2章 新人冒険者として 03
そこからさらに40分ほど進んだ時、カイムが「待て」と小さく叫んだ。
それぞれが木に隠れて、カイムが指さした先、森の奥を見る。
そこには確かにゴブリンの集落らしきものがあった。
木の枝を集めて造られた家のようなものが10ほど木々の間に点在しており、その周辺に50匹を超えるゴブリンが座ったりうろついていたりする。
家の中にもかなりの数がいそうだが、ゴブリンの数が多すぎてそこまでは『気配感知』が働かない。
「予想通り100匹くらいの集落だな。いつもの通りメリベの魔法で一発やって、やつらが慌てたところに突っ込む。魔法をかましたあとはメリベとラベルトはここで待機、メリベは行けるようならもう一発だ。おっさんは……突っ込めるか?」
「いける」
「じゃあ俺とラナンの後についてきてくれ。よし、始めるぞ」
カイムが指示するとメリベが杖を構えて精神統一のようなものを始めた。魔法の準備だろうか。この世界に来て初めて魔法を見られることに心が躍るのを抑えられない。
10秒ほど見ていると、メリベが構える杖の頭の部分が淡く発光し始めた。
「いきますっ」
メリベが木陰から身体を出し、杖をゴブリンの集落の方に向ける。
杖の頭の光が消えたかと思うと、その周辺にいきなりこぶし大の石がいくつも出現した。
出現したかと思うとその石はすさまじいスピードで一直線に飛んでいき、複数のゴブリンとゴブリンの家に直撃した。
石が直撃したゴブリンは身体の一部が吹き飛んでいるので相当な威力のようだ。
家も一発でバラバラに飛び散り、中にいたゴブリンも数匹が血まみれで倒れている。
「よしっ、突っ込むぞっ!」
カイムとラナンが、騒ぎ始めた集落へ迷いなく突っ込んでいく。
俺も一瞬だけ
カイムとラナンは手あたり次第ゴブリンを斬り捨て、貫いて回っている。ゴブリンも木の棒で反撃を試みるが、振る間もなく倒されていく。
カイムが中央、ラナンが右に行ったので、俺は左に向かった。前方にはゴブリンの家が二つ、そしてゴブリンが10匹ほど。
俺が突っ込もうとすると、俺の腹に衝撃が来た。石だ。フィールドのゴブリンは投石をしてくるのを忘れていた。
投石は実は極めて殺傷力の高い攻撃なのだが、体格的にゴブリンが投げられる石はそれほど大きくはない。ここで止まるのは悪手だと『冷静』『思考加速』スキルが判断する。俺はバックラーで頭部を守りながらゴブリンの群に突っ込んでいった。
何発か石が当たったが、身体が興奮状態にあるため痛みは感じない。俺は手近なゴブリンめがけてメイスを横殴りに振り切った。
3匹のゴブリンが血や肉やその他もろもろを飛び散らせて吹き飛んでいく。
後は力押しだ。メイスやバックラーを振り回し、目の前のゴブリンを
表にいたゴブリンを一掃すると、家の中からもさらに5匹づつが現れた。俺はためらわずに走っていき、次々と殴り飛ばしていく。
ついでに家も破壊して、中に残っているか確認する。よし、こっちはこれで片付いたな。
いったん頭をクールダウンする。石が当たったところが多少痛いがただの打撲だろう。
周囲を見回すと、カイムが向かった方ではまだゴブリンの叫び声が聞こえてくる。
俺は『気配感知』を働かせながらそちらへ向かう。
「ちいっ、ラナンこっち来てくれ! キングのなりぞこないがいやがる!」
カイムの叫び声が聞こえた。結構切迫した調子だ。『キングのなりぞこない』……要するにボス敵がいたということだろう。
小走りに向かうと、カイムが複数のゴブリンに押されて下がりながら戦っていた。
一匹のゴブリンが明らかにデカい。身の丈がカイムと同じくらいで、全身の筋肉もかなり発達している。大きな棍棒をガンガンとカイムの盾に叩きつけカイムの反撃を許さない。
ラナンは……かなり遠くまで行ってしまったようだ。こちらへ向かってはいるが、さすがにそれを待っているとカイムがヤバそうだ。
俺はデカいゴブリンの背後に周りこんだ。俺に気付かずカイムを夢中で攻撃している。
メイスを振りかぶり、そいつの後頭部に思い切り叩きつける。
グシャ
普通のゴブリンとは比べ物にならない手ごたえがあり、頭を砕かれたそいつは前のめりに倒れた。
「うおっ!? おっさんか! ナイスだぜっ!」
形勢逆転、カイムは一瞬で残りのゴブリンを片付けた。
そこにラナンとメリベ、ラベルトが集まってくる。
ラベルトのメイスにも血のりがついている。何匹かがメリベたちの方にも向かったのだろう。
『気配感知』に他の気配は引っかからない。どうやら集落は全滅させられたようだ。
「カイム、大丈夫?」
メリベが心配そうに声をかけると、カイムは頭をかきながら「おう」と答えた。
「おっさんがいいところにでてきてくれて助かった。『なりぞこない』がいるってのは予想外だったわ」
「そうだな。この規模で『なりぞこない』がいるのはありえない。ギルドにも報告した方がいいな」
ラナンが頷く。
「しかしおっさんやるな。不意打ちとはいえ『なりぞこない』を一撃ってのはかなりスキル鍛えてんだろ。力だけならFランクになりたてって感じじゃねえな」
「そうっす。っていうか見た目に反して戦い方が完全バーサーカーだったっす。オレの好きな戦い方っす」
ラベルトがちょっと興奮したようにまくしたてる。しかしバーサーカーって……言われてみればそうかもしれない。反省だな。
「俺が倒せたのはカイムが引き付けていたからだ。パーティで戦う意味がよく分かったよ」
「まあな、1人じゃ限度があるからな。なんにしろ今回のお手柄はおっさんだ。さて、これからが一仕事だ。魔石の回収といくか」
「地上じゃそれがあるから討伐はやりたくないんすよね……」
ラベルトがうなだれる。確かにこれならダンジョンで戦っていた方がはるかに楽だな。討伐任務は冒険者の華らしいが……そういう言葉はだいたいが何かを誤魔化すためにつけられるものである。
100近い魔石を回収し、俺たちはそのまま森を後にして、途中の村に向かった。
ゴブリンの死骸はそのままでいいのかと思ったが、人里離れた森の中では基本そのまま放置でいいらしい。
村長に話をすると感謝され一泊していくように言われたが、例の『なりぞこない』の件があるのでそのままトルソンの町に帰ることにした。
いつも思うが、『覚醒』した冒険者の体力は恐ろしい程である。
トルソンの町に着いたのは夕方だった。俺たちはそのままギルドへ直行した。
俺たちの顔を見て、受付嬢のキサラが微笑んだ。
「お疲れ様です。ゴブリンの討伐任務、達成されたんですね」
「おう、ばっちりだ。魔石がこれだ、確認してくれよ」
「はい、承りました。少々お待ちください」
キサラは他の職員を応援に呼んで魔石の確認を始めた。すぐに、一際大きなピンポン玉大の魔石が混じっていることに気付く。
「すみません、カイムさん、これって……」
「何に見えるよ?」
「この大きさですとゴブリンの上位種……キングにはちょっと足りないですけど、ジェネラルよりは大きいですよね」
「そうだぜ。そいつは『キングのなりぞこない』の魔石だ。ゴブリンの集落に『なりぞこない』がいやがったんだ」
「えっ!?」
キサラが目を見開いて口をおさえる。周りの職員も似たような反応だ。『なりぞこない』が出るというのはそこまで危険なことなのだろうか。
職員の反応が気になったのか、後ろにいた冒険者の一人がこちらに近づいてきた。
30前位のベテランの雰囲気を漂わせた男だ。恐らくDランクの冒険者だろう。
「おいカイム、それは本当か?」
その男は魔石をちらりと見て、眉をピクリと動かした。
「……その魔石、確かに間違いないな。面倒なことにならなきゃいいが」
「とにかく『銀輪』の皆さん……とオクノさんにはお話を聞かせていただきますね。奥の部屋にどうぞ」
キサラがパタパタと動いて、俺たちを奥の部屋に案内する。
先ほどのベテランは自分のパーティの方に戻っていく。何か相談を始めたようだが、もしかしたらDランクが動く案件になるということだろうか。
奥の部屋というのは会議室のような雰囲気の部屋だった。
大きめのテーブルがあり、その周りに椅子が10脚ほど並んでいる。
俺たちが椅子に座って待っていると、部屋の扉が開いてキサラともう一人、40がらみの男性職員が入ってきた。
服装がちょっと高級な感じがするので上司ということだろう。その男は反対側の椅子に座ると口を開いた。
「引き止めて悪いな。さすがにこの件は話を聞かん訳にもいかなくてな」
「ああギルマス、問題ないぜ。大変な話だってのは分かるからよ」
「ギルマス」というのはギルドマスター、すなわちトルソンの街の冒険者ギルドのトップということか。
新人の俺がいきなりそんな人間と面識を持つことになるとは思わなかったな。
「じゃ、ちょっと話を聞かせてくれ」
カイムが中心となって、今回の一部始終をギルドマスターに報告する。
足りない所はメリベが補助し、俺が聞く限りでは漏れのないレベルで話ができていたと思う。
一通りの話を聞くと、ギルドマスターは俺の方を見た。
「ふむ、ところで『なりぞこない』を倒したのは君だそうだが……初めてみる顔だね」
「はい、先日冒険者になったばかりの者です。ソウシ・オクノと申します」
「その歳で『覚醒』したのか、そういえばそんな冒険者が来たとキサラが言っていたな。今回はいきなり難儀だったな。Fランクで『なりぞこない』を殴り倒すのはなかなかに見どころがあるが……頑張ってくれ」
なんか奥歯にものがはさまった感じの対応をされる。まあ分かる、この年齢で新人とか、自分でもどうかと思うしな。
「報告感謝する。この件は上にあげて、他の情報と付き合わせて対応が検討されるだろう。君たちは今後も普段通りに活動していてくれ」
「おう、分かったぜ。ポイントは色をつけてくれよ」
「むろん勘案させてもらおう。オクノ君もな」
そう言って、ギルドマスターは去って行った。
程なくして俺たちも解放され、俺はそれぞれ自分の取り分を受け取って、宿へと帰った。
宿に戻った俺たちは打ち上げということでちょっとした宴会をやり、その後各自の部屋に戻った。
その場で『銀輪』のメンバーに聞いたのだが、どうやらゴブリンの『キング』というのは特別な存在で、その個体がいるだけでゴブリンが爆発的に増殖するらしい。
ゴブリンは単体では本当に弱いが、集団で数を増していくと上位種が複数現れ、その数とともに脅威度が跳ねあがっていく。それを考えると『キング』は非常に危険な存在と言える。
今回はその『なりぞこない』を事前に討伐できたのだからいいことのように思えるが、実はそうではないらしい。
実は『キング』というのは複数の『なりぞこない』から一体が選ばれる形で出現するそうで……つまりあの森の付近には他に『なりぞこない』がいて、その中から『キング』が生まれる可能性があるということになる。
もし『キング』が知らないうちに生まれたら大きな被害が出る……ということで、恐らく今回の件はここ一帯を治める領主に知らされ、何らかの対策が取られるだろうということであった。
「俺、冒険者になってまだ1週間なんだがな」
ベッドの上で少し愚痴がでる。ゆっくりレベル上げをしたいのだが、どうも状況がそれを許してくれない方向にしか動かない。
こうなったら仕方ない、今以上のハードトレーニングだ。とりあえずゴブリン関係で動きがある前に、大岩ダンジョンのボスを倒して特殊スキルを手に入れよう。
Eランク昇格の条件の一つがそれらしいし、もし魔法系のスキルが手に入ればメリベのように魔導師になるのも悪くない。
さすがにこの歳でバーサーカーをやるよりは見栄えがいいだろうしな。
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