3章 昇格と大討伐任務  02

 翌日も日課を終えて夕方にギルドに行くと、掲示板にちょっとした人だかりができていた。


 どうやらゴブリンの大討伐任務の招集が正式に発表されたようだ。


 ざっと目を通すと、子爵家主導での討伐でEクラス以上の冒険者は必ず参加。報酬は一人一日50,000~200,000ロム(ランクによって変動)、ということのようだ。


 出発は3日後となっていてずいぶんと急だなと思ったが、周りの反応を見る限りこれが普通らしい。


 ちなみに掲示板の前にはキサラをはじめ数人の職員がいて、文字が読めない冒険者には口頭で説明している。ギルドとしても極めて重要な案件というわけだ。


 必要な情報を得た俺は、買取を済ませてその足で武器屋に向かった。資金に余裕ができたので武器を新調しようと思ったのだ。実はレベルやスキルが上がり特殊スキルも得たことによって、今のメイスでは物足りなくなってしまった。


「おう兄ちゃん、頼まれたもの届いてるぜ」


 店頭で挨拶をすると、武器屋の親父がそう言いながら出てきた。運ばれてきた台車には2本の金属棒が乗っている。訓練用のダークメタル棒だ。


「ありがとうございます、買わせてもらいますよ。それとメイスが物足りなくなってしまったので新しいものが欲しいんですが」


「物足りねえってずいぶんと強気じゃねえか。まだ買って2週間くらいだよな?」


「ええ、こんな感じなので」


 俺がメイスを手首だけで軽くブンブンと振ってやると、親父は目を丸くした。


「いやいやどんな力だよ。Dランクでもそうはいねえぞ」


「ああ、昨日一応Eランクに上がりましたが……」


「はあ? マジか……マジだな。兄さん結構すげえ奴になりそうだな。わかった、武器はまたメイスでいいのか? 槍を使うって話もあったよな」


「どうやらメイスで力押しする方が合っているみたいで。ただ長剣もちょっと興味があります」


「長剣か。メイスより格段に扱いが難しいぞ」


「ええ分かっています。とりあえず練習用で一本お願いします。メイスは今の3倍くらい重いものが欲しいですね」


「3倍か……。わかった、ちょっと待ってな」


 親父は奥に引っ込むと、別の台車にメイスと長剣を3本ずつ載せて戻ってきた。


「今あるのはこれがいい奴だ。長剣は安物で……と言いたいところだが、その力で振ったらもたねえからいいもの買っといた方がいい」


「わかりました。見せてもらいます」


 全部を手に持ってみて、一番しっくりくるものを選ぶ。メイスについてはスキルが上がっているせいですぐに選べるが、長剣はよく分からないな。適当に持ちやすいものを選ぼう。


「じゃあこれでお願いします。長剣の鞘はベルトもつけてください」


「分かった、全部で510,000ロムだが払えるか?」


「ええ問題ありません。ありがとうございます」


 資金がだいぶ減ってしまったが、未来への投資と思えば何てことはない。


 こんな大胆な金の使い方ができるようになるなんて、この世界に来て2週間で俺もずいぶんと変わった気がするな。




 翌日俺はダンジョンに入らず、1日をトレーニング場(仮)で過ごした。


 まずは新調したメイスに慣れるところからである。


 新しいメイスは長さが多少長く、先端の部分も一回り以上大きい。重さは確かに今までの3倍はありそうで、振ってみると以前のメイスをはじめて振った時と同じような重さを感じる。


 頭の中で今まで戦ってきたモンスターの動きをイメージし、それらを叩き潰す感じでメイスを縦横に振っていく。


 普通ならこれだけ重いものを振り回すと身体が引っ張られるのだが、特殊スキル『安定』のおかげで俺の身体はほとんど泳ぐことがない。


 『安定』は足場を安定させる効果があると言われているが、実際には自分の身体の近いところに重心を持ってくるという、物理法則を軽く無視したとんでもないスキルであった。


 感じとしては瞬間的に自分の体重が増えて安定するという感じで、どうやらレベルが上がるとその度合いが増えるらしい。


 今はレベル2だが、それでも十分以上に効果を感じられるスキルである。


 1時間ほど一心不乱に素振りをしているとメイスが身体に馴染んできたような感覚になる。おそらく慣れたと同時にレベルも上がったのだろう。


 さて、次に試すのは長剣だ。


 なぜ新しく挑戦する武器が槍ではなく長剣なのか……言うまでもなく先日見た『くれないのアナトリア』が長剣を提げている姿がカッコ良かったからである。


 素人丸出しの型で長剣を振り続けること1時間、身体に馴染んできたころにピコンと剣の振り方が分かってきた感覚が全身を走り抜ける。


 刃筋が安定するようになり、足の運びも何となくスムーズになる。


 そのまま更に1時間、どうやら長剣レベル2になったようだ。


「よし、これ以上は実戦で使ってみてからだな」


 実際にモンスター相手に使ってみないと、これ以上の素振りの感覚は掴めない。


 俺は長剣を置くと、今度はダークメタル棒を両手に持ち、さらにもう一本を袋に入れて背負った。


 これで300キロ近い負荷がかかるはずだ。


 このままランニング……と思ったが、どう考えても靴が持たない。俺は靴を脱ぎ、裸足で走りはじめた。


 特殊スキル『鋼体』のおかげで足裏が瞬間的に硬くなるため、石を踏んでも痛くはない。ホントに人間離れしてきたな俺。


 そんな感じで一日ハードトレーニングを行うと、スキルも素の体そのものも強化されてくる感じがする。うん、やっぱり楽しいなコレ。明日はこの力をモンスターにぶつけてやろう。




 翌日は大討伐任務の前日ということで、朝のうちに防具の調整をしてもらいバックラーを新調した。


 その後大岩ダンジョンにて長剣でゴブリンとロックリザードを斬ってまわり、身体を剣の感覚に慣れさせた。


 メイスの殴打に慣れた身体には、刃によってモンスターを斬るという感覚は新鮮であった。それと同時に、刃物の威力を嫌と言うほど実感することができた。


 西洋の剣は斬るより叩くがメイン……なんて聞いた気がするが、やはり刃物は違うものだ。


 ただ、どうも筋力を上げたこの身体だと、やはりメイスの殴打の方が単純な威力は出るらしい。


 なにしろボスのベアウルフですら、全力で殴るとそれだけで頭部が『爆散』するのだ。質量と速度の生み出す暴力の恐ろしさである。


 そんなわけで、大討伐任務に向けて今やれることはやった気がする。今の俺なら『キングのなりぞこない』も正面から叩き伏せることができるだろう。


 どうも周囲の冒険者を見る限り、Eランクとしては破格な気もするが……いやいや、慢心は良くない。俺は冒険者になって2週間ちょっとの新人だということは忘れてはならないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る