3章 昇格と大討伐任務  03

 大討伐任務当日。


 トルソンの町の門の前に、大勢の人間が集まっている。


 まずは領主の兵士たちだ。短槍と軽鎧で武装をした、統一された出で立ちの人間が200人ほど隊列を組んで並んでいる。もちろん彼らは普通の人間で『覚醒者』ではない。


 指揮をするのは銀髪に真紅の鎧の女騎士『くれないのアナトリア』である。


 そこにトルソンの街所属の冒険者50名ほど。DとEランクが半々といったところだ。もちろんカイム率いる『銀輪』もその中にいる。


 また他の街から来た冒険者も同じく50名ほどいる。中にはCクラスのパーティもいるのだが、明らかに装備や風格が段違いであってその差に驚く。実は冒険者はDランクで終わる者が多く、Cランク以上はエリートになるらしい。


 当然俺も冒険者の中に混じって、演説を始めた『紅のアナトリア』のほうを眺めていた。


「冒険者諸君、今日はよく集ってくれた。そして兵士諸君、務めご苦労。私はバリウス子爵家の筆頭騎士アナトリアだ。諸君には本日から数日の間、ここトルソンの町近郊の森に巣を作っているゴブリンを掃討する任務についてもらう。諸君も知っての通り、ゴブリンは繁殖すると脅威となりうる存在である。すみやかに奴らを根絶やしにし、任務を完遂できるよう各々全力を尽くしてもらいたい」


 凛とした声と言うのだろうか、その容姿にふさわしい美しい声である。しかしその声を聞く限り、彼女はまだ少女と言える年齢に思える。そう思って見てみると、凛々しい顔立ちの中にまだ幼さが残るような気がしないでもない。


 もっとも見た目はともかく中身はAランクであるから、容姿で判断するのは愚かというものだろう。


「うへぇ、すっげえ美人だな」


 と小声で感想を述べたカイムが、メリベにつねられて悶絶している。


 そんな若人わこうどの戯れを見ているうちに演説が終わり、出発の号令がかかった。




 以前ゴブリンの討伐任務に来た時に訪れた村のそばで一泊をして、翌日俺たちは森に入っていった。


 Dランクの冒険者がゴブリンの残した痕跡をたどりながら先導し、その他の冒険者が後に続く。


 さらにその後を、女騎士アナトリアに率いられた子爵の兵士がついていく形である。


 ゴブリンの大規模な集落が見つかったのは、森に入って2日目のことだった。


 偵察に出ていた冒険者が、やや緊張した顔つきで女騎士アナトリアのもとにやってきた。


 冒険者の言葉にじっと耳を傾けていたアナトリアは、報告が終わると頷いて、静かな声で命令を下した。


「この先にゴブリンの大集落がある。偵察では『なりぞこない』が5体確認されているので最低でも2500匹はいるだろう。無論キングもいると思われる。これより我らはその集落を急襲、殲滅せんめつする。キングは私、もしくはCランクの『フォーチュナー』が行うので手出しは無用だ。突入前に魔法の斉射を行うので、魔法使いは土属性、つぶて系魔法の準備をせよ」


 冒険者全員が装備の再確認を始めた。森の中にかすかな金属音が響き渡り、これから大規模な戦闘が始まるのだという緊張感をいやがうえにも高める。


 俺も武器と防具、そして背負い袋の確認をして、次の命令を待った。


「よし、移動開始」


 アナトリアの号令で、冒険者が移動をはじめ、遅れて兵士が続く。


 10分ほど進むと前方に日の光が当たる場所が見えてきた。つまり森の中に樹木の生えていない広場があるのだ。


 近づくにつれ、その広場が野球場くらいの広さであることが分かってきた。そして、そこには100を越えるゴブリンの木の枝製テントが並んでいた。


 もちろんそのテントの周りには数えきれないほどのゴブリンが歩き回っている。ぱっと見ても1000匹は軽く超えていそうである。正直ちょっとゾッとする光景であった。


 俺たちはその集落の外周に横に並ぶと、一端足を止めた。


「魔法用意」


 アナトリアが言うと、魔法使い系の冒険者が杖を掲げ精神統一を始める。


 パーティメンバーが手を挙げるのは準備完了の合図だろう。


 Cランクパーティの1人が手を挙げると、アナトリアが「撃て」と命令を下した。


 魔法使いはだいたいがパーティに1人、パーティが平均4人として、冒険者100人いれば25人が魔法使いだ。


 実際に25人前後の魔法使いが一斉に『つぶて系魔法』、つまり魔法の石を飛ばす魔法を使ったわけだが、目の前の光景はなかなかに凄まじかった。


 メリベのようにEランクだと拳大の石が複数高速で飛んでいく感じだが、Dランクは石でできた槍のようなものを飛ばしている。


 最後に魔法を放ったCランクの魔法使いはその石槍を30本ほど、高い位置から次々と降らせていた。


 もちろんそれらの魔法の威力は絶大で、瞬時に400~500匹のゴブリンたちが血まみれになって吹き飛び、テントも6~7割方が破壊された。身体の大きなゴブリン……『キングのなりぞこない』も1体倒れたようだ。



「突撃っ!」


 アナトリアの号令で冒険者が広場になだれ込んでいく。こういう時でもパーティごとにまとまって行動するあたりはいかにも冒険者らしい。


 子爵の兵士は遅れて広場に入ってくるが、彼らは冒険者が討ち漏らしたゴブリンを相手にする。


 ゴブリンは冒険者にとっては一人でまとめて相手にできるようなザコだが、『覚醒』をしていない人間にとっては十分な脅威である。


 見るとアナトリアは兵士たちを置いて率先して突撃している。


 彼女が長剣を一振りするとその剣先から光の刃のようなものが放射され、ゴブリンをまとめて両断する。間違いなくスキルによるものだろう。


 そのスキルも恐ろしいものだが、そもそも太刀筋がまったく見えない上に、時々瞬間移動したように超高速のステップを踏んでいる。その戦いぶりはもはや人外としか言いようがない。


 と、せっかくなのでAランクの戦いぶりを観察したが、俺も冒険者の列の端の方でゴブリンたちを次々と殴り倒し……というか爆散させている。


 大きな集団ということでゴブリンたちもパワーアップしており、木の棒ではなく石斧や石槍を装備しているのだが、正直その辺りは問題にならない。


 槍だけは多少攻撃をもらってしまうが、『鋼体』のおかげで石槍の穂先が俺の皮膚を貫通することはない。


 20~30匹をメイスで潰して回っただろうか、目の前にまだ健在なゴブリンのテントが現れた。


 中にまだ何匹かいるかもしれない。俺はメイスでそのテントを吹き飛ばしてやろうと近づいた。


 グギギィッ!


 重厚な叫び声とともに、テントが内側から弾け飛んだ。


 現れたのは身長2メートルほどの筋骨隆々のゴブリン。片手に太い棍棒を持ち、怒りに身を震わせて仁王立ちになっている。


 以前見た『なりぞこない』よりも明らかに上位のゴブリンだ。ということは、もしかしてこいつが『キング』か!?


「うおっ!」


 いきなり振り下ろされた棍棒を、俺はギリギリのタイミングで避けた。


 地面を叩く音がすさまじい。こんなもの直撃したら『鋼体』スキルがあっても大ダメージは免れない。


「そいつはキングだ、おっさん下がれっ!」


 遠くでカイムの声が聞こえる。そうだ、キングはアナトリアかCランクに任せるという話だった。


 しかし目の前のキングは完全に俺に狙いを定めている。この距離で背を見せれば後頭部にあの棍棒を食らうだろう。


 とすればなんとか粘って援軍が来るのを待つしかない。


 キングが棍棒を振り回す。どう見てもメチャクチャに振っているだけなのだが、よほど体幹が強いのか体勢を崩さない。


 俺は下がりながら、攻撃を止める隙をうかがった。盾で受けたら盾ごと腕が潰されそうだ。だったらメイスで……そうか、カウンターか。


 キングが棍棒を斜めに振り上げた。そこからなら袈裟斬りに振り下ろすつもりだろう。


 キングが振り下ろすのに合わせて、俺は地面スレスレからメイスを振り上げる。


 狙いは棍棒そのものだ。振り下ろされる棍棒と振り上げられるメイスがかち合って、材料の差でメイスが棍棒を粉砕する。


 腕に凄まじい衝撃が返ってくるがなんとか持ちこたえて構え直す。キングは得物を破壊されて2、3歩下がった。


 よし逃げよう、そう思った時、キングが猛然とダッシュしてきた。反応が遅れる。キングの右フックが俺のボディをとらえた。


 『鋼体』でも消しきれない衝撃が内臓に響き渡る。口から胃が出てきそうだ。クソ、この野郎。目の前が赤くなるのは血? いや、あのスキルか。


 『安定』スキルもあって何とか踏みとどまる。そこへ追い打ちの左ストレート。


 紙一重でかわし、俺はキングの鷲鼻わしばなに思い切り額を叩きつけた。バカめ、頭突きは接近戦最強の技だ。


 鼻血を出してのけぞるキング。それでも両腕で俺を掴んで来ようとする。


 掴まれながらも、俺はメイスを振り上げる。そこにあるのはキングの股間。


 グギャアッ!


 ああ痛いよな。今楽にしてやるからな。


 俺はメイスを両腕で構えると、前かがみになったキングの頭めがけて振り下ろした。






「なるほど、いきなり目の前にキングが現れて戦わざるをえなかったと」


 残りのゴブリンたちは程なくして掃討され、今は2,000体を超えるゴブリンの死骸から魔石を回収する作業が始まっている。どうやら子爵の兵士たちはこのために来た意味合いが強いようだ。


 そんな中で一人、俺は真紅の鎧の女騎士に詰問されていた。


「はい、そうなります。逃げようと思ったのですが、距離が近く背を見せるのは危険と判断しました」


「ふむ。見ていた者も確かにそう言ってはいるので仕方ないか」


 口に手をあてて、俺を確かめるような目で見上げるアナトリア。


 近くに立ってみて分かったが、彼女は俺より頭ひとつ分ほど背が低かった。


 しかし近くで見ると確かに美人、というか美少女か? 耳の先が尖っているのは彼女が人族以外の種族……おそらくエルフ……だからだろうが、それがなんとも幻想的な雰囲気を醸しだしている。


 この体格と容姿であの鬼神のような戦いができるのだから、元Aランクというのは恐ろしい。


「ところで貴殿はまだEランクになったばかりという話だが、キングの頭を一撃で粉砕するというのは相当な腕だ。失礼だが年齢からしても冒険者歴は長いのではないか?」


「いえ、本当に最近『覚醒』した身なのです。ただ力だけは多少自信がありまして。今回はたまたま急所に攻撃が当たったのも幸運でした」


「幸運か。普通に考えればキングはEランクが1対1で勝てるモンスターではない。本当に冒険者になったばかりというなら運が良かったのは確かだろう」


「はい。気配感知をおこたったのは失敗でした。今後注意します」


「そうするがよかろう。分かった、今回はやむをえず戦ったということで不問に付す。大討伐任務における命令違反は相応の罰が下るということは忘れるな」


「肝に銘じておきます。寛大なご処置感謝いたします」


 俺は一礼してアナトリアの前を辞した。


 去り際に珍しい生物を見るような顔をされたが、俺が冒険者らしくない言動をしたということだろうか?


 元は別の世界の人間だからな。多少は仕方ないのかもしれない。





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