦闘好きの可能性もあるが。


「わかった。一体は俺とフレイニルでやる。自分の相手は釣り出せるか?」


「任せて」


 そう言うと同時にラーニの姿が一瞬で俺の横から消えた。気付くと一体のテラーナイトに一撃を加え、自分に引き付けて横に離れていく。『疾駆』スキルの動きだろうが、近くで見ると『動体視力』スキルがあっても目が追いつかない。


「魔法いけます」


「やってくれ」


 フレイニルが横に来て『聖光』を射出。


 レーザー光が盾ごと鎧を貫くと、その穴を中心にしてテラーナイトは溶けるように消えていった。やはり聖属性魔法はアンデッドに強いようだ。


 見るとラーニがテラーナイトを翻弄するようにヒットアンドアウェイで戦っている。


 ラーニは俺の方をちらっと見てから長剣を前にかざした。長剣の刃が赤く輝くと、その刃でテラーナイトの盾を斬り裂いた。


 盾が溶けたようになっているので、あれが炎属性の魔法剣ということだろうか。ラーニの剣が二閃三閃すると、テラーナイトはバラバラになって崩れ落ちた。


 ラーニは魔石を拾ってから俺の元に走ってきた。


「どう、今のが魔法剣。使えそうでしょ?」


「ああ、盾や鎧を斬れるというのはかなり強力そうだ。ラーニ自身の動きも速くて目が追いつかないな」


「スピードにも自信あるからね。これがわたしの基本スタイルだから覚えておいて」


「わかった」


 と言っていると、『気配感知』に新たな感。二体の槍持ちテラーナイトが現れる。


 どうやら村長が言っていたことは本当のようだ。ということはまだこの後に二体残っていることになる。


「あの二体は俺がやろう。ラーニはフレイニルについててくれ。あの後まだ現れるだろうから、フレイニルは『聖光』の準備」


 一応リーダーとして力を見せておいたほうがいいだろう。ラーニはそういうのを重視するタイプに見えるしな。


 俺は正面から歩いて行って、テラーナイトの槍の間合に入る。


 当然テラーナイトは槍を繰り出してくるが、俺のメイスが両方の槍を一振りで砕く。


 そのまま距離を詰めてメイスで叩き潰せば終わりだ。板金鎧も質量と速度の暴力の前では液体のように圧壊するしかない。


「え~っ、なにあれ、力だけで叩き潰してるの? とんでもない威力がありそう。いいわね、男って感じ」


「ソウシさまのお力はあんなものではありません」


 と後ろで2人が言っているのが聞こえた。


 その後やはり残り2体のテラーナイトが現れたが、ラーニとフレイニルが片づけてひとまず戦闘は終わった。

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