4章 新たな街へ  12

 翌日も朝一でダンジョンに入った。


 今回はボス討伐をメイン目標に据え、フレイニルの実戦演習は最小限にとどめて一気に地下5階まで進んだ。


 ボス部屋の前で装備を確認し、特に『毒耐性』スキルのないフレイニルには解毒ポーションを多めに渡す。


 ボス部屋に入ると黒い霧があらわれ、その中からボスのラージスライムが現れる。


 だがよく見ると、前に戦ったラージスライムとは何かが違う。大きさも少し大きい気がするし、中央部にある核が3つあるように見える。


「どうやらレアボスのようだ。普通のボスより強い。気を付けてくれ」


「はい。やはりあの核を攻撃すればいいんでしょうか?」


「そうだな。3つあるから多分全部潰さないとだめだろう」


「魔法で攻撃してみます」


「頼む、核を一つづつ潰していこう。いつもの通り俺が前で守る」


「はい、魔法準備します」


 精神集中をはじめたフレイニルの前に立って、俺はレアボスと対峙する。核が3つだから『トリプルコア』とでも呼ぶか。


 トリプルコアはにじり寄ってくると、やはり身体を触手のように伸ばしてこちらを絡めとろうとする。


 核が3つあるからだろうか、一度に伸びてくる触手の数が多い。しかし『剛力』『翻身』『安定』スキルのおかげで物理法則を無視して振ることができる俺のメイスは、それらすべてを弾き返す。爆散させてもいいのだが、フレイニルが飛沫ひまつをかぶると毒が怖いので手加減は忘れない。


「魔法いきます!」


 フレイニルが俺の斜め後ろから『一条の聖光』を放つ。レベルが上がって少し太くなった光線が核の一つを貫通する。トリプルコアの全身がぶるぶると震えているのはダメージを負った証拠だろう。


「いいぞ、次も頼む」


「はい!」


 フレイニルが再度精神集中に入る。トリプルコアはフレイニルを危険だと感知したのか、触手を俺の後ろに伸ばそうとする。


 無論それを許すわけにはいかない。俺はメイスを振るって触手を本体に押し返してやる。


「次行きます!」


 再び放たれた光線が二つ目の核を貫く。しかしよく考えたらすごい命中精度だ。これは褒めてやらないと……などと考えた時、


「きゃあっ!」


 悲鳴に振り向くと、フレイニルの片足に触手が絡みついていた。どうやら俺から見えないように触手を迂回させて伸ばしていたらしい。


 フレイニルの身体が触手に引っ張られて倒れ込む。「いやっ! ソウシさまっ!」という声を聞いて、俺の目の前が赤くなる。


「テメエ、離しやがれっ!」


 俺は本体に向かって突っ込んでいくと、メイスを滅茶苦茶に振り回し、トリプルコアのゼリー状の身体を片っ端から削ぎ落していった。


 目の前に最後の核。俺は全力でメイスを叩き込み、残った身体ごと核を爆散させた。


「あっ、ありがとうございますソウシさま……」


 その声で俺は我に返る。どうやらまた『興奮』スキルが発動したみたいだな。なにか汚い言葉を発してしまった気がするが、フレイニルが驚いていなければいいのだが。


 フレイニルの元に駆け寄ると、やはりスライムの飛沫を浴びてしまっていた。毒を食らったかは分からないがとりあえず解毒ポーションを飲ませておく。


「すまない、油断した。毒は大丈夫だと思うが、ほかに怪我はないか?」


「はい、大丈夫です。私も油断しました。すみません……」


「謝ることはない。互いに次にいかそう」


 フレイニルが立ち上がるのを手伝ってやる。ぱっと見て防具や衣服にダメージはないので怪我はなさそうだ。


 しかしまたレアボスとは、やはりちょっと遭遇率が異常だな。もしかしたら俺には『悪運Lv.10』とかのスキルがついているのかもしれない。


 俺が難しい顔をしていたのだろう、フレイニルが恐る恐る俺に聞いてきた。


「あの……ソウシさまは怒っていらっしゃいませんか?」


「いや、そんなことはまったくないが。そう見えるか?」


「さきほどの戦っていたときのソウシさまの様子が、とても怒っているように見えたので……」


「ああ、それは多分スキルの影響だ。自分を興奮状態にして能力を上げるスキルがあるようなんだが、それが発動するとどうも言動が激しくなってしまうらしい」


「そうなんですね。てっきり私のふがいなさに怒っていらっしゃったのかと……」


「フレイニルはまだ冒険者になって一週間も経ってないんだ。むしろよくやっている方だと思うし、あの程度で怒るはずがない。そもそも俺がフォローするべき場面だったしな」


 そう言ってやると、フレイニルは安心したのか「はい」と言って笑った。


 その身体がビクッとなったのはスキルが頭に入って来たからだろう。俺の方にも今来たしな。


「『重爆』? なんだこれは?」


 流れ込んでくる知識によれば攻撃の瞬間打撃に更なる「重さ」を加えるというスキルのようだが……さらに脳筋度が上がって物理攻撃特化になっただけのような……。まあレアスキルなんだろうし、かなり強力なスキルだからいいだろう。


「フレイニルはどうだ?」


「はい、『神属性魔法』というものを得たようです」


「『神属性』?」


 いかにもレアな魔法という感じのスキルだな。『聖属性』を調べた時に魔法系のスキルは一通りチェックしたが、『神属性』というのはなかった気がする。


「神聖な空間を作り出して味方を強化したり、モンスターを弱めたりする魔法だそうです。お役に立てますか?」


 なるほど、複数の補助効果を混ぜたような属性なのか。名前的に『聖属性』の上位スキルかと思ったが守備範囲が違う魔法のようだ。


「ああ、それはとても役に立ちそうだ。しっかり練習して使いこなせるようにならないとな」


「はい、必ずソウシさまのお役に立つように身につけます!」


 う~ん、どうもフレイニルの言葉にさらに重さが増してきたような気がするな。まあそれが冒険者としてのモチベーションになるのなら、それはそれでいいのかもしれない。





 ともかくも目的を達成し、宿に戻った俺たちは食堂で夕食をとっていた。


 フレイニルはEクラスダンジョンでもついていけることが分かって多少表情が明るくなったようだ。稼ぎも入ってくるようになったのも大きいのかもしれない。今持っている装備は俺が金を出したのだが、そのこともかなり負い目に思っているようだし。


「フレイニル、明日エウロンに向かおうと思っているんだが問題ないか?」


「エウロンというとバリウス子爵様の……いえ、大丈夫です。ソウシさまにどこまでもついて参ります」


 一瞬だけ考えるそぶりを見せたフレイニルだが、すぐに重めのセリフを返してきた。


「エウロンに戻ったらまずはフレイニルの装備を見直そう。少なくとも武器は魔導師用の杖にしないといけないだろう」


「そうですね。槍も慣れてきたところなのですが、接近戦だとソウシさまの足手まといにしかなりませんし……」


「それは仕方ないさ。それぞれの得意分野を活かすのがパーティというものだ」


「はい、私は魔法を鍛えたいと思います。魔法スキルを二つ得たということは、そちらに進めというアーシュラム神の導きだと思いますから」


「そうだな、『神属性』はどうも非常に珍しいスキルのようだ。それを活かすのが正しい道だろう」


 帰りにギルドに寄ってガイドを見返したが、『神属性』の表記は全くなかった。ということはギルドに報告するべき件なのだが、今のところ保留にしてある。


 なんとなくだが、訳あり少女のフレイニルがそんなレアスキルを身につけたとなれば、妙な厄介ごとが起こるような気がするのだ。


「ところで、エウロンに連れて行って下さるということは、ソウシさまとずっと一緒と考えてよろしいのでしょうか?」


「ん? どういう意味だ?」


「あの、私をパーティに入れてくださったときに、『人並みに戦えるようになるまで教える』とおっしゃっていたので……」


 そう言いつつすがるような目を向けるフレイニル。なるほど、戦えるようになったら放り出されると思っていたらしい。


「あれはフレイニルが別のパーティに移りたいと思ったら俺はそれを邪魔しないという意味だ。フレイニルが今のままでいいならずっと一緒でいい」


「はい! ずっとご一緒させていただきます!」


 急にテンションが上がる少女を前にして、俺はなにか決定的なミスを犯したような錯覚をおぼえた。まさか会って数日で女の子が見知らぬおっさんにそこまで依存するなんてことはないと思うのだが……。前世で子供ができなかったことがこんなところで効いてくるとは思わなかったな。

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